月桂樹の誓い 3

 鹿児島市北部の吉野町よしのちょう。その奥地、寺山てらやまという場所に藤代アームズの研究施設がある。敷地総面積は二万五千平米ほどもあり、数戸の建造物で構成されているここは異能者向けの武器を開発するために存在している。殺風景で無機質な見た目は軍事基地にも似たものだ。


 午後九時半。日中、スタッフたちが利用している大型駐車場に制服姿の鵜飼は立っていた。昼間との温度差が感じられるこの季節は過ごしやすい風をどこからか運んでくる。それに乗って来るかのようにエンジン音が聴こえてきた。一台の軽トラが入って来て停まった。


「待たせたな」


 助手席から一条悟が降りてきた。Tシャツにジーンズといつもどおりの格好である。次いで運転席から小柄な老人があらわれた。アロハシャツにカーゴ短パンと派手な格好だ。


「薩国警備の鵜飼です」


 その人に対し、うやうやしく頭を下げた。さすがの鵜飼も緊張していた。名高いこの老人の前ならば、皆がそうなるはずである。それほどに神宮寺平太郎とは偉大な存在だ。


「あんたが鵜飼君か、噂には聞いとるよ」


 と言って平太郎は手を差し出してきた。フリーランスの異能者であり誰からも尊敬される理由は実力と、そして人柄にあるのだろう。神宮寺平太郎を悪く言う者はいない。


「あんたのような立派な若者がいてくれるから、わしのような老いぼれは安心して隠居していられるんじゃ」


 そのように言われ、鵜飼は恐縮してしまった。慌てて手を握り返す。こうして異能者同士というものは“つながり”を持っていくのだろう。今宵、悟が引きあわせなくとも、いずれふたりは出会う運命だったのかもしれない。かたや好爺老師と呼ばれ尊敬を集める存在。そして鵜飼は将来の鹿児島の異能業界を背負ってたつ身だ。


「相手は?」


 悟が訊いてきた。鵜飼はふたりを案内した。






 敷地の外れに高さ十メートルほどの塀で囲まれた一角がある。普段は武器開発に伴うテストが行われる場所だ。異能者に武装させ、データとりや品質の確認をするために存在しているが、鹿児島の異能業界では“試合”にもよく使われる。先日、悟と戦った場所もここだった。薩国警備の隊長職をつとめる鵜飼ならば顔パスに近い状況で借りられるのだ。


 中に入ると内壁に設置された巨大な電光掲示板が最初に目につく。地面は人工芝で五十メートル四方に白線が引かれている。大型のナイター照明が数機、稼働しており球技場に似ているが客席もゴールポストもない。その代わり四辺の中央、ちょうど白線上にそれぞれガラスばりの小さな建造物が四戸ある。そこが今宵、立会人席として使われる。


 フィールドの中央で潮崎が素振りをしていた。彼は剣の使い手である。


「潮崎……」


 近づいて、鵜飼は声をかけた。


「ウォーミングアップは万全ッスよ」


 と、潮崎。有名スポーツブランドのトレーニングウェアを着ている。鵜飼は悟と平太郎を紹介した。


「お噂はかねがね。よろしくお願いします」


 笑顔で頭を下げる潮崎。社交辞令なのだろうが、隊内での評判は悪くとも礼儀自体はわきまえている男である。悟の正体には気づいていないはずだが平太郎のことは知っていて当然だろう。名高い好爺老師と知り合い、という時点で悟が只者ではないと感づいてはいるかもしれない。


 鵜飼は対戦する両者にリング状の装置を手渡した。筋電計測用のものだ。両肩、両手首、両足首に装着することで、戦闘判定用のコンピューターに身体の部位を認識させる。ダメージ値は物理量と攻撃を受けた箇所から客観的に判定され、連動している電光掲示板に表示される。


 次に鵜飼は双方の武器を受け取り、目と手で確認した。潮崎の得物は実戦で使うものではなく刃引きしてある。藤代アームズ製の剣で柄は三十センチほど。刃渡りは七十五センチといったところで根元より先端のほうがやや細い。日本刀よりは洋剣に似ている。対する悟の武器は以前、自分との対戦で用いた剣を模した黒い棒だ。グリップ部と長さ七十センチほどの有効打突部で構成されている。


 両者が洋服ごしに装置を付け終えると、それと連動している電光掲示板に“Completion”と表示された。認識完了という意味だ。


「では、これより一条悟様と当局員、潮崎健作の練習試合を始める」


 鵜飼の声が夜空に響いた。ここに屋根はない。なぜ“練習試合”という呼びかたをするのかというと大人の事情である。決闘とか果し合いなどという物騒な言葉を使うと、なにかと面倒がおこりうる。


「立会いは神宮寺平太郎様と私、鵜飼丈雄がつとめる。立会報告書は後日、書面をもって薩国警備に提出。ルールに即したフェアな試合となるよう願う」


 言って彼は三人を見た。皆、了解といった風だ。


「勝利条件は相手に単発三百ダメージを与えること。数値は電光掲示板に表示される。首から上への攻撃は反則とみなし、即試合中止。攻撃者の敗北となる。よろしいか?」


 このとき鵜飼は潮崎のほうを見た。実は彼がバーリトゥードでも構わないと言っていたからだ。おそらく冗談だったとは思っているが、果たしてどんな反応を見せるか……?


「うぃっす」


 潮崎は言った。それを聞いて鵜飼は安心した。薩国警備のEXPERが練習試合でバーリトゥードなどおこなったら大事になる。殺し合いではない。


「了解だ」


 悟も答えた。剣聖たる彼も了承してくれた。立会人としては肩の荷がひとつおりたと言って良い。こういった試合はある意味、結果以上に双方の合意によるレギュレーションの成立が重視される。これも形式にこだわる大人の事情というやつだ。






 その他の説明を終えた鵜飼は平太郎とともに白線上の建造物の中に入った。悟と潮崎はフィールドの中央で武器を持ち対峙している。互いに会話はないようだ。黙って合図を待っているのだろう。


 電光掲示板に三つのスターティングシグナルが輝いた。左から順に赤く点灯し、そのすべてが緑色に変わった。これはモータースポーツのスタートを模したものである。


 そして……シグナルが消えた。試合開始の合図だ。先に動いた潮崎は超常能力を発動させた。

 


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