魔剣ヴォルカン 42

 ────やあ、隆信……


 電話の主は、戦いの現場から姿を消していたヴィクトルだった。


「おまえか……」


 隆信は渋い声で返した。


 ────“ゲーム”は私の勝ちだよ。一時的なことであっても、古代の呪法は成功した。君は阻止できなかった。だから私の勝ちだ


 予想どおり、負けず嫌いな彼の勝ち誇りように対し、隆信は返事をする気もおきなかった。


 ────隆信……なぜ薩国警備を動かさなかった? 私に対する正々堂々とした敵対心ではあるまい


 その問いに返答する気もまた起きない。電話を切ろうか、と考えた。


 ────私は知っているのだよ……


 ヴィクトルは低く囁くように言った。


 ────隆信……君が興した会社、藤代アームズはかつて古代の呪法の研究をしていたらしいな


 どこで、それを知ったのか……?


 ────その研究を社長時代の君に依頼したのは薩国警備だったというではないか


 ヴィクトルの言うことは事実である。数十年前、慢性的な人手不足に陥っていた鹿児島の異能業界を救うため、ひとりで複数の異能力を使うことができる戦士の開発を薩国警備から依頼されていたのだ。それを実現するために古代の呪法の研究を行っていた時期があったのだが、その手法は“一本の剣”を物理媒体とするものだった。そして、被憑体は“ひとりの少年”だった。はからずもヴィクトルの呪法と似たような手技手法だった。


 ────だが、その計画は頓挫した。古代の呪法を否定する大多数の者からの反対にあったからだ。その後、世界的に禁止されている古代の呪法を取り扱ったことを君と薩国警備は隠蔽したのだ。国際異能連盟に勘づかれる前にな


 ヴィクトルは電話の向こうで喉を鳴らすように笑った。


 ────君は十五年前、私への協力を断った。“人の道を踏み外す気はない”と言ってな。おかしな話じゃないか。君のほうが私よりずっと先に古代の呪法に手を出し、道を踏み外していたのだからな……


 当時を知る薩国警備のEXPERたちの中には、隠居してもなお異能業界への影響力を強く持つ隆信に不満を抱く者も少なからずいる。それは古代の呪法に関わったこととも無関係ではない。隆信は今回の件で、権力の泣き所ともいえる過去が蒸し返されることを避けたのである。そのため、自分の息がかかった者を使い、薩国警備内での情報を統制し、EXPERたちの行動を規制した。フリーランスの悟にすべてを任せたのは、そのためである。


「なんのことか知らんな」


 だが、隆信はシラを切り通す腹積もりでいる。ヴィクトルがどこまで嗅ぎつけているかはわからないが、肯定すれば後々、面倒でもある。


「今、どこにいる?」


 隆信は話を変えた。


 ────すでにそっちにはおらんよ。君の手の者に殺されるかもしれんからな


「私にその気はないが、逃げられると思っているのか?」


 ────逃走ルートは確保してあったのだよ。私の技術は高く売れる。古代の呪法に必要な媒体など、いつでも作れる


 ヴィクトルは、もう一度笑った。その声は自信と野心に満ち溢れていた。


 ────また会おう、隆信……


 と残し、彼は電話を切った。脅迫する気はないようだが、こちらが隠蔽の手を知り尽くしていることをわかっているのかもしれない。それでも“また会おう”と、ヴィクトルは残した。八十を過ぎてもなお元気なところは自分に似ている。


 隆信は、みたび写真を見た。自分を中心として立つ人間の少女だったころの真知子と少年だったころの悟が映っている写真を……


 “私は、戦う彼の姿が好きなのよ……”


 悟に鹿児島でのフリーランス活動をすすめた理由を訊いたとき、真知子はそう答えた。生前の彼女によく似せた人工知能にしたつもりだったが、やはり性格の細部は異なる。


 “所詮、機械だ。真知子じゃない”


 ミニシアターの形をした巨大な人工知能となって蘇った真知子を見たとき、悟はそう言いきった。あの男はいずれ真知子を破壊するのではないか? 隆信はそう思っていた。だから自分の添い寝相手である退魔連合会の高島八重子に監視をさせている。


「いずれは、おまえを消す日が来るのかもしれんな……」


 隆信は写真の中の少年時代の悟に、そう告げた……






 霧島市 溝辺みぞべにある鹿児島空港内は、その日の午後も賑やかだった。多くの利用者が踏みしめる足音、彼ら彼女らの話し声が主たる活況の証だが、ときに流れる美声の場内アナウンスが、どこか空気を落ち着かせてくれる。地方空港でありながら施設の規模が大きいが、これは国際線の他、離島へ向かう便もあるためだ。南九州では最大の空港となる。まさに空の玄関口といえよう。


 その鹿児島空港の外れに国際線ターミナルがある。利用者が多い国内線ターミナルに比べると狭く静かな場所で、団体客がいない今は閑散としている。二、三組の海外旅行者らしき人が大きな荷物を抱え、搭乗の時を待っているだけだ。あとは制服を着た空港スタッフが幾人かいる。


「一条さん、たいへんお世話になりました」


 荷物を預け終えた依頼人のサンドラは、来鹿したときと同じ服装だった。デニムジャケットにスニーカー履きである。肩にかかるほどの金髪の下に映える青い瞳は、すこしだけ疲れているように見えるが気のせいではないだろう。ここ数日、弟ジェラールの心配ばかりしていたからだ。


「たいしたこたァしてないよ」


 一条悟はへらへら笑っている。この男らしい別れの表情だ。こういうときに真面目な顔をしないのが彼である。


 


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