勇者と魔王とエトセトラ

白井蛇人

勇者と魔王とエトセトラ

 かつて、この地上には王家の統括する人間の住まう人間界と、魔王率いる魔族の住まう魔界が東西に分かれて存在していた。

 二つの種族はそれぞれの持つ資源や特色を独占しようと、常に小規模の戦いを繰り広げていたが、それも第二次魔王討伐大戦を終結に導いた人間界の勝利で幕を閉じた。

 この大戦は、幼少期に巻き込まれた戦いを期に、一兵、後に勇者として戦いを生き抜いた人間が、魔王を討ち破るという形で終結した。終結以降、それまでのわだかまりが王家の若き王女によって徐々にほぐされ、大戦から数ヶ月経った現在では、互いの資源を共有し、魔界での王族や人間界の王族は一市民として世界の一員となっている。

 魔界側が、なぜ共存という道を選んだのか。その答えは勇者が魔王にとどめを刺さずに生かしたことが大きく関わっている。魔族では、勝者は生きながらえ、敗者は死すという考えが一般であり、勇者の行動は理解できずにいた。しかし、魔界の王族の中でも際立って民衆の評価も人気も高く、また、他の王族にも民衆と同様に価値を認められていた魔王の命を救ったという事実を境にそのような考えも改められ、人間に負けるとも劣らぬほどの温厚さを手に入れた。

 故に、時間はかかったものの、人間界と魔界の境界線は消え、共存する道をともに歩み始めることができたのだ。

 そんな争いのない世界を作ることが完遂された現在、争いの中心にいた勇者と魔王というと……。

「俺のプッリィィィィィィィン!!」

「違う! それは私のプディングだあああ!!」

 まったく世界中で起こっていた戦争とは種類の違う火種で相も変わらず戦っていた。

 ちなみに、今はコンビニで買った四つ入りのプリンの残り一つを懸けて山頂で戦っていた。

「あんた達ねえ……そんなことでいちいち物騒な武器とか魔法陣とか出さないでもらえます?」

「無理だな。そのプリンが俺の腹に収まらなければ剣は鞘に戻さないぜ」

「奇遇だな。私の魔法陣も私の胃袋にプディングが入り、消化が始まるまで解けないようになっている」

「だからって、ハイキングに来てんだからやめなさいよ!!」

 そう、ハイキング。王女、勇者、魔王の三人は王女の提案で旧魔界領の小高いハイキングコースへハイキングをしに来た。魔界だったからといって、辺りが黒い霧や煙で覆われているなんていうことはなく、見晴らしは人間界のそれと全く違いは無かった。

 そんな気持ちの良いところで、事件は起こった。

 王女が考えたスケジュールは順調に進み、昼のうちに山頂へ到着、昼食をとり、四つ入りのプリンのパックを一人一つずつ分けた。そこまではよかったのだが、人数は三人、残りプリンは一つ。当然、残りの一つは誰でも欲しくなる。その当然に三人ともきっちり当てはまり、まずはじゃんけんで王女が負け、勇者と魔王が残った。そこからが長く、十分ほどあいこをくり返した後に、勇者と魔王が戦闘態勢に移った。

「よう。最近その手品やってなかったせいかずいぶんと鈍ってんじゃねえか?」

「ふん。この程度の錆、すぐに取り去れよう。後で痛い目にあっても私は一切情けはかけんぞ?」

「よく言うぜ。あの大戦でそう言って負けたのはどこのどいつだったっけ?」

「……不毛よ。早く終わらせないと私がいただくわよ」

「「それは困る!!」」

 なんでこういうときだけ息があってるのか……全くもって似た者同士なんだから。

 と、無駄な心理戦を繰り広げる傍ら、しっかり斬撃や魔法の応酬は広げられており、そのすべては王女には届いていない。というよりも届けないようにしているのだ。二人とも無駄な被害を出すことを嫌い、それでいて敵は倒すことを考えているので、自然と技のすべては敵へと繋がっていく。この理由のほかにも、王女だけは傷つけてはいけないという強迫観念にも似たものを植え付けられていることもある。

