魔剣ヴォルカン 11


「ああ、来たよ。金髪の子供と共にな」


 隆信は、そうこたえた。古代の呪法に必要な魔剣を開発したヴィクトルと、それに選ばれし少年は十五年前、ここに来たのだ。サンドラの予想は当たっていた。


「やっぱりな」


 それを聞いた悟はチェアーから立ち上がった。


「ヴィクトル氏がここに来た目的は?」


「数十年ぶりにあらわれたと思ったら“化け物を呼び出す剣”を完成させるため協力しろ、と言ってきた」


「藤代アームズを開発に利用しようとしたわけか?」


「そうだろうな」


 隆信は杖をつき、立ったままである。今日は足の調子がいいらしい。


 十五年前といえば、グループ内のいち企業となっていた藤代アームズの代表権がまだ隆信にあったころだ。孫の真知子が継いだのは後の話である。


「藤代さん……あんた、なんて答えたんだ?」


 悟は訊いた。


「“なんて”とは?」


「まさか“協力”したんじゃねぇだろうな?」


 古代の呪法を用い人外を呼び出す。その行為は犯罪であり法で罰せられる。共犯者も同罪だ。


「だったとしたら、どうする?」


「おいおい」


 と、さすがの悟も端正な顔を固くした。この男にとっての隆信がどういう存在なのか。普段の会話からはわからないが気にはかけているのかもしれない。


「追い返したよ」


「追い返した?」


「職人のはしくれとして呪法を用いた剣に興味はあったが、人の道を踏み外すほど過激な思想は持ちあわせていなかったのでな」


「本当だろうな? 古い知り合いだったんだろ?」


「私を疑うのか?」


「いや、すまん……」


 悟は頭をかいた。ほっとしたようにも見える。


「あの……」


 今まで黙っていたサンドラが口を開いた。


「弟は……弟と博士は、そのあとどこへ行ったのでしょうか?」


「弟?」


「ああ、その博士が連れていた子供ってのは、彼女の弟なんだよ」


 訝しがる隆信に対し悟が説明した。


「行き先は知らん。他の伝手を探す、とは言っていたな」


「伝手?」


「日本には私の他になかろう。海外へ行ったのではないか?」


 悟と隆信が会話をしている最中、キャスターがまわる音がした。ここの家政婦、取手とりでさわ子がワゴンを押してやって来た。悟とサンドラを庭に通したのは彼女だ。


「おっ! さわ子さん、悪りィね」


 悟は行儀悪くワゴン上のコップに入ったアイスティーを取った。十月後半とはいえ、まだ冷たいもののほうが美味く感じる日よりの鹿児島市内である。


「悟様が女性を……しかも外国の方を連れてくるなんて嬉しくなりまして。いよいよ身を固めるおつもりでしょうか?」


 エプロン姿のさわ子は氷で冷えたアイスティーをサンドラにすすめつつ、悟には悪戯っぽい目を向けた。


「違う違う、彼女は依頼人さ」


 アイスティーの中にガムシロップを入れた悟は、半分ほどを一気飲みした。かき混ぜたストローはワゴンの上である。


「Merci………」


 と、サンドラのほうは礼儀正しく受け取り、やはりガムシロップを入れ、かき混ぜるとストローに艶やかな唇をつけた。中の氷が崩れる音に風情を感じるが、それは彼女が美しいからだろう。


「十五年前といえば、おまえはどこにいた?」


 今度は隆信が質問した。


「たぶん海外だな」


 と、悟。彼がタイトルマッチに勝利し“剣聖”になったのは丁度その頃である。ある犯罪組織と対立した結果、身を隠すことになり、今は鹿児島の自営異能者フリーランスとなった。サンドラからの依頼は弟と出会うまでの彼女の護衛であり、報酬も発生する。


「あの頃も今も、おまえは変わらんな。フラフラとした無頼の輩だ」


「耳が痛いね」


「旦那様、あまりお説教がすぎると、悟様が来てくださらなくなりますわよ」


 と言うさわ子と隆信、悟。この三人の仲は旧くからのものである。そして、様々なことを知り合っている関係だ。今はミニシアターの形をした電脳の存在たる真知子も含めて……






 鹿児島市 山下町やましたちょう。官公署が多く立ち並ぶこのあたりは天文館に近い。かつてここにあった県庁は二十年ほど前、鴨池新町かもいけしんまちに移転したが、いまだ市役所があり鹿児島の行政を担う街であることは変わらない。日中、車も人も多く賑やかなのだが、実は錦江湾きんこうわんが近い。桜島のほうから吹く風がときおり、ほんのかすかな潮の香りを運んでくるのはそのためである。だが、その香りを吸って、コンクリートの人工物の向こう側にある青い海を脳裏に思い浮かべるような時間的余裕は行き交うビジネスマンたちにはない。高々とそびえる遮蔽物の影響か、潮騒すら届かない街には、走行する路面電車がアスファルトに敷かれた線路を弦のように弾いて奏でる車輪の音が今日も響いていた。






