繋目さんの異常な愛情

郁崎有空

第1話

 土とかもろもろで汚れた野良猫を小さなダンボールに入れる。なにも知らずニャーニャーと鳴き続けるそいつを見て、わたしは口元が緩んだ。

「大丈夫。一瞬怖いかもしれないけど、すぐにどうにかなるから」

 段ボールを雑草の上に置いて、ガムテープを取り出す。段ボールは脆いから、補強しなくっちゃね。

 ガムテープのギュッギュッとした音を立てるたび、野良猫が鳴くのも激しくなる。段ボールが狭いからだろうか。しかし実際、これが一番ちょうどいいから仕方ないよね。

 ガムテープを貼り終えて、野良猫は別れが惜しいのか、依然として変わらず激しく鳴き声を上げる。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。

 わたしは鞄からボールペンを取り出す。十分とは言いがたいが、これで事足りるはずだ。わたしはボールペンの尻を押し、ペン先を出す。ボールペンを一度揺れ動く段ボールへと押し当てる。

 そしてボールペンを振り上げ、勢いよく段ボールに刺した。一度目は浅く刺さり、二度目は深く刺さる。三度目で野良猫のこの上なく甲高い鳴き声が周囲に響いた。

 思わず舌打ちを漏らした。このままじゃ埒があかない。地味だった。鞄をまさぐり、ペンケースから大きめのカッターナイフを取り出す。ツマミを押し上げ鋭利な刃をほとんど出し、逆手に持ち替えて強く振り下ろす。今度は、穴とは逆の場所へと突き刺した。

 カッターナイフは一気に刺し込まれ、猫のこれまた大きな断末魔の叫びを聞く。カッターナイフを引き抜いた時、刃にはベッタリと赤くぬめった液体がこびりついていた。

 向きを変えてもう一回。今度は掠れた声が聞こえてきた。ここからは段々と反応がつまらなくなってくる。カッターナイフは刺し口が黒く湿っていた、先ほどまで活発に動いてた段ボールは静かになった。

 それでもまだ反応がある。刺して、刺して、刺して、刺して、刺して、刺して……。

 あちこちに黒くジメッとしたシミが生まれ、各所に刻まれた刺し口はさながら樽に剣を刺すあのおもちゃのようだった。そういえば、あれはなんて名前だったか。パーティーゲームにこれといった思い出はなかったので、結局思い出す前に諦める。

 ついに反応が絶えた。つまらないので、とりあえずそこらへんに蹴り飛ばしておいた。案外重さがあって、少し足先がじんときた。

 カッターナイフの血をポケットティッシュで拭い、ティッシュを段ボールの刺し口に押し込む。穴から赤いものが染みてきて、自分でやっておきながらなんとも気持ち悪い。

 カッターナイフもボールペンも鞄に収めて、公園の野っ原から立ち去ろうとした時、目の前に一人の女の子がいた。

 わたしと同じ制服を着ていて、少し茶色く染めた長い髪が肩になびく。提げていた鞄が地面に落ちていた。ひどく恐ろしいものを見た時のような、そんな顔をしていた。

 同じ学校だ。放っておいたら噂を立てられるに決まっている。

「……見た?」

「…………」

 沈黙は多くを物語っており、それはわたしに確信させた。

「なにが見えた?」

「猫を、段ボールに詰めて、カッターナイフを……」

 視線はどんどん逸れていき、一歩、また一歩と下がっていく。わたしはその足取りに合わせてついていく。

「どう思った?」

「……怖いです」

 綺麗な瞳が潤んでいる。美しく締まった唇の隙間から嗚咽であろう息が薄く漏れ、細い眉は何かに対してひどく歪んでいる。きっと、恐怖や憎悪や悲しみが入り混じり、それが彼女をここまで魅力的にさせたのだろう。

