魔剣ヴォルカン 13
「俺は薩国警備の鵜飼丈雄だ」
男はなのった。薩国警備のことはランディも知っている。鹿児島でトップシェアを誇る警備会社であるが、超常能力者の集団という裏の一面をあわせ持つ。そのことは“業界の事情”に精通していた“父親”から聞かされていた。ならば、この鵜飼という男は、そこに所属するEXPERに違いない。
「人違いでしょう。僕の名前はランディ・ルノーですよ」
ランディは嘘を突き通すつもりでいる。
「いいや、あんたはジェラール・ベルガーさんだ」
鵜飼は制服の胸ポケットから二枚の写真を取り出した。
「デリスから送られてきたデータをプリントアウトしたものだ」
デリス・デ・ラ・メディテラネのことだろう。フランスの国営異能者機関である。
「これは昔のあんただな?」
鵜飼が目の高さに掲げた写真の片方をランディは見た。そこには三人映っている。ひとりは幼少時の自分。真ん中にいるのは、かつて父と慕った神父。そして、もうひとりはティーンエイジだったころの最愛の姉サンドラだった。そして三人の後ろにあるのは姉弟で育った孤児院。デリスがなんらかの手段で手に入れた写真なのだろう。
「ここに映っている少年の顔を解析した結果、あんたと同一人物だとわかった」
と言って鵜飼は、もう一枚の写真を指さした。そちらはタウン情報サイトに掲載されたもので、そこに映っているのは、この店と今のランディだ。そもそも“解析”などいらないほどに昔の面影がある。
「俺がここに来た理由、わかるな?」
鵜飼は訊いてきた。そう……たしかに言われずともわかる。“あのこと”だ。
「僕は……」
ランディが言い逃れをしようとしたそのとき、表から車が停まる音が聴こえた。外に目を向けると運転席から、ひとりの男が降りてくるのが見えた。
「よォ! 奇遇だな鵜飼。店の前に薩国警備の車があったんで嫌な予感がしたぜ」
と、明るく笑いながら店内に入ってきたその男は女性的で美しかった。
「一条さん……なんで、あんたがここに?」
驚きの表情で鵜飼が言った。
「俺は一条悟ッてんだ。あんたがジェラール・ベルガーさんだろ? 会わせたい人がいるんだよ」
二人目の招かれざる客……彼もまた自分のことをジェラールと呼ぶ。一条悟となのった男は店の外に親指を向けた。店の真ン前に停まっている車の助手席が開き、中から女が降りてきた。金髪と青い瞳、自分と似た顔の造形。見覚えがある。それは、最愛の……
(姉さん……?)
店の中に入ってきた彼女と十五年ぶりの再会。だが言葉にならなかった。いや、素性を隠す身であることから言葉を飲み込んだ、といったほうが正しいか。今も記憶の中枢にある姉サンドラは三つ編みの美少女だった。今、目の前にあらわれた女はミディアムヘアで大人の色香を漂わせている。自分より八歳上だから今は三十一歳になっているはずだ。
「ジェラール……ジェラールなのね……?」
サンドラは青い瞳に涙を浮かべている。姉弟おなじ孤児院で育った。その後、彼女は養女として引きとられたはずだが、違う姓をなのるようになっても自分に対する愛情は持ち続けていてくれたのだろうか?
「ち……違う、僕はそんな名前じゃない」
それでもランディは嘘をついた。この世で最も愛する女のはずだ。だが“汚れた女”でもある。幼少時に“見たもの”は今でも鮮明に思い出すことができる。それは脳内から掘り起こすのも忌々しい、姉との最後の記憶でもあった。
「ジェラール、聞いて頂戴。あなたを狙っている連中が……」
サンドラがなにかを言いかけたそのとき、重いエンジン音を響かせながら店の前に三台目の車が停まった。今度は四トントラックだ。荷台から降りてきたのはロングコートを着たデカい外国人の男だった。手に重機関銃を持っている。
「伏せろ!」
いち早く叫んだのは鵜飼。素早く巨体を踊らせて、ランディに飛びついてきた。悟はサンドラを抱え、カウンターの奥へ滑り込む。
雷のような、けたたましく機械的な発砲音が鳴り響き、雨あられの銃弾が店内を蹂躙した。棚は木屑と化して砕け、商品は紙屑と変じて飛び散り、そしてガラスは星屑となって昼の店内に舞い狂った。
「鵜飼、おまえ、つけられたろ?」
「さあな、あんたじゃないのか?」
やまぬ銃声の嵐の中、無数の弾丸により破片を散らし削られてゆくカウンターの影に隠れながら、悟と鵜飼がそれにかき消されぬよう大声で会話している姿をランディは見た。姉のサンドラは悟の横で頭を抱え、恐怖に耐えている。周囲の壁は、とうに穴だらけである。
十秒ほどで砲火は止まった。木屑紙屑にまみれた見るも無惨な状態と化した店内だが、奇跡的に四者とも無傷である。
「あいつは、昨夜のヤツだな」
穴だらけになった残骸寸前のカウンターの端から少しだけ顔を出して、外をのぞき見る悟。
「昨夜のヤツ?」
訊いたのは鵜飼。
「夫婦稼業らしいぜ。旦那はアンドレ・アルノーっていうらしい」
「国際的異能犯罪者だな」
鵜飼も知っているようだ。その隣にいるランディには、ふたりの会話がよく聴こえる。
────こっちには手榴弾の準備もある。死にたくなければ、おとなしく出て来い
入り口の外から声がした。発砲したアンドレのものだ。
「言われたとおり、おとなしく出ていきゃ、命くらいは助けてくれるかね?」
「あんたが試してみるか、一条さん?」
「ジャンケンで負けたほうが囮になるってのはどうだ?」
「女房を悲しませる気はない」
「薩国警備が出す馬鹿ッ高ぇ遺族年金なら、カミさん余裕で食っていけるさ」
「毎日、俺が元気で帰ってくることが、女房にとって最大の幸せらしい」
「またまたァ……ご冗談を」
蜂の巣にされるかもしれないこの状況で軽口をたたき合う悟と鵜飼を見て、ランディは神経を疑った。死をおそれる、という感覚が麻痺しているのではないか? 戦いの渦中に身を置くことが生きがいなのではないか? このふたりは………
「連中の狙いは“彼”だ。無茶な攻撃は仕掛けて来ないだろう」
鵜飼がこちらを見てきた。ランディは目をそらした。
「すでに無茶な攻撃を受けてるんだがね」
悟が言ったとき、硬い音が地面を転がった。予告どおりの手榴弾である。
爆発音が鳴り響いた。雷鳴に似た轟音とともに、一瞬にして店内は瓦礫の山と化した。
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