 第二次魔王討伐大戦の終結には裏があり、表向きでは勇者が魔王を討ち破ったことになっているが実際は違う。最終決戦の場には、勇者率いる選抜討伐隊と魔王とその近臣が戦っており、選抜隊の中に王女も入っていた。その際に勇者のミスで防げるはずだった魔王の魔法が王女を掠め、緊張状態からのパニックに陥った王女の無作為な広範囲呪文にその場の全員が呪われ、王女以外が何らかしらの呪いにかかり、倒れていった。というのが、第二次魔王討伐大戦最終決戦の本当の幕引きであった。人間界側も魔界側もこの終わり方ではこれまでの戦いで散っていった仲間の魂が浮かばれないということで、事実とは違う終わり方をそれぞれの民衆に公表した。

 それ以来、勇者も魔王も王女だけは傷つけてはいけないことを暗黙の了解として王女と接してきた。なお、もしも王女が再びパニックを起こして呪文を使おうものなら大惨事大戦が起こると本人たちは語る。

「勇者! 貴様今でもどこかで修業しているな!!」

「んなもんしてるかよ! 毎日牛と鶏の世話して、生活してるだけだ!」

 ズトン! バコン! と勇者と魔王の周辺で土煙を立ち上げながら轟音が響いていく。

「ねー。もうこの陽気でプリンぬるくなっちゃうから早く終わらせてよねー」

「そうしたいが、そうはいかんようだ。こやつ以外にやる……!」

「あの時は本気の一パーセントもだしてなかったからな!」

 返答と同時に肉薄し、魔王へ向けて剣を振り下ろすものの、魔王も障壁を展開してそれを防いだ。

「なにっ!?」

「……本気の一パーセントも出していなかっただって…? そんなもの、私とて同じだ。最初から本気で潰しにかかる王なぞいるものか! 私の弾幕から逃れられようが逃れられまいが、この魔王、容赦せん!! 我が最高の術で貴様を葬ってくれよう」

「おういいぜ、この野郎。返り討ちにしてやらあ!!!」

 互いに魔力を高めていく。その臨界点に到達したチカラは、勇者は剣に、魔王は大量の魔法陣に収束していく。

「さあ、これにて閉幕としようではないか。勇者よ!」

「ああ、いいぜ。これでプリンは俺のものだ!!!」

 最後の応答で、互いに貯めたチカラを解放し、ぶつかり合ったそれは、周りの空気を裂き、暴風を吹き荒らした。

「「はあああああああ!!!」」

 チカラを解放して数分。チカラとチカラのぶつかり合いは、勇者と魔王、両者の叫びが消えるまでは終わることはないだろう。

「はああああ! ……あ?」

 先に気が付いたのは魔王だった。先ほどまであったはずのプリンがなくなっていたのだ。気が散った魔王の攻撃はあっけなく勇者の攻撃に負け、吹き飛ばされた。

「っしゃあ!! 勝った!! これでプリンは俺のものだ!! ……ってあれ?」

 無い。そう、ないのだ。プリンが。

「お、俺のプリンは……?」

「あんたらが長いことやってるから私がいただいたわ。全く、あんたらが喧嘩したら地形が変わるかもって噂は本当だったようね。見てみなさい? あののどかだったハイキングコースのゴールが滅茶苦茶よ?」

