第28話「一度きりの……」

 僕は改めて、ドアノブに手をかけて、そっと扉を開いた。

 部屋の明かりはついておらず、スターライトスコープを頼りに周囲を見渡すと、部屋は十畳くらいで、奥のベッドに人が横たわってるようだ。おそらく、それがイエンカ姫だろう。時間的に深夜1時を回っているからな、眠りについてるのか。

 

 僕はゆっくりと姫の方へと近づいていった。なにやら、寝ているところにこっそり近づいて行ってるという構造はあまりよろしくないような気がするが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。

 

 近づいていくと女の子の寝顔を確認することができた。暗くてはっきりとわかるわけではないがまず間違いなくイエンカだろう。

「よし、起こして事情を説明しよう。太陽にパルナレア語がわかるわけがないから、君のヘットセットをスピーカーモードに変えてくれ。俺が直接話す。」


「イエンカ姫起きてください。」

 ソラはパルナレア語でそう語りかけたようだ。僕には全く何を言ってるかはわからないが、ソラは同時通訳をしてくれていて、ヘッドホンから日本語の音声も聞こえてきた。僕に聞こえてくる和訳音声がなぜか棒読みちゃんなのがすごく気になるが。

 僕は同時に姫の肩をゆすって起こそうとした。


 すると、姫の体はビクッとなって、驚いたかのようにして目を開いた。

「…、だ、誰ですか。」

 向こうからは暗くてこちらの顔を確認することはできない。

「大きな声は出さないでください、警備のものに気づかれます。私は、あなたの計画に賛同するものです。」

 そう大きな声を出してもらっては困る、スムーズに姫を救出するためには彼女の協力が不可欠だ。一瞬だけ驚いた様子のイエンカ姫だったがすぐに落ち着いて、ソラに切り返していた。とても10代の女子とは思えない対応だ

「私の計画に賛同する…?あなたはさなぎの夢を知ってるかしら。」


「…さなぎの夢は蝶の羽をもぎ取ること。」


「パルナレアの喜びとは。」


「落ちるはずのない太陽が落ちたことです、姫。」


突然謎のやり取りがはじまった。暗号か何かなのか。

「分かりました。あなたが誰かわかりませんが、少なくとも父側の人間じゃなさそうね。もしかすると、ただの誘拐犯かしら。それでもいいわ、早くここから連れ出してちょうだい。」

 たったあれだけの会話で姫は何かをわかったらしい。自ら連れ出してくれってことはやはりここに軟禁されてたってことなんだろうな。


「残念ながら、着替える余裕はありませんがよろしいですか、姫。」

「うーん、パジャマだし、ノーブラだし、ちょっと恥ずかしいけどそんなこと言ってる場合じゃないかな。」

 そういって姫は起き上がって、自らのパジャマ姿を披露した。

 ぐっ、くやしい。スターライトスコープでははっきりとパジャマ姿を確認することができない。お姫様のノーブラパジャマ見たいよぉ。


「よし、では姫、脱出しましょう。一気に駐車場まで駆け下ります。走りには自信がありますか。」

 あまり、遅いようならお姫様抱っこ(まさに言葉通り)をするしかない。むしろ歓迎なのだが。

「100m12秒後半位だと思うわ。パルナレアではオリンピック候補だったし。」

 うわっ、僕より全然早えじゃん。何でもできるお姫さまっていうのは本当だったんだな。

「あぁ、でも靴がない。ヒールで来ちゃったし、‥‥裸足で走りましょう。じゃあさっそく行きましょうか。」

 そういってストレッチを始めるイエンカ姫。

 

 するとソラがすこし慌てた様子でヘッドホンに音を響かせた。

「しまった、エレベーターが動いていないことで異常に気づいた警備員の一人がこっちに向かっている。申し訳ないが太陽には少しアクションシーンをやってもらう必要がある。」

 

