混浴でドッキリ! 悟とアラサー女子の、アツアツ温泉紀行 6

 午後十一時五十七分。あと三分で日付けが変わる。他の客がいない脱衣場は、なかなかに広かった。それなりの人数を迎え入れることができる規模である。壁面に設置されているロッカーは貴重品を入れることができる鍵付きの物だ。浴室側にある木棚は数十の枠で仕切られており、その中に籘で出来た籠が置かれていた。ロッカーと反対側の壁には二メートルほどある横長の鏡が取り付けてあり、四口の洗面台が設けられている。設備としては新しいものではなく、むしろ古臭い。街中の大衆浴場のような趣きだが、レトロな旅館には合っているのかもしれない。だが、この脱衣場の最大の特徴は、それではなかった。


(こ、これはッ……)


 悟が驚くのも無理はない。女湯の脱衣場との仕切りが、なんと一張のえんじ色のカーテンだったのだ。壁ではない。向こう側が見えないほどの大きなアコーディオンカーテンなのだ。写真屋にありそうなアレである。


(個性がある……いや、そういう問題なのか?)


 そういう問題ではないだろう。男湯側と女湯側の境に設けられたアコーディオンカーテンは天井から吊るされている。色が濃いため透けることはないが下に若干の隙間があるため、しゃがめば女湯の脱衣場が見えないこともない。覗こうと思えば覗くことが可能だ。そして向こう側に“突入”することも容易である。なんともスリリングな脱衣場だ。


(あっちも“ひとり”か)


 カーテンごしに感じる人の気配は間違いなく一人だ。BL大好きな愛菜のものであろう。やはり、ただでさえ他の客が少ないうえ、こんな遅い時間である。他人とバッティングしない幸運は充分考えられた。


 悟は、まるで土下座をするかのように手を床につけ、頭を低くしてみた。するとカーテンの下にある隙間から愛菜の白い足が見えた。当然のことだが裸足だ。覗きという背徳感に溢れた、ちょっと色っぽいシチュエーションである。


 “一条さんっ!”


「はいっ!」


 カーテンの向こうから愛菜に声をかけられ、悟は素早く直立した。まさか、バレたのか?


 “あ、あのう……そっちも、おひとりですか?”


 カーテンごしに愛菜は訊いてきた。困ったようすの口調だ。


「ああ、ボクひとりだよ。どうしてだい?」


 “なんか、変な温泉ですよね。脱衣場がカーテンで仕切られてるなんて”


「いやー、たぶん湿気対策だよ」


 “でも、なんだか恥ずかしいわ”


「大丈夫大丈夫、見たりしないから……いや、見えないから」


 “覗かないでくださいね”


「ボクはジェントルメンだから心配いらないよ」


 “でも、さっき老師様が、あいつは盛りがついた発情期のオス猫みたいな男だから気をつけなさい、って言ってたんです”


(あンの、クソジジイ……)


 悟は明日、平太郎の朝飯に毒でも盛ってやろうかと半分本気で考えた。


「あの爺さんは年相応にボケてるだけさ。ボクのことなどいないと思って、ゆっくり入りたまえ」


 “はい、そうします”


 薄いカーテンごしに、帯をはずす音がした。壁にかかっている時計が午後十一時五十九分をさしている。日付けがもうすぐ変わろうかといういまこのとき、入浴するため愛菜は浴衣を脱ごうとしているのだった。悟と彼女の間にある数メートルの距離は、邪魔なカーテンに阻まれ縮めることはできない。だが魅惑の肉体は可視範囲内にある。悟はもう一度頭を低くしてみた。


 すると、カーテンと床の隙間から見える、愛菜の白い足もとに浴衣が、はらりと落ちた。これまた、なんとも色っぽく、そして俗っぽいシチュエーションである。ひそやかな楽しみ、とは全身を見ることではなく、肉体の一部分を拝むことにあるのかもしれない。悟の目に映る愛菜のほっそりとした足首は強烈にそそるものがある。フェティシズムの境地とも言えよう。


 そのとき……天井から低いモーター音がした。


(なんだ?)


 悟は上を見た。すると、驚くべきことに、男女の脱衣場を仕分けていたカーテンが開いてゆくではないか。


(なんだなんだ?)


 あわてて、姿勢を正す悟。カーテンが自動で全開し、へだてるものが何もなくなったいま、彼の目の前にあるのは当然……


「まぁッ!」


 愛菜が悲鳴をあげた。浴衣を脱ぎ、下着姿となっていた彼女は、見事な美肌を隠す手段もなく、悟に対し、あきらかな軽蔑の目を向けてきた。




 

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