ニュー・オーバーテイク 〜淫情剣〜 3


 天文館てんもんかん……鹿児島最大の繁華街はこの時間、まだまだ人が多くいる。それらの顔ぶれは老若男女さまざまであるが、たとえ付き合いであっても皆がひとときの歓楽を得るため、或いはせわしい毎日から心身ともに解放されようとやって来たことは間違いない。日頃はいかめしい顔でデスクに座っている男も、職場でお局様と陰口を叩かれている女も、部下を叱咤するだけで激励などしない管理職も、数ヶ月前に五月病を乗り越えたルーキーたちも、この街では笑顔になれる。みな、夜の歩道を照らすネオンを見れば忘れられるのだ。明日も明後日も訪れる、今日というこの日となんら変わらぬ日常を……






 天文館を照国てるくに神社方面へ行くと、とある狭い裏通りがある。表通りに比べれば古臭く閑静だが、洒落た料理屋が数軒並んでおりランチタイムに訪れる女性が多い。夜は夜で美味いものを求める客たちが来るため、それなりに人の気配はある。ネットの片隅でしか紹介されない穴場的な店もあり、それを知人に教えたがる天文館通てんもんかんつうたちの食欲と知識欲を満たしてくれる場所だ。ただし、シャッターがしまっている建物のほうが多い。そういうところは世相を反映している。場末の雰囲気、というものがある。


 この通りの中ほどに、地上二階建ての古い物件があった。以前は一階も二階も店舗の用に供されていたが、今はどちらも空いてしまっている。実はいわく付きの建物で、ここで飲食店を経営していた者たちが次々と立ち行かなくなり、夜逃げして行った。二十年ほど前にこの中で自殺者が出たことから、祟られているのではないかとの噂がたち、今は借り手がつかない状況である。ただし、それは地上階だけの話だった。


 通りに面した建物入り口のすぐ右手に地下へと続く階段がある。ここは照明がひとつしかないために薄暗く、足を踏み入れるのに勇気がいる。壁のド派手な大量の落書きはスプレー塗料によるものだが、誰も咎める者はいないらしく下品な内容の文章でつづられている。雰囲気が悪いだけに知らない者は近づいたりしないだろう。


 階段を降りた先にドアがあった。横に“FLY HIGH”と書かれた据え置き式の電飾看板が立っている。どうやら店名のようだ。上二階は空き物件だが、地下のここはやっているらしい。


 ドアを開けると、密閉されていた空間から熱い空気が津波のように吹き出してきた。それはノリの良いサウンドとDJの掛け声に高い打点でコントロールされた、客たちのテンションが渦化したものである。中に一歩入れば、濃い人口密度の中で踊る男女たちの熱気と体臭、煙草の匂いがまとわりつく。天井のミラーボールが虹より多彩な十四色の光線で店内を染め上げており、客たちの欲望に火をつけていた。閑静な外とは違い大盛況である。


『HEY! おまえら、アゲアゲのノリノリでフィーバーしてるかい!?』


 曲がいったん止まると、音響機器類の前に立つ、野球帽をかぶったDJがマイクで煽った。それに呼応し、客たちが“イエイ!”と右手をあげる。


『俺には物足りねぇぜ! 我こそは今宵の主役、かわいいあの娘のハートをスペシャルダンスでゲッチューしようってヤツはいねぇのかよ!?』


 DJがさらに煽る。すると会社帰りのサラリーマンとおぼしき若いスーツ姿の男が一人、お立ち台に上がり、脱衣し始めた。男女の客たちが手拍子をする中、彼は真っ赤なブリーフ一枚になった。


『WOW! 猛者が来たぜぇ! おまえら、讃えちまえや、こんちくしょう!』


 歓声があがる中、曲が再開した。それに合わせて台上で踊るブリーフ男を見て、場が爆笑の渦に包まれる。


『負けるなおまえらァ! あとに続けェ! Let's Dancing!』


 その煽りを受け、さらに三人の男女が登壇する。再開した曲に合わせ、皆が再び踊りはじめた。客のメンツは様々で、学生もいれば社会人もいる。ストレスの仕入先が学校か職場か、という違いはあっても彼らの発散法は同じ手段だった。体内倉庫に鬱憤を在庫として抱えるくらいなら整理してしまったほうが良い。たとえ明日に響く肉体披露という名の損失をおこしてしまっても……






 皆が踊り狂う輪から外れた店の隅にボックス席がある。酒とグラスと灰皿がのったテーブルを囲むようにして、半円形のソファーが置かれている。それに三人の若い男女が着座していた。


 席の中央に座り、左右に派手な感じの女たちをはべらせている男は志村春高しむら はるたかという。茶髪のロン毛で黒い細身のテーラードジャケットを着ており、さらに有名シルバーアクセサリーブランドのネックレスとリングでキメている。顔もカッコ良く、お兄系の手本のような男だ。


「妹を殺したのは、あなたですわね」


 そんな志村を前にして、勇気あるひとりの女が立っていた……

 

 

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