 ええーっっ、おいおいおいきいてないよー。

 とはいうものの、そういうことがあるというのもまぁ覚悟はしてたけどさ。


「説明してる時間が惜しいので、駐車場に向かってダッシュしながら聞いてくれ。そして、今からビルすべてのから姫にこのスコープつけさせてくれ。」

 言われて、僕は姫にスコープを渡して、つけてもらった。


「さあ、走りましょうか姫。」

「分かりました。」

 そして姫と僕は一気に地下の駐車場に向かって走り出した。

 部屋の扉を開けて、廊下に出るとすでに照明は落ちていて、真っ暗だった。もちろん僕らはスコープのおかげで視野を確保している。

 ダッシュしながら僕はソラの声を耳にする。

「さて、走りながら聞いてくれ、このまま階段を下りていけば、おそらく3階の階段で警備員とすれ違う。いくら暗闇とはいえさすがに気づかれないように、すり抜けることはできないだろうから、上からタックルして倒してしまおう。」

 まじかよっ、本当にアクションシーンというかアクロバットじゃないか。反論したいものの走っているためにしゃべる余裕が全然ない。


「暗闇だし、君の方が上の位置にいるから、タックルといってもとびかかるだけさ。少し度胸がいるが、なんとか勢いでやってくれ。」

 なんか無茶なことを、平気で言ってる気がするんですけど。

 

 すぐに階段にたどり着いて、僕らは一気に駆け下りていく。姫は僕より足は速いだろうが追い抜くようなことはせずしっかりと後をついてきてるようだ。転ばないように階段を駆け降りていくと、5階から1階分をおりきったところで、3階の踊り場から上に上がってきている警備員を確認することができた。

 一度、僕たちはそこで階段を下りる足を止めた。


 警備員は僕たちの階段を駆け下りる音にもちろん気づいてるらしく、僕たちの方に向かって声をかけてきた。階段は電気が遮断されたため明かりが途絶え、真っ暗で向こうから、こちらの姿を見ることはできない。


「誰かいるのか?」


「いるなら、出てこい。」


「おい。」

 警備員は言葉を発し続けた。

 こちらからはスターライプスコープで君の場所はしっかり把握できている。

 僕は今君の真上にいるよ。高さ3mってとこだね。


『太陽、いまだいけっ。』

 ヘッドホンから指示されるソラの言葉より先に、僕は警備員に向かってフライングボディアタックを仕掛けに行った。

 階段を思い切り足でけって、全身を相手に浴びせるようにして、ミル=マスカラス、いやどちらかといえば棚橋のハイフライフローのような恰好で躊躇なく階段を登る途中の警備員にとびかかった。


「おわっあああ!」

 ぶつかって警備員は変な声をあげた。

 僕の体は見事に警備員の上半身にヒットして、そのまま二人とも階段を転げ落ちていく。といっても段差は3段くらいだったのでそこまでの衝撃はなかったが、段差の角に少し足をぶつけたために僕も相当痛かった。しかし、衝突のショックのほとんどは、相手の体がクッションになったので受けずに済んだようだ。

 勢いよく倒れたので踊り場の壁の方まで、二人とももつれながら転がっていった。


「いってぇ。」

 僕はそうつぶやいたが、警備員は何も声を発することさえできずに、その場にうずくまっている。

 なんかごめんね、そんな痛そうなことになってしまって、べつに君は何も悪くないんだけれども。というか、死んでないよね。さすがに殺人する気なんてないからね。息はしてるようだから、死んではいなそうだな、よしよし。

 

 倒れてる警備員と僕を横目に、姫が走り去っていく。

 さすが姫、声をかけていくこともしない。そうここで、僕を気遣われても何一ついいことはない、存在を気づかれるだけだ。それよりはいち早く地下駐車場に進んでほしいのだ。本当に頭のいい人だ。僕のことに全く構わないのは、性格が冷たいからじゃないと思いたい。


 痛む足を我慢しながら、僕も姫の後を追う。警備員はまだしばらく動けなそうだ。

あきらかに先ほどより僕の速力は落ちたが、なんとか走れないほどではない。必死に階段を駆け下りていく。

 

 ちくしょーソラのやつめ!こんなリスクのあることさせやがって、そう恨まざるを得なかった。

 僕の心の声を読み切ってるかのように、ソラはヘッドホンから僕に声をかけてきた。

「なんでフライングボディアタックなんてやったんだよ。べつに飛ばなくたって、階段の上にいるんだから、そのまま突き落とすだけでよかっただろう。それをわざわざ大技にするから、痛める必要のない足を痛めることになったんだろう。」


 日頃から、サークルでプロレス技の研究をしていたことが仇になったようだ。

 そうしてなぜかボロボロになりながらも、何とか姫に続いて僕も、地下駐車場までたどり着くことができたのだった。

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