時計塔を守れ! 9

 

「緑ヶ丘にある仁貫寺って寺の息子のことがわかるか? 苗字は舎利田だ」


 悟は静林館高校から少し離れた場所にある自動販売機の前で電話をかけていた。相手は藤代アームズ社長、藤代真知子だ。


 ────ちょっと待って頂戴……


 と、真知子。こうなると電脳の存在たる彼女の情報が頼りだ。悟はコンパクトカーのドアにもたれかかり、買ったコーラを飲みながら待った。


 ────わかったわ。名前は舎利田梵六しゃりた ぼんろく、四十三歳。ひとり息子よ。


「何やってる男だ?」


 ────シェフよ


「料理人?」


 ────ええ、福岡で高級フランス料理店を経営していたわ。でも昨年末に閉店したみたい


「そいつで間違いない?」


 ────SNSのプロフィールに“鹿児島市内の貧乏寺のひとり息子”とあるわ。苗字も珍しいし間違いないわね


 と、真知子。さっき舎利田は銭溜に、“これからの外食産業は味と値段とサービスが必要”と語っていた。閉店の経験から得た考え方なのかもしれない。


 ────いくつかの店を渡り歩いたのちに独立したそうよ。閉店の理由まではわからないけれど


「外食離れってやつかもな」


 ────その仁貫寺というお寺は今、息子の舎利田の所有になっているわ


「土地ごと?」


 ────ええ、登記済みよ


 真知子の情報取得は早い。さすがは祖父の隆信が金をかけて作り出した人工知能である。ミニシアターの形をした彼女は世界中とつながっているのだ。


 舎利田は仁貫寺を壊し、レストランにしたがっている。だが陰陽の観点から静林館高校の時計塔と連動しているあの寺を壊すとバランスが崩れ、陰性気質が蔓延することになる。その悪影響は静林館高校だけでなく仁貫寺側にも及ぶはずだ。負の気にまみれた土地でレストランなど開業できるわけがない。


 自身が相続した寺と時計塔の関係性を知っていた舎利田は退魔士の銭溜に相談したのだろう。退魔連合会鹿児島支部かごしま総合本所北部管理課の課長である銭溜にとっては、自身の管轄区域で陰性気質が蔓延するような状況は避けなければならない。本来ならば、時計塔取り壊しには反対する立場である。だが彼は手を貸している。なぜか?


「金かな」


 と、悟。


 ────理由としては考えやすいわね


 とは、真知子。もし、そうならば舎利田が銭溜を“買収”したということになる。“寺を取り壊すために時計塔も取り壊す”、それがこの件の裏だった。悟は今まで時計塔を主として考えていたのだが、実際には寺の取り壊しが先にあった、ということになる。


「だが、腑に落ちねぇな」


 悟は言った。


 ────私もよ


 真知子も同様に考えているらしい。


「銭溜って、退魔連合会の中でそんなに偉いのか?」


 ────もちろん課長職だから、それなりには……でも、個人で大がかりな不正を揉み消すのは難しいわ


 当然、関わった銭溜には上に対する報告義務というのが発生する。果たしてごまかせるものなのか?


「根が深いとこにあるかもしれんな」


 悟は言った。


 ────ねえ、悟さん……


 不安そうな真知子の声。


「ん?」


 ────この件、手を引く気はないの?


 彼女が心配しているのなら、それは当然だろう。


 ────剣聖スピーディア・リズナーは死んだのよ。この件の闇が深いのならば、報道だってされるかもしれないわ。あなたは潜伏中の身でしょ?


「おいおい、フリーランスになることをすすめたのはおまえだろ」


 ────でも、組織ぐるみの犯罪ならば、あなたは表舞台に立つことになるかもしれないわ。今なら、この件をおりられるのよ


 ある犯罪組織に追われ潜伏中の悟。剣聖スピーディア・リズナーとしての彼は死んだことになっている。その情報を世界中に流したのが真知子だった。


「乗りかかった船から腐臭がしても、決して降りないのが俺だぜ。わかってんだろ?」


 悟は言った。さきほど時計塔の中で見た多香子の涙を思い出していた。あんなものを見せられたら引き下がることなどできない。


 ────そう、わかったわ……


 真知子は言った。彼女にも答えはわかっていたはずだ。悟のことは良く知っている女である。


 ────ところで今、“耳寄りな情報”をキャッチしたの。聞きたい?


「ぜひ」


 ────明後日の夜、舎利田が天文館のお店をインターネット予約しているわ。人数はふたり……


 そういえばさっき、舎利田が銭溜に“明後日の予約”と言っていた。


 ────そのお店、好爺老師こうやろうし様の行きつけらしいのよ


 真知子は言った。好爺老師とは鹿児島の異能者たちから大変に尊敬されている神宮寺平太郎じんぐうじ へいたろうのことだ。


「あの爺さんの行きつけか」


 ────大常連みたいよ。VIP会員として登録されているわ


 と、真知子。店のパソコンにでも侵入して情報を得たのだろう。


「爺さんに口利きしてもらえば、潜入できるかもしれねぇな」


 悟はコーラを飲み干して言った。気合が入ってきた。


 ────その手を使うの?


 真知子の声が不機嫌そうになった。なぜだろうか?


「店の名前は? どうせ、あの爺さんの行きつけだ。ロクな飲み屋じゃねぇだろ」


 ────店名を言わなきゃいけないの?


「言わなきゃわかんねぇだろ」


 ────どうしても?


「ああ」


 ────女の口からは言いづらいわ


「んなこと言ってる場合か」


 ────×××××××××××××よ……


「あン? よく聴こえねぇぞ」


 ────×っ××天×モミ××大××……


「だから、よく聴こえねぇって」


 悟に、そう言われた真知子は数秒の間を置き……そして彼女は意を決したかのように大きな声で言った。


 ────お……“おっぱい天国モミモミ大明神”よ!

 

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