大統領令嬢は剣聖がお好き? 13


「一条さん……」


 涙を流すアニタ。声を発するのに数秒かかった。自分を助けに来た悟の姿を夢で見ているのではないかと疑ってしまったのかもしれない。


「なぜ、ここがわかったのかね?」


 松田が訊いた。モヒカンにミリタリーファッションというワイルドな風貌には似つかわしくないほどに、言葉づかいは穏やかである。


「そいつは企業秘密さ。“同業者”に手の内はあかせねェな」


 と、悟。こちらは美しい外見に似つかわしくないほどに雑な口調だ。Tシャツとスキニージーンズの下にスニーカー履きである。


「君とは戦うことになると思っていたよ」


 松田は言った。


「なぜ?」


 悟は訊いた。


「理由が必要かね?」


「いいや……」


「そうだろう。俺たちが戦うことに理由など不要だ」


 松田はカーゴパンツのポケットから黒い筒状の物体を取り出した。その先端から発した黄色い光が刃の形を成す。


「だな……」


 悟は腰のホルスターから新型のオーバーテイクを抜いた。さきほど彼に届けられたそれは慣らし運転もまだであるが、使用法は前期モデルと変わらない。気を送ると真紅の光刃があらわれた。


「同じ得物を使うか?」


 片手青眼の位置に構え、松田は言った。互いの光剣は色形こそ違えど原理は同じものである。持ち主が放出する気に特定値の電流を与えることで硬質化した斬突部を作り出す。日本人は光剣と呼ぶが、海外では“ホーシャ”などと呼ばれる。創製期型の鍔が放射線状に広がっていたためだが、こちらも日本語由来だ。


「らしいな」


 悟のほうはオーバーテイクを右下段に置き、正面を晒す。この男は特定の構えを持たない。剣聖スピーディア・リズナーの懐いかほどのものか?


 先に甲板を蹴ったのは松田。船上の闘いは、気を脚に送り高速の踏み込みを実現した彼の攻撃を幕開けとした。あっという間に詰まる距離。


 潮を含んだ空気を切り裂く甲高い音は光剣同士のかち合いによるものだ。松田が斬りつけたその先に、悟のオーバーテイクが受け止めたその先に、互いの顔がある。鍔迫り合いとなった。


「俺の光剣は“麒麟児きりんじ”という」


 東京にある武器製造メーカー“時島ときしまインダストリー”。日本の異能業界では最大シェアを誇る。松田の剣はそこで作られた業物だ。


「君の剣は?」


「“無銘”さ」


 麒麟児の圧力をその手に受け、悟は答えた。もし銘を答えたら正体がわかる。剣聖スピーディア・リズナーの愛剣オーバーテイクは彼のトレードマークとして有名だ。


 松田の麒麟児が吼える。横薙ぎに一閃。さらに止まらず二撃三撃と続く。オーバーテイクで受ける悟は必然的に下がる。両者の姿が近接してダンスを踊っているかのように見えるほどシンクロしているのはなぜか? その舞台となる船上は、今このとき戦場と化している。






 巨大な海獅子号の甲板は、異能者ふたりの行動力を内包できるくらいに広い。真紅と黄色の光刃が暗黒の闇夜に浮かんで舞う。それを支える足もとが錆びついた床にステップを刻む。アニタはその場に釘付けとなっていた。一条悟の武運を、ただ祈るばかりだろう……


「やれやれ、因果な習性じゃのう」


 と、いきなり声がした。驚くアニタの横に、いつの間にか人がいた。


「神宮寺さん……」


 アニタは平太郎を見た。気配すら感じなかったろう。


「あの、けったいな髪の男も“同じ人種”じゃ」


 どういう意味で同じなのか? 悟も松田も多方向性気脈者ブランチだが、平太郎はそのことを言ったのか?


「同じ……?」


 アニタにはわかろうはずもない。彼女は異能者を評価する目を持たない。


「ここは危ない。下に降りようかの?」 


「いいえ、ここで見守ります」


「なぜじゃ?」


「一条さんは私を助けに来てくれたのですから……」


 ブラウンの瞳をこらし、アニタはふたすじの剣閃の行方を目で追った。彼女のボディーガードは命をかけて彼女を守ってくれている……






 松田は前方に大きく跳躍した。投光器の光が及ばぬ暗天を利用する気か? 異能者は夜目がきくものだが限界はある。手としては悪くない。


 悟の背後を斜め上空より“剣圧”が襲った。松田が麒麟児の刀身から“気”を外的放出させたのだ。飛び道具としての使い方である。振り向いた悟が片手剣で薙ぎはらうと、剣圧は飛散して消えた。このとき開いた体めがけ、着地していた松田が突きをいれてきた。これをかわす悟。さらに松田の剣が上段から襲いくるも、オーバーテイクで受け止める。再度、鍔迫り合いの形になった。


「君も、俺と“同類”だ……」


 交差する二本の光刃の向こう側で、松田は悟にそう言った……

 

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