 言われるがままに周りを見渡すと、確かにベンチや池があったところにクレーターが出来上がっている。

「お、俺らがやったのか…?」

「そうよ。ちゃんと直しなさいよね?私は手伝わないから」

「というか、俺のプリン!?」

「直 し な さ い よ ね」

 王女の髪が逆立ち、魔王と勇者の周りの空気が冷え込んできた。

「ちょ、ちょっと待って! 直す! 直しますから!!」

「問答無用よ。さっきまでのきれいなロケーションを木端微塵にしてくれちゃった礼はしっかりしないと私の気が収まらないのよ!!」

 周囲の空気中の水分が一気に凍り始め、勇者と気絶している魔王が凍り付いた。その間は何分だったか、はたまた何時間だったのか、気付けば夕方になっていた。

「くっ……頭痛がする……は、吐き気もだ。くっ……ぐぅ……な、なんということだ……この魔王が……気分が悪いだと……? 二度目だと……?」

「言ってないで早く回復魔法の準備しろや。戦闘で足りなくなった魔力を俺ので補充してやってんだからよ」

「わかっておる。この手の術には高度なイメージが必要となってくるのだ。気が散ったら貯めた魔力も無駄になるぞ」

「だったらしゃべってないで早く済ませてくれよ。俺も壊したけど、大部分はお前なんだからよ」

「むぅ…貴様に正論を説かれる日がこようとは。滅多に攻撃魔法を使わない王女が攻撃魔法を使うわけだ」

「そうとうトサカにキてたらしいぜ。どうやら俺らを凍らせたらすぐに帰ったっぽいしな」

 無駄話をしているところに「元」勇者パーティであり、今もなお、一般人となった王女の身辺の世話をしている執事がプリン片手に二人の様子を見に来た。

「ご無沙汰しております。勇者様に魔王様」

「おー執事か、久しぶりだな。王女に代わって俺らの監視か?」

「監視だなんて滅相もございません。ただ、王女様に手伝ってこいと仰せられましたので、ご助力にと伺った次第であります」

「丁度いい。執事よ、そなたの魔力、私に分けてはくれまいか。手負い二人の魔力だけではこの辺一帯の再生は無理がある」

「承知いたしました。わたくしの魔力で再生が成されるのならば、本望でございます」

 執事の魔法とは、主に回復系のものが多い。執事自身あまり戦うことを好まない為に、若くして傷から病まで大半のものを治す魔法を身に着け、勇者パーティを援護してきた。戦いを好まないとは言え、その身に修得している戦闘スキルは高い。

 本人曰く、ただの護身術であり、回復の役を司る者が、敵の攻撃で倒れていては名折れである。ということらしいが、その拳は剣を折り、その脚は大砲を砕いた。

 ちなみに、現在は王家ではなくなった王女の世話をするためにはどうしても金銭が必要になってくるので、王女の世話をする反面、近くの空き家を利用し、小さな医療所を開き、生計を立てている。また、執事としての腕はピカイチで今日の昼食も、片手に持っているプリンも彼が作ったものだ。

「このくらいの魔力でよろしかったでしょうか? 」

「十分だ。そなたの魔法は本当にそなたに合っている。魔力のタイプが戦闘向きではないからな」

「魔法のスペシャリストにお墨付きをいただけるとは、回復を司っていたものとしては嬉々の至りでございます」

「何を言う。この馬鹿のパーティが最後まで生き残れたのもそなたのチカラがあってこそだ。今もそのチカラのおかげでこうも早く自然を回復することができている」

 徐々に荒れていた地肌から緑が生えてきた。

「本来、自然の再生、回復とはたとえ魔法を使ったとしてもある程度の時間がかかるものだ。恐らく、私が一人でここの自然を回復させようものなら、あと半日はかかっていただろう」

