ミッドナイト・エンカウンター
ミッドナイト・エンカウンター (上)
鹿児島市
店々がつらなる山之口本通りをひとりの老人が歩いていた。ハゲた頭にデカいサングラスをのせている。派手なチェック柄の長袖シャツの下はカーキ色のカーゴパンツだ。
老人の名は
今宵、平太郎は一人で夜の天文館を謳歌した。行きつけの“おっぱい天国モミモミ大明神”でセクキャバ嬢たちと散々騒いだあと、馴染みの店を数軒ハシゴした帰りである。かなり酒が入っているが、千鳥足にならないところがさすがこの老人、と言って良い。
その足は鹿児島中央駅に向かっていた。徒歩で二十分ほどだ。今からなら始発に間に合う。平太郎の家は鹿児島市南部の
市電の線路がある県道20号線を渡り、
「何者かな?」
誰も見ていないこの場で平太郎は足を止めた。尾行には気づいていた。
「こんな酔っ払った老体をつけ狙っても、なにも得るものはないぞ」
と言って振り返った。すると闇夜の奥から一人の影があらわれた。
「ご謙遜を………名高い老師様を倒すことで得られるものは地位と名声だけではないのですよ」
影は穏やかな男の声である。いや、まだ“少年”ではないだろうか? 背は小柄な平太郎よりもやや高い程度で大男のたぐいではない。外灯のうす灯りの中にいるが顔は見えない。なぜなら“月桂樹”を模した円形の仮面をかぶっているからだ。
「僕はセルメント・デ・ローリエの“ノワール”と申します」
そう名のった彼を見て、やはり少年であると平太郎は判断した。肉づきが薄く細く、まだ発達しきっていない年少者特有の体格をしている。仮面の下の服装も若者らしくツートンカラーのパーカーだ。前のファスナーは閉まっていない。
「自営異能者狩りをしている集団じゃな。わしも標的ということか」
と、平太郎。最近、復活したというセルメント・デ・ローリエの噂は聞いていた。フリーランス狩りを目的とする異能テロリスト集団だが、十年前に旧知の仲である一条悟の手で壊滅させられたはずだ。
「わしみたいな隠居と戦っても、地位も名声も手に入らんよ。金ならあるがな」
平太郎は尻のポケットを叩いてみせた。散財してもなお厚みがある財布が入っているが、金を払っても見逃してくれそうな気配はない。目の前のノワールという少年の口から発せられる言葉は穏やかでも、全身からみなぎる殺気は凶刃のごとく強靭だ。
「あなたは鹿児島県下のフリーランスを代表する存在です。倒せば、我々の実力を示すこともできます。場合によっては薩国警備や退魔連合会との“交渉”を有利にすすめられるかもしれません」
ノワールのその……月桂樹の仮面の下から聴こえる声はややくぐもってはいるが、調子の中にやはり少年らしさがある。
平太郎はわけを訊かなかった。復活したセルメント・デ・ローリエの目的が以前と変わらないのならば、異常なほどの“組織至上主義”がさせていることであろう。戦後、日本の異能業界は超常能力実行局と退魔連合会という二大組織が牽引してきた。彼らこそが人外の存在から国を守ってきたのだ。異能力を持ちながら、どちらにも属さないフリーランスの立場を認めないのがセルメント・デ・ローリエである。
ここ鹿児島も同様だ。超常能力実行局鹿児島支局、いわゆる
「老師様には、ここで死んでいただきます。お覚悟を……」
という宣言が終わるか終わらないか……その一瞬のうちにノワールは既に近接格闘の間合いにいたのだから驚きである。夜闇を照らす外灯の光にすら映らないほどのスピードで平太郎の目前に立った彼は右の貫手を放った。それもまた、光線にとらえられないほどの速さだった……
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