 彼女は美しく可憐で咲く花のように儚くもあり、だからこそわたしも、その花をその花たらしめたい。強くそう感じた。

 その思いは胸を締め付け、わたしの心を追い詰め、溢れんばかりの欲望の数々を急いて、わたしを一歩踏み出させた。

 わたしは落ちた鞄をひったくり、アスファルトの上へと中身をばら撒いた。わたしの欲しかった学生証はなかったが、綺麗な字で学年クラス名前の書かれた一冊のノートが目に入る。鞄を野っ原に捨ててそれを拾うと、それはわたしを笑顔にさせた。

「あのっ、何して——」

「わたし、猫は飽きたみたい」

 彼女は何かを察したのか分かってないのか、口元につっかえたように言葉が詰まる。わたしは浮かんだ笑顔のまま、風にそよぐように言葉の続きを囁いた。

「もっと良いものを見つけちゃったんだ。もっと魅力的で、もっと美しくて、もっと壊れやすい、ガラス細工みたいな、そんなもの」

 彼女は猫を見る時よりも、みるみるうちに顔が青ざめていく。その様子がわたしの中の昂りをそそらせて、内にあるエネルギーが滾るようだった。

「待ってて。そして、これからもよろしく」

 言葉をなくした彼女にそっと近づき、華奢な指先でブレザーの隙間から緩やかな膨らみを確かめるように撫でる。一瞬、息が荒くなるのを見ると、その指先を離して数歩下がる。彼女の顔に、恐怖以外の困惑か恥じらいかエクスタシーとも取れるものを感じた。

「それじゃあバイバイ、白風蘭しらかぜらんちゃん」

 軽く手を振って踵を返す。いつもよりも鼓動が激しく、ノートで胸を押さえておいて精一杯だ。

 右手の指先をそっと嗅いでみる。少し華やかな、白星蘭の香りが残っていた。



 突然ながら、大変なことになってしまいました。

 帰り道にふと公園の野っ原を見た時、わたしと同じ女子高生が猫を段ボールに詰めて、カッターナイフで黒ひげにするような危機一髪の光景を目の当たりにしてしまいました。いえ、あれは一髪の隙もない危機そのものでした。

 その人は肩に届くか届かないくらいの黒髪で、中性的な綺麗な顔立ちをしていましたが、うごめく段ボールに赤く濡れたカッターナイフを無心に突き立ててる様子がなんとも異様でした。

 猫を助けようか、通報しようかと悩みました。しかし、助ければ彼女に刺されるかもしれない。通報しても猫は助からない。わたしは一歩も行動に踏み出せず、ただその一部始終を見つめていました。

 そして彼女は、そんなわたしを見つけてしまいました。そして怯えるわたしに、一言告げたのです。

「わたし、猫は飽きたみたい」

 ここからです。わたしの運命を揺さぶる発端、今まで見えなかった時計の針が動き始めたのは。

 短針のわたしを、長針の彼女が追いかけます。針が重なっても、わたしは死にはしません。短針が消えたら長針が存在価値を失くすという面では、わたしたちの関係は時計そのものだったと言えます。

 時計の針が重なった時、それは彼女がわたしをなぶる時でした。


 次の日、わたしは先日の出来事を思い返して怯えながら登校しました。

 結局、何事もなく登校できましたし、予想していたような陰湿な嫌がらせもありませんでした。四時限目を過ぎても何もなく、お昼に友人と弁当を食べていましたがやはり何も起こりません。

 このままでは、わたしがあたかも嫌がらせを欲しているかのように思えて馬鹿馬鹿しく、「きっとあれっきりで終わりなのだろう」などと思い込んで一人でお手洗いに行きました。

 しかしここで、その思い込みは間違いだということに気づきました。

 用を足して個室の扉を開けると、目の前には彼女、すなわち猫を殺していた昨日のあの人がいたのです。

 彼女はわたしを再び個室に押し飛ばし、彼女もろとも個室の鍵をかけました。狭い室内で二人きり、彼女はわたしを壁に追いやると、ささやかな吐息が鮮明に聞こえるほど顔を近づけます。

「わたしのこと、待っててくれたんだ」

「ち、違います。あなたが勝手に待ち伏せてただけじゃないですか」

「……言われてみればそうだね」

 彼女はとぼけた顔をして、無邪気を感じさせる朗らかな笑顔を見せました。ここが陽の当たる広場ならなんの不自然もないでしょうが、薄暗いトイレの個室であるがために違和感があります。

