混浴でドッキリ! 悟とアラサー女子の、アツアツ温泉紀行 16

 きのこ型人外と化した女将の茉莉花が、悟と平太郎に向けて放った胞子は、自分の体を中心として四方八方に散布されていたこれまでのものと違い直線状の軌道を宙に描いた。射出口を一方向化することで射程距離が伸びるらしい。便利なものである。


 悟は左に、平太郎は右に跳躍した。両者がいた場所を軽く通過した胞子は、けっこうな距離を飛ぶもので、あっという間に五十メートルほどにまで達した。異能者という人種は、ある程度毒性に強いが、やはり喰らわないに越したことはない。


(おいおい、こっち来んな。爺さんのほうを向け)


 着地した悟は、さらに左方へ位置を変えなければならなかった。“きのこ”が、ゆっくりと体をこっち側に向けてきたからだ。それに伴い当然、胞子の軌道も徐々に変わる。悟を狙ってきた。


(こらこら、俺はハエか)


 その胞子が直線状に飛ぶ様はスプレー式の殺虫剤に似ていた。もっとも、世界的スーパースターだった剣聖スピーディア・リズナーは天駆けるその姿をハエなどではなく、華麗で優雅な蝶にも、力強く美しい猛禽にも例えられたものである。悟は迫りくる胞子を跳躍して避けた。防戦する姿すらカッコ良く見せるのが彼らしい。


 胞子を吐き続ける“きのこ”の後ろに光が見えた。超高速の飛翔体であるそれは瞬きする間もなく“着弾”した。


『Gyaaaaaaaaaaa!!!』


 この世のものではない声で、おぞましい悲鳴をあげる“きのこ”。その背中から黒い煙がくすぶった。ダメージの影響か、胞子の放出が止まった。


(ナイスアシストだ、爺さん)


 すでに着地していた悟は心の中で拍手をおくった。“きのこ”の背後を狙って平太郎が拳圧を飛ばしたのである。気の外的放出アウトサイド・リリースによる遠距離攻撃だ。あの老人の拳圧は高威力かつ正確無比を誇る。スケベだが、さすが好爺老師の異名に恥じない腕前だ。


 悟は腰のホルスターからオーバーテイクを抜いた。気を供給すると筒状のグリップの先端から光刃があらわれる。いまや異能業界の伝説となった剣聖スピーディア・リズナーのトレードマークは、こんな誰も見ていない片田舎の路上でも鮮やかな真紅の星をきらめかせるのか。戦いのクライマックスを告げるその抜刀に呼応するかのように周囲の光源がはなやいだように見える。月も、街灯も、彼の勇姿を映し出すためだけに光の波長を変えたのかもしれない。


『UGaaaaaaaaaaaaaaa!!!』


 “きのこ”は再び傘から胞子を吐き出した。今度は自分の前後左右に漂うように。我が身を守るため、こちらの近接を許さぬよう毒性を持つ胞子にバリアの役割を果たさせようというわけか。こことは異なるどこからか現れる人外の存在は、被憑体の中に留まり、こちら側の世界に居続けるため、懸命に防衛につとめるものである。


 そして、もちろん悟は、その胞子が“きのこ”を守備するため囲っている枠外から攻撃する。彼はオーバーテイクを逆水平に薙ぎ払った。紅い刀身から瞬時に発生した剣圧は光の矢となり、闇夜を翔ける。漂う胞子たちを散り散りに切り裂きながら……


 それと同時に、“きのこ”の後ろ側からも攻撃があった。こちらは平太郎が放った二発目の拳圧である。似た者同士は狙いどころも似るらしい。悟の剣圧も、平太郎の拳圧も“きのこ”の茎に命中した。両者の攻撃が、それぞれ前後からサンドイッチ式に当たったわけである。これは、たまったものではない。


『Gyaoooooooooooonnnnnnn!!!』


 と、断末魔の悲鳴をあげた“きのこ”の茎が異能両者の攻撃により真ッ二つに切断された。上部にあった傘が地面に落ちるとともに、人外は姿を消し、元の茉莉花の姿に戻った。






「私は、いったいどうしたのでしょう……?」


 意識を取り戻した茉莉花は弱々しい声で言った。さっきまで紫色の下着姿だった彼女だが、今は悟が車の中に積んでいたもう一着のフライトジャケットを着せられている。すでに深夜であるため、外はずいぶんと冷え込んでいる。


「女将さん、あなたは人外の存在に取り憑かれていたのです」


 おなじく悟から借りたフライトジャケットを着ている愛菜が答えた。こちらも、さっきまで黒い下着姿だった。ただし両者とも穿くものがなく、美脚が丸出しとなっている。


「ああ、そうだったのですか。どうりで最近、どことなく体調が悪いように感じていたのです」


 茉莉花はこめかみを手でおさえ、頭を軽く振った。初期症状であったためか命に別状はないようだが、さきほどまで人外に支配されていた身だ。かなり消耗しているはずである。


「でも、大丈夫です。おふたりが勇敢に戦って助けてくれました」


 愛菜が悟と平太郎のほうを見た。


「まぁ、それはそれはご丁寧に……」


 女将らしく丁寧だが、どこか素ッ頓狂な礼を述べる茉莉花。まだすこし頭が混濁しているようだ。


「気づいたのは彼女さ。俺と爺さんは、チョチョイと後始末をしただけだよ」


 地面に寝ている茉莉花の豊満な体を支えている悟は謙遜した。たしかに人外の存在を探知したのは愛菜だ。彼女の能力がなければ、茉莉花は人外を宿したまま日をおくることになったはずだ。


「そうじゃそうじゃ、愛菜ちゃんのおかけじゃ。わしと坊主は、たいしたことはしとらんよ」


 平太郎は不毛地帯となっている自分の禿頭を叩きながら謙虚に笑った。


「命あってのモノダネじゃ。しっかり養生するんじゃな」


 などとありがたいことを言いながらも、その衰えない目で茉莉花の肉感的な太股ばかりを見ているところがこの老人らしい。悟は、そんな平太郎の視線に気づいていたが、せっかくの大団円に水をさす気にならなかったので黙っていた。感動は各々が自己の価値観に照らし合わせて享受すればよいのである。エロかろうが問題はない。


「実は、ここだけの話ですが、さいきん当館の経営がうまくいっていなかったのです」


 目を閉じた茉莉花は、自分と旅館の近況を語りはじめた。




 

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