第1話「コンタクト」

 

 そいつと出会ったのは、酒の飲みすぎでぶっつぶれた日の朝だった。

 今僕はベッドの上で何時かもわからないまま、二日酔いが収まるのを待っている。

 

 昨晩、大学のサークルの飲み会でやりすぎた。いまだにいっきコールが根深く存在するうちのサークルはあほだと思うが、中心で叫んでいるのが自分なのだから仕方がない。

 昨日の顛末てんまつを思い出そうとしていると、

「よう、起きてくれよ」

 とふとどこからか声がした。誰か家に入れた覚えはないし、僕はきちんと酔っぱらいながらも自分の家に帰ってきたはずだ。


 開けたくない目を開けると、自分の部屋の天井だった。

 よかった、誰かの家ということはないようだ。


「おはよう。おはようございます。グッモーニン!」


 声は枕元の自分のスマホから聞こえてきた。なんだアラームか。

 あんだけ酔っぱらいながらもアラーム設定するなんて僕はしっかり者だな。


 でも、今日はなんか予定があっただろうか。あるとして大学の講義くらいだが、アラームをかけなきゃいけないほど大切なことでもない。

 そもそも昨日しこたま酒を飲んだ段階で、今日は大学に行く気なんかないのだ。


「なぁ、とりあえず俺を手に取ってくれないか」

 と、スマホがとんでもない自己主張を始めた。

 さすがに何事かと違和感を感じた僕はスマホに手を伸ばした。

 こんなアラーム機能があるはずがない。


 画面を見ると、何のボタンも押していないのに画面が一面青色だった。

 えっ、何このホラー…まだ寝てるのか僕は。


「俺の声が聞こえてるかい?」


 明らかにスマホから声がしている。

 なんだ、どういうことだ、最近のsiriは勝手に話しかける機能がついたのか?

 いや、そもそもアンチアップルの俺はアンドロイド機種じゃねーか。なんだ、アンドロイドに新機能でもついたか?

 それとも昨日の飲み会でメカおたくの後輩が何か仕込んだろうか?


「――聞こえてる」

 自分でもなにをしてるんだろうと思いながら、返事をしてみた。初めてシーマンをやった時のような感じだ。あるいはオペレーターズサイド、まあこのゲームを知ってる奴は何人もいないだろうけど。


「おぉ、感動だぜ。久しぶりに意思疎通できる相手に会えた。俺は今すげえ感動してるよ。」


 と、声を荒げて返してきた。ボーカロイドとか、読み上げソフトのような声じゃなくて、普通の若い男の声だった。

 

 なんだ、疑似トークが楽しめる機能でもついたのかこのスマホには?

 絶対なんかの罠だな、これ。

 実は録音されていて、返事をしたらあとで後輩に「何スマホに真面目に話しかけてるんですか笑」って、すげー草はやされるパターンにちがいない。

 

 しかしあの後輩は、やたら機械に強いと思ったらこんなことまでできるレベルなのかよ。

 と警戒しながらも楽しそうなので会話に乗っかることにした。べつに馬鹿にされても困らない。


「感動なのはよかったが、これはそのどういうことなんだろうか。」

 

 はっきりいって状況が呑み込めないぞ。夢かうつつか幻か……。

 飲み過ぎた次の日の朝はこういうことってよくあるよ。僕はそう夢見がちな少年だ。すごい現実なように思えるだけで、実は夢なんだろう。知ってるかい、こういうのを明晰夢めいせきむっていうんだ。


「おお、寝起きのところすまん。君の端末を借りて俺が話しかけてるんだよ。」


 意外にもスマホとの会話が成立している。かなり、会話パターンが登録されてると見た。もっとも「どういうことなんだ」に対する解答はそんな難しくないか。いわゆるディープラーニングってやつだな。よし、せっかくだから、質問の意味が分かりませんって言われるまで頑張ってやるか。

 僕は結構りんねちゃんをいじくり回すの好きなんだ。なんか、これひどい字面だな。


「きみは誰なんだい?」

「君たちの言葉でいうところの宇宙人だよ。」


 ……ほほう、宇宙人と来たか。やるな後輩、センスがぶっとんでるぜ。


「その宇宙人様がなぜ日本語を?」


「あれあんま驚かないんだな。きみが使う言語がこれっぽいから合わせただけだよ。文明レベルが俺と君たちじゃ全然違うから、このレベルの電子機器は完璧に操れる。中の情報も瞬時に理解可能さ。」


 会話がちゃんと成り立ってるねえ。

 ずいぶんと設定が練りこんであるな……しかも今度は自動応答ソフトとは思えないかなりのずいぶん長文で返してきた。どんだけの量の会話を登録させたんだろう。ディープラーニングの進化は恐ろしいな。