 彼女はわたしの胸ぐらをぐいと掴み、便座を上げた洋式トイレへと顔を押しやりました。急だったために抵抗できず、半ばなすがままでした。

 後頭部を押さえられ、数秒水の中へ押し込まれては顔を上げるのを何度も何度も繰り返しました。一瞬だけ見えましたが、行っている当人の顔はどこまでも楽しそうでした。

「っな、なにが楽しっ——」

「蘭ちゃん、わたし人間って初めてだから。苦しかったら言ってね」

 さながら理髪師か歯科医のように、優しい声で言いました。しかし現状はそんなものとは程遠く、人形を床に叩きつけて遊ぶ幼児そのものでした。

 言ってやめてくれるほどまともな人とは思っていませんが、窮地に立たされたわたしは思わずその言葉をこぼしました。

「——っや、やめ」

 勢いよく喋ったせいで水を飲んでしまい、強く咳き込んでしまいました。さっきからずっと吐きそうだったのですが、吐く暇も与えず水に押し込むので、逆に吐くことがありませんでしたが、もう限界。

 気がつくと、水と一緒に色とりどりの吐瀉物が奔流しました。ご飯の白色、卵焼きの黄色、レタスの緑色、トマトの赤色、ナゲットの茶色。胃液がそれらを黄色がからせて混沌としていました。

