月桂樹の誓い 4


 潮崎健作は鵜飼と同じくA型の超常能力者だった。それは“驚異的な身体能力”と呼ばれる。異能学によると臍のあたりで発生した気を心臓に集中させるのが超常能力の発動法だと言われている。A型の場合、そこから全身に気を送り込み身体能力の強化をはかるものだとされる。


 “される”というのは“仮定である”ということである。外的放出や疑似内的循環等の要因がない限り目に見えない“気”は、当然その流れや働きがいまだに完全解明されていない。全部で26種類ある超常能力は特に謎が多い分野だが、理由は心臓に集中させた気がいったいどこへ通うのか、という一点に尽きる。身体能力を均等強化させるA型ならば全身へまわるのだろうとみなすこともできるが、“帯電能力”と呼ばれるL型はどうか? “障壁展開能力”と呼ばれるB型はどうか? やはり異能学は永遠に完成することはないのかもしれない。


 潮崎はその場で軽く三度ほど伸びをすると、即座に斬りかかった。彼が繰り出す剣の動きはなかなか細かい。首から下を狙う攻撃はルールにのっとったもので、悟の肩や手、腰のあたりを小刻みな斬突で追いかけていく。速く、そして手数が多い。


 対する悟は、やや余裕をもってよけているように見える。相手の打ち込みが浅いせいだろう。数回、数十回と増えていく攻撃にとらえられそうな様子ではない。立ち位置は中央からだいぶ下がってはいるが、あまりにも潮崎の剣に力がなさすぎる。今、この時点では……


 何度目かの空振りの直後、急激に潮崎は踏み込みを大きくした。それまでの数撃よりも速度を増した彼の剣は地を這うような角度で悟の足もとをすくおうとした。これが狙いだったのだろう。腰から上への攻撃はすべてフェイントで、本命の先制打はこの一撃だったようだ。


 だが悟はバックステップしただけであっさりとかわした。ここで一旦、潮崎の攻撃は止んだ。当たると思ってなどいなかっただろうが、仕切り直しのときと判断もしたのだろう。大きく後方へ飛んだ潮崎は悟と十メートル弱の距離をとった。






「器用な剣じゃな」


 ガラスばりの建造物内から両者の試合を見ている神宮寺平太郎が言った。それが彼の潮崎に対する剣評らしい。


「はい」


 横に立つ鵜飼は短く返事をした。


「動きも良い。剣才ある若者じゃ」


「はい」


「泥臭くもあるが、どこかの土着剣法かの?」


甲新こうしん流を修めていたと聞いています」


 異能者が学ぶ武術は通常人向けのものが多い。異能者向けの流派もあるにはあるが数が少ない。そして強い気に頼らない通常人向けのほうが純粋な技術を極め、体系化している、というのもある。長い歴史とともに発達した通常人向けの武術を戦法に取り入れる異能者のほうが遥かに多い。鵜飼などは空手やキックボクシング、カポエラといった立ち技から、柔道やサンボ、レスリングのようなグラウンド系の格闘技にまで手を出してきた。


 潮崎が使う甲新流は江戸時代、関東で生まれたとされる剣法で、武士ではなく農民たちの自衛手段となっていたと言われている。スポーツ的で洗練されたメジャー流派と違い実戦向きだ。彼は、それを学んでいた時期があったらしく、自己流に応用しているようだ。


「なるほど。速さも持っておるし、まだまだ強くなるな」


「はい」


「じゃが……」


 平太郎は軽く自分の腰を叩き、そして……


「あれでは“坊主”には届かんな」


 と、言った。この老人は悟のことを、そのように呼ぶらしい。付き合いが長いのだろう。


「はい」


 言いながら鵜飼は、毎回同じ返答しかできない自分に呆れてしまった。偉大な好爺老師の横で少し緊張しているのも事実だ。自分よりずっと小柄な老人であり、正直、威圧も感じない。なのに緊張するのだ。それが神宮寺平太郎という人の凄いところなのかもしれない。強さを外に出さないのだ。


「良くも悪くも器用なところが潮崎の特徴です」


 と、鵜飼。


「そのようじゃ」


 とは、平太郎。互いの剣評は合致した。確かに潮崎の剣はフェイントを主体に上手く悟を追いかけている。ほとんどの相手はそれでごまかせるのだろう。だが、相手は剣聖スピーディア・リズナーだ。小手先のものでは通用しない。しかも、そのフェイントがややクサい。鵜飼の目には、そうも見える。


 潮崎が自分をライバル視していることには気づいていた。キャリアも年齢も近い上に、同種の超常能力を持つことも理由なのだろう。彼の実力は現時点で充分一線級なのだが、まだまだ伸びる。戦士としての潮崎は成長の途上にある。


「器用なところが仇にならなければいいのですが……」


 鵜飼は言った。今後、どこか突き抜けた点を作っていかなければ小器用なだけの剣客で終わってしまうような気がするからだ。それは体幹だけでなく意識の問題ともいえる。






 距離を置いていた潮崎が再度、駆けた。またも手数で攻勢に出る気か? 剣を連続で素早く突き、悟を後退させる。はずだったのだろう……


 ところが、攻守はあっさりと入れかわった。潮崎が二度目の突きを引き、三度目を繰り出そうとしたその一瞬に悟が踏み込んだのである。


(決まったな)


 まばたきすら許さぬようなコンマ数秒の短時間でありながらも、立会人の鵜飼にはその様がよく見えた。隣の平太郎もそうだろう。突然のことに潮崎の防御が遅れたようにも見えたが致し方ないともとれる。悟のカウンターが速すぎる。


 悟の剣が逆水平の形で潮崎の腹を打った。電光掲示板に375のダメージが計上され、次に悟の勝利を告げた。勝敗条件の三百ダメージとは、一般的な異能者が行動不能におちいる程度のものである。最後は、あっけない幕切れとなった。






 ベッドの上で潮崎が目を覚ましたのは二時間ほど後のことだった。ここはさきほど鵜飼と平太郎が観戦していたガラスばりの建造物内である。


「気がついたか?」


 傍らのパイプ椅子に座っている鵜飼は訊いた。敗北し、意識を失った潮崎をここに運んだのは彼だった。


「今、何時ッスか……?」


 と、目をこすりながら潮崎。


「十二時二十分だ」


 鵜飼は腕時計を確認して答えた。


「そうっスか……」


 まだ痛みがあるだろうが、潮崎はゆっくりと半身を起こした。鵜飼は立ち上がるとポケットから小銭入れを取り出した。


「なにが飲みたい?」


 そして訊いた。自動販売機がある。


「おごりッスか?」


「敗北祝いだ」


 という鵜飼流のジョークに潮崎はかるく鼻をこすった。


「一番左上のコーヒーで」


 それを聞き、鵜飼は二度ボタンを押した。潮崎は砂糖クリーム入り、自分はブラックだ。


「どうやら、俺もまだまだみたいッスね」


 コーヒーをひとくち飲んで、潮崎は言った。


「それがわかったのなら、収穫だな」


 ふたたび座った鵜飼もひとくち飲んで、言った。そして……


「さっき連絡があった。おまえの“退職願”は受理されたよ」


 と潮崎に告げた……

 

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