「そうでございますか。わたくしは傷の回復の専門で、このような自然のこととなるとさっぱりわからない故に、勉強になります」

「我が家にはこの手の魔導書がいくつかある。興味があるならば、貸してやろう。そなたのチカラと技術があれば、すぐにマスターできようものぞ」

「ありがたき幸せ。ぜひ、その魔導書をお貸しいただきたく存じます」

「いいだろう。この後に我が家へ寄るがいい」

「あのー。俺は?」

「貴様はさっさと帰るがいい。どうせ本自体読み始めて数分で眠たくなってくるのだろう?」

「ご名答。さすが魔王、わかってる~」

「まったく。そなたたちはよくこのお調子者に付き合っていられたな。それだけでも尊敬に値する」

「魔王様、こればかりは慣れと包容力でございます。さすがにわたくしも初対面からしばらくは受け入れられませんでした」

「慣れとは恐ろしいものだな。私もいずれは慣れるのだろうか?」

「わたくしが保証します。時間はかかりますが、必ずや、あなた様は勇者様の調子に慣れます。なにせ、似た者同士ですから。同族嫌悪はあるかもしれませんが、お二方とも根は素直ですので、いずれは良きご友人になれますよ」

「そなたに言われると嘘には聞こえんな」

「わたくしは必要がなければ嘘などつきませんよ」

「そうだろうな。嘘などということはあまりにもそなたとイメージが違いすぎる」

「な~。立ち話もあれだし、さっさと帰らねえ? さすがに魔力使い切っちゃって疲れたんだけど」

「自業自得だ。さっさと帰宅せよ」

「お前ん家に泊めさせてもらってやってもいいんだぜ?」

「私から丁重にお断りしよう。我が家に他人を泊める余裕はないし、何より本で寝床の確保も難しい」

「なんだよケチー」

「事実だ。ヒトの家に世話になる前に貴様の飼っている家畜の世話はいいのか?」

「うちは放し飼いでやってるから問題なし。なんかあったら魔術師が教えてくれるしな~」

 ジ…ジジッ…。

「噂をすれば魔術師からだ」

『勇者君?聞こえてる?』

「ああ、聞こえてるぜ。どうかしたのか?」

『その……ごめんなさい!』

「いきなり謝られても反応に困るんだけど……」

『そ、そうよね。あのね、牛さんが逃げちゃった。てへっ♪』

 てへっ♪ じゃねーよ! と心の中でツッコミを入れる勇者だが、決して表には出さなかった。というよりも、ツッコミをする元気がなかった。

「えーと、何頭?」

『全頭……かな? あ、違うわ。子牛は逃げてないから、半分ね』

「……ふぅ。……なにやっちゃってくれてんだよお……」

『いや~ごめんね? 子牛が可愛くってそっちばかり見てたらいつの間にかどこかに行っちゃってたのよ。一応、場所は特定できてるから、帰りに回収お願いできる?』

「はぁ…。わかったよ。場所は?」

『そうね……勇者君たちから家の方向に三十キロってところね』

「了解。さっさと拾ってくから夕飯の用意頼むぜ?」

『はいはーい。任せて♪ とびっきりおいしいの作ったげる』

「…ということだから、俺は先に失礼するぜ。プリンサンキューな、執事!」

「また欲しくなりましたらいつでも仰ってください。いつでも作ります」

 執事の持ってきたプリンを一口に食べきった勇者は、そう言い残して跳んで行ってしまった。

「なるほど、そなたらパーティがあやつを中心に集まって行動を共にしていた理由がなんとなくわかった気がする」

「そうでしょうな。わたくしたちは彼のああいう、頼まれたら断れなかったりするような優しい面に惹かれていたのです。その面は魔王様にも十二分に備わっておりますよ」

「私はそこまで優しくはない。王として命令した数々の死がその証明だ。これらに立ち向かっていかなければならない」

「その責務を王族ではなくなった身でやり遂げようとしているその姿勢こそ、あなた様の優しさの象徴でございます。どうか、お体だけにはお気を付けください」

「そうするよ。さて、魔導書を借りたいのだったな。ついてくるがいい」

「お邪魔させていただきます」

 魔王は、家路につく途中で、近いうちにチームとしてではなく、本当の意味で勇者パーティに惹きこまれるのだろうと確信にも似た何かを胸の内に抱いた。



                                 ――終。

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