 気がつけばわたしは泣いていて、先ほどまで後頭部を押さえてつけていた彼女もそれを見て、流石に若干引き気味になっていました。

 昼休みが終わることを知らせる予鈴が鳴りました。彼女は扉を開けて個室から逃げるように去っていきました。



 自分と同じ人間が目の前で吐いてる光景は、とてもおぞましかった。

 猫が血で段ボールを汚す光景なんかよりもそれはグロテスクで、しかしそれをずっと見ていたくもあった。

 わたしの中で誰よりも輝いていた蘭が色とりどりの吐瀉物を流す。それは本来失望されるものだけど、わたしにはそれが愛しくあり、全身の毛がゾクゾクと粟立った。

 午後の授業中になってもその感覚を忘れられず、授業どころではなくなっていた。

「えー、それでは次。十六番、繋目つなぎめ

「…………」

「おーい、繋目」

「っあ、はい!」

 繋目結つなぎめゆい、すなわちわたしの名前だ。これでもわたしは学年成績がトップだったりする。

「どうしたー? 具合でも……」

「いえ、すみません。それで、どこでしたっけ?」

「悩み事は構わないが、授業はちゃんと聞いとけよー」

 前の席の子がわたしに教科書を指し示すと、わたしはそこを読み始めた。

 何故だか、目の前の彼女には食指が伸びないし、他の人たちも同様だった。

 ただ、蘭だけに、その特別の感情を向けられた。

 親に捨てられ、勉強ばかりしてきた毎日の中、突然芽生えたその感情。

 それはきっと、「恋」だった。


 放課後、二年B組の付近に待機して、蘭を見つめる。何事もなかったかのように、友人にあどけない笑顔を向けて話す彼女。

 もやもやした感情に駆られていき、そのまま教室の入り口に立っていた。

「白風さん!」

 外行きの笑顔で蘭を呼んでいた。途端に彼女の笑顔はさっと消えていき、友達に手早く何かを告げる。そしてすぐにわたしのもとへやってきた。

「な、何?」

「これ。ノート借りてたでしょ?」

 昨日拝借したノートを鞄から出し、両手で渡す。

「えっ、」

「ありがとうね」

「う、うん。どういたしまして……」

 蘭はぎこちなく笑ってみせて、そそくさと友達のもとに戻る。

 自分以外の居場所を持つ、蘭が憎くて仕方なかった。この恋が向かう先の障害の多さに、疎ましく思った。

 今日初めて、「恋」から発展する「嫉妬」の感触を覚えた。その余韻にずっと、触れていたいと思った。



 帰り道、友達と別れて、ついに一人になりました。そこでふと、先ほど返ってきたノートを開いてみます。

 ドラマなどで時々見るイジメ描写ではありったけの悪口が書かれているものですが、そこにあったのはわたしの予想をはるかに上回るものでした。


『わたし、蘭のことが好きみたい』

『たまらなく好きなの』

『蘭のことを考えるとどんなことも手につかなくなる』

『蘭と一緒に弁当を食べていたい』

『蘭と一緒に帰りたい』

『蘭といつも一緒にいたい』

『でも、きっとこれは、わたしだけの思い』

『その思いに共感してくれるなら、わたしは嬉しい』

『共感していてほしい、そんな思いでいっぱいいっぱいになっている』


 ボールペンで何重にも濃く書き殴られたそのポエムじみたものと、周囲に乱暴に散らされたありったけのハート。正直全く共感できませんでしたし、彼女の愛情のそれは多くの人のそれとは違うような気がしてなりませんでした。

 友人が言うには、彼女はわたしと同じ二年のA組の繋目結つなぎめゆいという子らしく、学年トップの成績を誇るとかなんとか。

 自慢じゃないですが、わたしは成績は中の中くらいなので上位を見ることがありませんでした。ましてや他クラスの子とならば知るはずもないのですが。

 とすると、野良猫を殺していたのも、わたしをいたぶっているのも、全てストレスから来るものなのでしょうか。まったく、いい迷惑です。

 吐いたせいでどうもお腹が空いてしょうがなくなりました。コンビニでプレーンドーナツとミルクココアを買ってきました。公園のベンチに座って紙袋を開き、もぞもぞとそれを取り出します。

 いつもよりそれは美味しく思え、途端に悲しみに駆られました。涙で滲む視界のまま、無心でドーナツとミルクココアを繰り返して、また涙が溢れてきました。

 制服で拭ってどうにか止めようとして、食べる飲むを繰り返し、ついには食べ終えてしまいました。ふと、ゴミを両手にぼうっと空を見上げました。

 藍色と赤色の境界線がなだらかな、澄んだ黄昏でした。空はこんなに綺麗なものかと、いつもは気づかなかったのですけども。

 二十分くらい経った頃でしょうか。背もたれに身を任せて息を吐き、大きく伸びをすると、思わず短く唸りに似た声が吐き出されました。恥ずかしいなと思いながら自販機のゴミ箱の方に向かうと、自販機の前に繋目さんが立っていました。

「よっ」

 上げた片手にはカッターナイフを持っていました。そのカッターナイフは今日も血塗られていて、手やら制服やらに少し血が飛んでいました。

「あの、猫は飽きたんじゃ……」

「んー……今日は遊びじゃなくって、駆除って感じかな。鬱陶しかったから、やむなく」

「やむなく、って…」

「大丈夫。わたし器用だから、証拠はまったく残してないよ。このカッターナイフもそろそろ捨てようと思ってたし、ご安心あれ!」

 カッターナイフを自販機のゴミ箱に放り込み、わたしをそっと抱きしめました。少し乾いた血がカサカサとして、少しこそばゆかったり。

「何も……しないんですか」

「してほしいの?」

 わたしはあのノートの答えを、心の向かうままに告げました。たとえ平穏が壊されるとしても、この思いは止められません。

「……っなわけないじゃないですか。嫌いですよ。片想いにしては迷惑すぎます」

「知ってる」

「成績トップだか優秀だか優等生だかなんだか知りませんけど、だからなんでも許されるわけじゃないんですよ。いくらなんでも傲慢すぎるし、自己中心的すぎるし、邪魔だし死んでほしいです」

