ブランク・マスター
マサキチ
【零章】ユーリ
第1話
「助けてくれ!!」
「どうして町から出られないの!?」
いつでも人で
はじめは、目の前で起こっていることの意味がわからなかった。
けれど理解するのに時間がかかっただけで、ユーリには見えていた。
幾度となく天空より、常人には見えぬ不可視の〝
「…ミョルニルの、槌…」
呻くように漏らす。
それが一体、どのような力を持つのかまでは知らない。
だが、かつて一度だけ聞いたことがある。ミョルニルとは禁断の邪法であり、開けてはならぬパンドラの箱であると。
槌に打たれたある者は象牙色の紙片へと姿を変え、ある者はとりどりの色彩となり、静かに舞い上がる。
「こんなこと…許されない」
差し伸べる手は誰をも救うことなく空を摑み、祭りに訪れていた者たちはユーリの目の前で次々と消えて行った。
人々が変じた紙片は宙で集まり、少しずつ紙の、ページの様相を成してゆく。
ゆるやかに
ちらりと
一つには様々な挿画が添えられている。
だがもう片方には何も描かれることないまま、挿画を伴ったものよりもはるかに厚みを増して行く。
あれは、ブックなのか。
宙に浮かぶまっさらな‶それ″からは、手にした者の生命さえ食らいつくすほどの、凄まじい力が溢れているのがわかった。
その時、視界に飛び込んできたひとつの影。
「せめて子どもだけでもと思っていたのに…町から出る術など、どこにも見つけられなかった」
目に涙を浮かべた彼女は、そう言って唇を噛みしめる。
自治国ランディス宰相の
そして薬師のユーリ。
「僕も…何もできなかったよ」
混乱のさなかに怪我を負った者の手当てに奔走していたが、誰もが槌の力に打たれ、消えて行った。
「ユーリ、お前のせいじゃない」
オルガの腕が伸び、目を伏せたユーリの頭を抱きしめる。背に回した腕に力を込めると、安堵の息が耳に届いた。
おそらく二人がこうしていられるのは、オルガは軍から授けられた洗礼のおかげであり、ユーリはあの誰よりも強い力を持つ親友からもらった、鉱石『レイジア』の宿るナイフに守られているからだろう。
だがそれも、どれほど持つものかはわからない。
しばらく前から、逃げ惑う者たちの声は聞こえなくなっていた。
多分もう、時間はない。
見上げる視線の先には、宙に浮かぶ二つの表紙なき紙の束が静かにあった。
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