 そんな山下町の一角にある“スターダストビル”は八階建て。薩国警備が持つ物件であり、超常能力実行局鹿児島支局本部としての機能を有する。


 世間には非公表の組織である超常能力実行局は東京に本局を有するが、各都道府県に支局を置く。鹿児島支局は薩国警備という名の警備会社として表向き存在している。戦後、アメリカ主導のもと設立されたが、現在でも国や地方公共団体との関わりは深いとされる。人外の存在や異能犯罪者への対処が主な役割だが、ときに警察や消防とも連携し、捜査協力や人命救助活動にも従事する。所属する超常能力者たちをEXPER《エスパー》と呼ぶ。


 スターダストビルの地下に射撃場がある。十レーンほどの広さだが、数年前に改修工事を受けており設備は新しいものである。完全防音になっていることはもちろんだが、射座間は強化ガラスで仕切られており空薬莢の飛散を防ぐ。ターゲットは電動式になっており、リモコンを操作することで設置、回収が可能なほか、隣接レーンに人がいなければ横方向に複雑な動きもする。実戦的な訓練にも対応している。


 射座に薩国警備のEXPER、鵜飼丈雄うかい たけおがいた。目を保護するためサングラスをかけており、耳にはヘッドホンに似たイヤーマフをかぶっている。射線と平行に開いた両足は立派な肩幅と同じくらいの間隔で硬質な床を踏んでいる。顔を標的に向け、右手一本で構えている拳銃の名はデザートイーグル。その大型の銃身が彼のたくましい腕と一体化しているのではないか、と思わせるほどに様になっている理由は190センチをこえる鍛え抜かれた体とスタンスの見事さにあるのだろう。ほどよくリラックスしているところが、また良い。


 鵜飼はトリガーをひいた。強烈なリコイルとともに銃口が猛火を吹く。44マグナム弾を発射する世界最強のオートマチックピストル……それがデザートイーグルだ。その衝撃は相当なもので通常人が不用意に扱えば肩の骨が外れるともいわれる。


 だが、この鵜飼という男はワンハンドで撃ってもびくともしない。射軸は安定したままで淡々とトリガーをひき続ける。装弾していた八発すべてをあっさりと撃ち終えた。


 外したサングラスを制服の胸ポケットに入れた鵜飼は台の上にいくつかあるボタンのひとつを押した。天井からぶら下がっている円形のターゲットが音をたて近づいてくる。目前でストップさせると、すべて真ン中を撃ち抜いていた。彼の射撃の腕は薩国警備内で一、ニを争う。


 異能者たるEXPERには各々が持つ超常能力の他にも武器がある。そのうちのひとつが銃だ。気を消費することなく人外の存在に物理ダメージを与えることができるため、むしろこちらのほうがメインウェポンとなっている。持ち出しには許可を要するが、実戦において個々の判断で発砲することができるため頻繁に使用機会がある。直接相手にダメージを与えることが困難な後方支援型のEXPERが前衛者を援護することも可能だが、鵜飼のような近接戦闘に向くタイプも用い、実戦では有効打となることが多い。そのため彼らには定期的な射撃訓練が義務付けられている。今、鵜飼がここにいる理由もそれだった。


 世界的に見ても異能者たちの近代武装化はすすんでいる。国際異能連盟に加入している国々が運営する異能者機関にかかる費用はかなりのもので“財政の圧迫”と避難する者が多数いるのが現状だ。拳銃やマシンガンだけでなく案件によっては対物ライフルやロケットランチャーまで用いるため、そういった物々から発生する“異能費”の削減を唱える者はいつの時代にもいる。異能者たちが現場で命をかけている、という事実を認識していない通常人は、この時代になっても多いものだ。


 射撃訓練を終えた鵜飼は手箒を持つと、床を掃きはじめた。空薬莢を回収するためである。受け取った弾数と空薬莢の数が合わなければ問題となるため残さないようにしなければならない。訓練義務を果たした証拠ともなるが横流しを防止する目的もある。管理は厳しい。


 そのとき壁に取り付けてある内線電話が鳴った。今、射撃場にいるのは鵜飼だけである。彼は受話器をとった。


 ────あ、鵜飼隊長……!


 声は畑野茜はたの あかねのものだった。第七隊に所属する彼女は部下である。


 ────“デリス”から国際電話です


 デリスとはフランスの国営異能者機関デリス・デ・ラ・メディテラネのことである。日本では、そのように呼ばれることが多い。


「俺にか?」 


 ────はい、隊長にです


 茜の返答から察するに名指しのようだ。鵜飼は怪訝に思った。デリスが自分に何用だ、と……


 ────あのォ……お繋ぎしますか?


「ああ、繋いでくれ」


 ────はい……


 茜が言うと、いったん音声が途切れた。しばらくすると声がした。


 ────元気にやってるかウカイ? 俺だ……久しぶりだな


 電話の主は男だ。聴き覚えがある。鵜飼にとっては懐かしい声だった。


「アルベリック……アルベリック・ロランか……!?」


 驚きそして、その名を呼んだ。デリスに所属する異能者アルベリック・ロランからの電話だった。

 

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