「……うん」

「嫌いです。このことは誰にも言わないので、もう関わらないでください」

「…………」

 またいつもの温かな笑顔を向けて、額に額をコツンと向かい合わせました。怖いのに、嫌いな気持ちは変わらないのに、分かっていても気がおかしくなりそうです。

「それでも、諦めない」

 そして、額を離したと思ったその瞬間、唇に柔らかな感触が触れました。それは、全身に電流が走るようなスイッチが切り替わるような、何かをガラリと変えるようでした。


 繋目さんが去った後、何分そこに立っていたか覚えていません。気がつけば家に帰っていて、知らない間に一日は終わっていました。



 わたしは叔父叔母の家に引き取られたが、それは決してわたしを温かく迎えているわけではなかった。

 今日も叔母から千円札だけ渡されて登校する。夜な夜な話をしていたところに耳をそばだてていたが、「あいつはどこかおかしい」だとか「不気味」だとか、とにかく言いたい放題だ。

 確かに、わたしの父はたくさんのゴーカンサツジンなるものをやった上で自殺したらしいが、わたしはこれでも表向きはちゃんとしてるはずなのだ。カエルの子はカエル的な考えでわたしは怖がられ、優等生を演じ続けなければ偏見に塗りつぶされる。

 優等生を演じ続けなければならないせいか、次第に衝動的なものに襲われていく。病的に襲うそれは日々増幅していき、どこかにぶつけなければならなかった。

 最初こそ自室の壁を蹴って解決したが、叔父に苦情を寄越されたので外で色々探していた。

 そこでわたしは見つけたのだ。意図的に置かれた猫缶に群がる野良猫たちを。

 野良猫はなにかと迷惑がかかるので、いくら殺してもいい。そんな考えが頭をよぎる。人間の憂さ晴らしになるならそれは尊い犠牲だと思う。

 最初は猫を小さな段ボールに入れてガムテープを何重にもぐるぐる巻きにすることは変わらなかったが、そのまま放置するだけだった。段々と動きが無くなってきて楽しいが、何度かやってみると最初の三〇分と死後以外は全く楽しめないし、なにより地味すぎる。

 その後、猫自体をガムテープでぐるぐる巻きにしようと思ったが暴れて失敗したり、水を入れてみたら段ボールが湿って脱出しやすくなったりして、結局「段ボールに詰めてカッターナイフで刺す」やり方に落ち着いた。

 生き物を刺すということに躊躇はなかった。まさか、猫以外の生き物を刺すなんて、過去の自分には考えられないだろう。

 コンビニでは普段おにぎりを買うのだが、今回はジャムパンとミルクココアを買った。昼の分はまた別に買っていて普段と変わりなかったが、ジャムパンの鮮明な赤色に引き寄せられたのだ。

 コンビニを出てすぐミルクココアの缶を空け、ジャムパンの袋を開く。ジャムパンは甘ったるくミルクココアも絶望的に合わなかったが、わたしは満足だった。

 口元に溢れたイチゴジャムを小指で掬って口に入れる。その赤色は偽物だが、それでもなにか心地よかった。



 突然ですが、我が校で殺人事件が起こりました。

 被害者はわたしと同じ二年B組の生徒で、路地裏で遺体が発見されたようです。刃物で何度も何度も色々な場所を刺されたらしいのですが、一回ごとの切り口が浅かったり、争った形跡があるので生徒による発作的な犯行だとかなんとか。

 これだけでも十分異常でしょうが、下着が半脱ぎになっていたり、下半身を弄られた形跡(これ以上の説明はいらないし、正直したくないです)があったりと、性的暴行の線が上がっています。そこまではいいのです。

 ただ、被害者の大腿には刃物で薄く幾つものハートのマークが刻まれていたようです。これを聞いた時、薄々浮かびつつあった一人の姿をはっきり確信しました。

 繋目結、彼女が殺したのだと。

 薄い切り口、昨日の返り血、昨日の言葉、侮辱みたいな殺し方、大腿のハート。それらは全て確証とは言いがたいですが、わたしには動機すら想像がつきます。

 被害者は、放課後にわたしと話していた友人だったからです。


 移動教室でA組を通った時、繋目はわたしと目が合うと一瞬微笑んで小さく手を振りました。

 わたしはぞっとするあまり、思わず目を逸らし、逃げるように駆け気味に過ぎました。

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繋目さんの異常な愛情 郁崎有空 @monotan_001

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