魔剣ヴォルカン 14

 アンドレが投じた手榴弾により、見るも無惨な有り様となった店内。充満する火薬と煙の匂いは近くの海から吹く風にのり、外まで漂っているに違いない。むせ返りそうな空気である。


「おーい、みんな生きているか?」


 おしのけた瓦礫の中から一条悟が声をかけた。端正な顔も、着ている長袖Tシャツとジーンズも、すすけて、みごと真ッ黒けだ。


 すると、悟の目の前にある瓦礫から音をたて、太い腕があらわれた。


「おまえは無事だったみたいだな」


 悟が言うと同時に、瓦礫の中から鵜飼が顔を出した。彼も真っ黒になっている。


「おまえの言うとおり、“無茶な攻撃”はしてこなかったな」


 上を見ながら嫌味を言う悟。手榴弾の火薬量は最低限におさえられていたようだ。店舗となっている一階部分は滅茶苦茶だが、天井は崩落していない。住居となっているであろう二階は無事だろう。家自体は倒壊していない。


「ランディと偽名をなのっていたジェラールが目的である以上、当然だろうな」


 立ち上がり、制服についた煤を手ではらう鵜飼。


「で、ふたりはどこ行った?」


 悟はあたりを見回した。爆発の直前、彼はサンドラを、鵜飼はランディ……いや、ジェラールを抱きかかえ、カウンターの奥にある六畳間に飛び込んだのだが、その姉弟ふたりの姿がない。


「いない………な」


 悟は、あちこち瓦礫の山をかき分けて探してみた。


「そうだな」


 鵜飼も同様に探している。だが、サンドラもジェラールも見当たらない。死体が転がっているわけでもない。


「あんにゃろォは?」


 悟は表を見た。入り口も半壊しているため、外がよく見える。アンドレが乗って来たトラックはなかった。


「どうやら、ふたりを追ッかけていきやがったか」


 悟は汚れた手を叩いた。


「どさくさにまぎれて、ジェラールが姉を連れ去った、ということか?」


 状況から察するに鵜飼が言うとおりのようだ。今の爆発で死なないあたり、やはりジェラールは頑丈な異能者である。


「そういうこッたろな」


「ならば、探さなければならん」


「鵜飼、おまえがここに来たのは、例の“魔剣”とやらの件か?」


「女から聞いたのか?」


「ゆうべ、駅で彼女サンドラを狙ったのは、あのアンドレって男だ。俺は、ばったり鉢合わせた身さ」


 悟は言った。






 爆破されたランディの家から東の方向に一キロ行くと門之浦かどのうらという地区がある。このあたりも海沿いの静かな場所であるが、車で二十分も走れば知覧の市街地にたどり着く。東西に走る線路は指宿枕崎線のもので、これに沿ってゆくと頴娃えいがある。


 高齢者世帯が多い集落の中に古ぼけた空き家があった。わりかし大きく広いが、人が住まなくなって数年はたつのだろう。庭に雑草がしげり、農業用途であったろう倉庫は埃まみれである。家屋を閉ざしていた南京錠が破壊されており、戸が開いている。


 中に入ると、玄関のすぐ奥が居間である。屋根が高い。築百年ほどの日本家屋だが、このあたりでは古い家は珍しくない。ランディ……いや、本名をジェラール・ベルガーという金髪の青年は気絶している姉のサンドラを抱きかかえたまま上がり、框を長い脚で跨いだ。靴は脱いでいない。


 ジェラールは居間の畳が比較的きれいなところにサンドラを寝かせた。その後、外した自分のエプロンを丸めると彼女の頭の下に置き、枕の代わりとした。


(姉さん……なぜ、来たんだ……?)


 ジェラールは大人の女になり見違えたサンドラを見た。髪型も変わったが、呼吸に波打つ胸は昔以上にたわわになっており、腰まわりも肉感的になった。寝息をたてる唇は艶っぽく、顔立ちそのものが色香に溢れている。会えなかった……いや、会わなかった十五年という歳月は、こうも人の見た目を変えるのか。もう、自分が知る少女のころの姉ではなかった。


(できれば一生、会いたくはなかった……)


 最愛の姉であるが“汚れた女”でもある。そのことが姉弟を徹底的に引き離す理由となった。孤児としてアルプスの麓にある教会で共に育ったが、“ある理由”で決別した。その後サンドラは里親に引き取られたと風の噂に聞いていた。当時十六歳と八歳だったふたりは異なる姓を持つことになり、別離の道を歩んできたのだ。


 玄関先に気配がした。ジェラールが目を向けると、さきほど手榴弾を投げ、店を破壊した張本人が立っていた。アンドレ・アルノーだ。横にベリーショートの女を連れている。


「おまえか……」


 先に声をかけたのはジェラールだった。実は見知った古い仲、である。


「ジェラール様……お探ししておりました」


 アンドレは連れの女とともに家にあがってきた。


「僕の店を壊すとは……なにを考えている?」


「あなたならば、あれごときで死ぬことはないと判断いたしました」


「姉まで巻き込むか?」


「用があるのはジェラール様であり、その女ではありません」


「おまえはッ……!」


 縁を切ったとはいえ実姉である。それをないがしろにする勝手な物言いに立ち上がり、目から怒りを放熱するジェラール。かたや、それを受け止めるアンドレの表情は氷結したように冷淡である。


「おまえが鹿児島ここに来たのは、古代の呪法……魔剣の件か?」


「はい」


「馬鹿なことを!」


 端正なジェラールの顔は憤りを見せているが、発せられる声は大きなものではない。むしろささやくように話している。サンドラを起こさぬためである。


「“父の計画”は失敗したんだ! 呪文の詠唱者が見つからなかったからとはいえ、合成した機械音声に頼るなんて……!」


 父、とはヴィクトル・ドナデュー博士のことをさす。十五年前、魔剣を用いた古代の呪法は失敗に終わった。あのあと、ヴィクトルはジェラールを連れ、フランスから逃亡した。ランディ・ルノーとは世を欺くため非合法に入手した戸籍上の名前であり、同じく名を変えたヴィクトルの“子供”としてふるまうためのものだった。孤児であり、まだ幼かったため生活していく手段を知らず、ジェラールはヴィクトルについて行くしかなかったのである。


「博士を恨んでいらっしゃるか?」


「恨む? 当然だ!」


 ジェラールは着ている長袖シャツのボタン外しはじめた。


「これを見ろ! 父が中途半端に呪法を使った結果がこれだ!」


 彼がシャツを脱ぐと、その腹部に大きな火傷の痕のようなものがあった。臍の下あたりまで広がっている。


「正当な手段を用いなかった古代の呪法により、僕の体はこんな大きな“代償”を支払うことになったんだ!」


 ジェラールは言った。

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