わたしを殺して……! 〜愛と哀しみのオーバーテイク〜 20


 雲に隠れていた太陽がのぞいた。日光に照らされた路上を蛇行しながらこちらに進んできた大蛇は悟が射程距離内に入った途端、上体を反らした。


『Shaaaaaaaaaa!』


 威嚇の音をたて、頭を突っ込ませてきた。悟はかわすも、即時反転した大蛇の尻尾がうなりをあげ、襲いくる。


 その先端が一刀の間合いをかすめたとき、悟はオーバーテイクで斬った。しかし紅い光刃から伝わる手応えは浅い。


『Shaaaaaaaaaaa!』


 またも威嚇か? それとも尻尾を斬られたことに対する怒りか? 大蛇は螺旋状に複雑な動きをしながらもう一度尻尾をもたげると、ムチのような軌道でしならせた。斜め四十五度の角度がついた攻撃だ。


 悟はさきほどと同様、飛び退きざまに尻尾の先を斬った。だが、やはり手応えは浅い。硬い鱗を貫くには充分な体勢から腰を入れて斬らなければならないか?


 再度、大蛇の頭が飛んできた。人ひとりを簡単に飲み込むことができるほどの大口を開けて……脚に気を集中させた悟は大きく飛び、道路脇にあるコンクリート製土手の上端に左手をかけた。そこから手一本で反動をつけ、さらにその上の落石防止柵に飛び乗った。これら一連の行動を早業とするところが彼らしい。この高さならば、相手を見下ろす格好になる。


 口を開けたままの大蛇が頭を上げたとき、悟はオーバーテイクを薙ぎ払った。光刃から発生した剣圧は三日月型の波動となり、必中の軌跡を描いて飛ぶ。その速さ、まさに矢の如し。


『Gyaaaaaaaaaaaaaaa!』


 顔面に剣圧を喰らい、のけぞる大蛇。だがヤツは、そのまま目一杯体を伸ばし、土手の上の悟を襲った。この高さまでも届くのだから驚きだ。


 巨大な頭が防止柵を粉砕したとき、悟はすでに飛び降りていた。そのまま路上に着地する。実は今の剣圧、口の中を狙ったものだった。そこが弱点とふんでいるのだ。しかし大蛇は命中の直前で口を閉じたのだった。


『Shaaaaa…………! Shaaaaaaaa………………!』


 とぐろを巻き、舌を出し、威嚇を続ける大蛇。剣聖スピーディア・リズナーの剣圧は並みの人外ならば一撃で真ッ二つにするほどの威力だ。だが、それを顔面に受けても戦意を失っていないようだ。かなり頑丈な相手である。


 次は上空から頭が飛んできた。こちらの狙いに気づいたのか今度は口が開いていない。


 悟は跳躍し、空中から二度目の剣圧を放った。それは大蛇の背中に当たったが、光の塵となって消えた。ヤツの全身は硬い。


 地に降り立った悟に対し、大蛇の猛攻は続く。巨大な頭を鋭く伸ばし追ってくる。直線的な攻撃であるため悟は後方に退がるも、大蛇も執拗にくらいついてくる。


 上方から危険を感じ、悟は大きく飛び退いた。いつの間にか迫っていた尻尾が大地に穴をあけた。直後に飛んできた頭を回避すると、またも尻尾が横殴りにしなってきた。悟は脚に気を集中させ、大きく後ろに飛び、距離をとった。


 今、大蛇の挙動が“複雑化”したのだ。これまでは頭か尻尾の二段階攻撃だった。それが“頭と尻尾の多重攻撃”に変わった。悟としては両方の動きを目で追わなければならなくなる。厳しい状況だ。


 悟は三度目の剣圧を放った。図体がデカいので当てることは難しくない。だが、やはり効かない。大蛇の顔面でそれは四散した。硬い鱗に覆われた表皮を貫通する手があるのか?


『Shaaaaaaaaaa……』


 大蛇は長尺の胴体をくねらせると、全身でメビウスの輪に似た複雑なラインを描きながら近づいてきた。威嚇の意味もあるのだろうが、攻撃のタイミングをこちらに計らせないための手段なのかもしれない。悟はちらと後方を確認した。緩い登り坂がまっすぐに伸びている直線路だ。


『Shaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』


 大蛇の頭と尻尾が同時に伸びてきた。それぞれ、正面と側面からである。悟は間合いの外に後退しながらやり過ごすも、さらにヤツは多重の攻撃を継続してくる。反撃したいところだが、気の外的放出を伴う剣圧は消耗が激しいため、何度も使えない。


 大蛇の追い詰めるような攻めは、路上を瓦礫の世界と化していた。悟の撃剣をもってしても貫くことができない頭。そして斬ることができない尻尾は超硬度の破壊力でアスファルトをいとも簡単に粉砕し、穴と亀裂の範囲を広げていく。舗装の面影など残さないほどに……


 防戦一方の悟。何度目かの頭と尻尾をかわしたとき、それまで退がり続けていた彼は前方へと飛んだ。なんと、この状況で大蛇の頭に飛び乗ったのである。そのままヤツの背中を駆けた。


『Shaaaaaaaaaaaaa!』


 大蛇は身をくねらせ、ふるい落とそうとする。だが悟は踏ん張った。大蛇の体の中央にあたる位置でオーバーテイクを逆手に持ち、突き刺した。だが、やはり貫くことはできない。


『Shaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』 


 激しい音をたてた大蛇は全身を曲げ、自分の体の上に立つ悟を狙った。頭と尻尾が同時に襲ってくる……!


『Ugyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!』


 だが次の瞬間、大蛇は悲鳴をあげた。悟を仕留めようとした頭と尻尾が凄まじい勢いで衝突したのである。


『Gaaaaaaa!! Gaaaaaaaaaa!!!』


 長い体を、のたうち回らせる大蛇。どうやっても貫くことができなかった頭と斬ることができなかった尻尾から剥がれ落ちた鱗が地面に降り注ぐ。


「“矛盾”ってやつだな」


 見事かわし、大地に降り立った悟。今のが彼の狙いだった。絶大な硬度を誇る物同士を激突させ、破壊する。それ以外に手段はなかった。


 大蛇の顔面はいびつな形に潰れ、広範囲に鱗が剥がれている。尻尾が縦殴りに激突した結果だ。それでもヤツは戦意を失っていないらしく、こちらに顔を向け舌を出した。


 オーバーテイクを持つ悟の右手に渦が巻いた。刹那、疑似内的循環により形成されている気の刃に赤いプラズマが収束されたような現象が起こる。


「動くなよ、いい子にしてろ……」


 右手を上げた。帯電を呼ぶその立ち姿は美しいものである。スピーディア・リズナーのトレードマーク、真紅の光剣オーバーテイクは赤熱の電光を纏い、虚無の空間に火炎色の稲妻を映し出す。かつて彼に憧れた少年少女たちは、“偶然の剣聖”と非難する大人たちに反抗し、“太陽の剣聖”と評したものだった。


 悟は上段からオーバーテイクを振りおろした。蓄積された気を実体とした剣圧はまさに赤い稲妻……光の速さで大蛇の頭部を捉えた。


 “スピーディア・ディスチャージ”。放電の様にも似た一撃は剣聖スピーディア・リズナーの必殺剣のひとつである。悟はこれまでも、多くの人外をこの技で仕留めてきた。


 直撃を喰らった大蛇の頭が木ッ端微塵に吹き飛んだ。貫通した稲妻は晴天の秋空に赤い遠雷を描き、太陽の彼方へと消えた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る