 っていうか後輩暇人すぎるだろ。


「で、その宇宙人様はなんで俺のスマホから話しかけてるんだ?目的とかあるのか。」


「君の端末だったのはたまたまだよ。目的は、まぁ生き残るためさ。」


「たまたま?プログラムがたまたま仕込まれることがあるか?」


「おっと、疑ってるね。そうかそうか今の時代は人工知能の開発なんていうのを頑張ってやってる時代なんだね。それで俺のことを学習機能をもった高度なAIとか思ってるわけだ。そうかそれは、なかなか信用してもらうのが難しいな」


 本当に今のAIっていうのはすごいんだな、2040何年だかには完成するとは聞いていたがここまで会話できるレベルか……。あんまそっちの情報詳しくないんだよなぁ。

 酒とコーヒーの味くらいしか、僕は詳しくないんだよね。もちろん詳しいといっても大学生レベルだから期待されても困るけどね。


「信用はしてないが、面白いとは思ってるよ」

 僕はどうやって率直な感想を述べる。あまりにもAIの性能が良すぎてロボットと会話してるということを忘れそうだ。


「別に信用してもらわなくてもいいんだが、それじゃ、せっかくの奇跡的な出会いなのに面白くない」

 な出会いという言葉が少し引っかかった。


「そうだなぁ。この部屋にあるあのゲーム機はどうやら無線でつながってるようだな。もしあっちからも話かけたら、君も驚くかな?」

「ほう、そんなことができるのか」

 それはさすがに、後輩が出来るレベルじゃない。

 そんなことは、さすがに所詮スマホに仕込まれた会話ロボットができるようなものじゃないだろう。


「主電源さえ入ってればね。さすがに電力供給されてないものは無理だし、情報伝達出来そうにないものは厳しいけどね。だから、そこのパソコンからもいける」

 なんか、とんでもないこと言いだしたようだ。パソコンからとゲーム機からも話しかけるだって!? 面白いじゃないか――。


「やってみなよ。」

 僕がそう言ったその瞬間、PS4とパソコンが同時に起動した。

 最初のログイン確認すら行われず、ケータイと同じように画面が真っ青になった。

 そして、「これで信じてもらえたかな」 と問いかけてきた。


 これはいくら何でも、ホラーすぎるだろう。

 すごいというよりは怖い。

 夢だろう……。夢だといってほしい。


「おっ、やっと驚いたかな? 身体を起こしてくれたね」


 さらに、どきりとさせられた。そう、確かに僕はいま寝たままだった姿勢から、上半身を起こした。それはたしかなのだが、なぜ僕の行動がこいつにわかるのだ?


「なんで、僕の動きが……?」

「スマホにも、ゲーム機にもカメラがついているからね。ちゃんと視覚情報も伝わってる。」

 さすがに会話AIのレベルを超えている、後輩ごときができるレベルじゃない。


「何がしたいんだ……ハッキングってやつなのか。」

 事態が飲み込みきれず、思わず声がひきつる。


「そんな怖がらないでくれって、ほんとうにただの宇宙人なんだよ。ただの宇宙人ていうのも変な話なんだが……」


 僕にあったさっきまでのゆとりが、一気になくなったのがわかる。後輩のせいだと思えなくなった瞬間からこの現象に対して恐怖しか感じなくなってしまった。

 まさか、まさか本当に宇宙人とかなのか。会話ロボットではないのか?

 人は何かわからないものに触れた時に、こんなにも混乱するものなのだろうか。

 

 そ、そうだ、主電源を全部落とそう。

 このままじゃきっとやばい、とおもって立ち上がった。


「あ、ちょっと待ってくれって、今君は電源を切ろうと立ち上がろうとしてるだろ。それは、本当に困るんだよ。せっかく見つけた居場所がなくなってしまうんだ。頼むから少し待ってくれ」

 と懇願してきた。逆に向こうにゆとりがない感じだった。その声のおかげで、少しだけ自分の恐怖が和らいだ。


「頼むよ、話がしたいんだ。驚かせてすまなかった。害とか絶対ないから、まあ君の家の電気代にほんの少しだけ影響があるかもしれないが大したことないだろう。話を聞いてから、嘘か本当か判断してくれたっていいだろ?」


 『電気代にほんの少しだけ影響がある』っていうちょっとしたジョークのおかげで、僕は少し冷静さを取り戻せた。

 ……たしかにこんな面白い状況を電源を切って終わらせてしまうのはもったいないかもしれない。

 害のないのであれば、話くらいはしてみたいかもしれない。

 誰のたくらみで何の罠があるのかわからないが、どうせ暇だし話を聞く位はしてもいいのかもしれない。

 そして少し間をおいてから答えた。


「わかった、まず、ゲームとパソコンの画面を切ってくれ。そして、宇宙人きみに名前があるなら教えてくれ」

 素朴に名前が気になった。

 そして、大分僕は冷静さをとりもどせた。


「ソラだ、君たちの言葉で一番近い発音をするのならね」


 そして、ゲーム画面とパソコン画面は元の黒い姿を取り戻した。

 スマホの宇宙人ソラはゆっくりと自分の話をし始める。

 これが僕とソラとの出会いであった。

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