第2話 いつもの光景

 

 私が入学した私立曙学園は中等部・高等部が存在する歴史のある名校である。

 

 部活動は盛んであり運動部はもちろん、文化部でも全国に名を残すほど中々の成績を残している。地元だけではなく他県から進学を希望する生徒も少なくないらしい。

 私立のため公立に比べれば設備や施設も整っているけれど、その分もちろん学費は高い。親が芸能人だとか資産家であるとか、家柄が有名な生徒が多かった。しかし推薦や特待制度も活用しているから、一般家庭の生徒も多く通っていることが特徴だ。

 私、鬼沢陽菜子も奨学金目当てでこの学園に入学した。特待試験に合格し、更に在学中の成績を上位に納めていれば学費は免除となる。公立に行くより遥かに安い。ガリ勉とまではいかないが、私はそこそこ勉強には力を入れていた。

 中等部と高等部は隣接しており校舎は互いに見える位置にある。高等部は生徒人数の増加に伴い近年校舎を一つ建設した。旧校舎と新校舎。二つの学舎を特徴とする高等学部。それがこの学校の魅力の一つでもあった。

 

 私が通う曙学園の表向きの説明はこんな感じだろうか。しかし、この学園には誰にも知られてはいけない「裏の顔」がある。




 キーンコーンカーンコーン

 

 教室に着くと丁度チャイムが鳴った。相変わらず私の前は空席だった。偶然にも偶然。私と陽太さんは同じクラスで席も前後。

 ところがこの席に座る彼の姿を私は入学してから一度も見たことがない。


「おはよー。よーし、出席取るぞー」


 ガラリとドアが開いて担任の斉藤先生が教室に入ってきた。教壇に立つと一人一人の顔を確認する先生。


「えーと風間は……はい、いつも通りね」

 

 陽太さんの席を確認すると斉藤先生は眉間に皺を寄せて名簿に出欠を記入する。 

 彼は恐ろしいことにまだ一日も授業に参加したことがない。


 さっきまで普通に校舎前で姿を見かけたが、何で教室にいないのか。学校には来るのに授業に出ないのは中等部の頃から変わっていないらしい。高校から曙学園に進学した私は陽太さんのことを詳しく知らない。中等部からエスカレーター式で上がってきた人達は、陽太さんが授業に参加するのは体育か、試験の時か、本気の本気で気が向いた時のみだと話した。授業に出ないのが彼の通常スタイル。それが彼の日常らしいのだ。

 こんなことでは単位は取れないはず。進級の心配はいらないのか疑問を抱いているとホームルームが終わった。


「陽太さん……何で授業は受けないんでしょう?」

 

佳代ちゃんに尋ねると、肩をすくめて「さあ?」と答えた。学校には来ている。運動部の助っ人として放課後よく姿を現わすらしい。しかし授業は全く出ない。破天荒な彼の生活っぷりを本気で心配すると、クラス委員長の杉原さんが私に話しかけてきた。


「風間君って頭は悪くないんだよ。試験の結果だっていっつも上位にいるし。家も結構お金持ちらしいよね。だから結構待遇がいいとかって聞いたけど……」


 杉原さんはメガネをかけ直しながらため息をついた。


「毎回僕より点数がいいんだ……」


 ボソリと杉原さんが言った言葉を私は聞き逃さなかった。


「まあ、本人のやる気の問題だよたぶん」

 

 佳代ちゃんの言葉に私はまじまじと空席を見つめた。

 陽太さんが授業を受けない理由は、本人に聞いてみないとわからない。毎回聞こうと思うのだが、彼と過ごす時は状況が状況だけにいつも聞き逃してしまう。

今日こそ色々教えて貰う時だ。私はまだまだ知らない彼の顔が気になって仕方ない。

 今日も今日とて何の変哲もない一日が過ぎていく。現代文に世界史、数学……いつもと変わらない授業を受けて、佳代ちゃんと昼食を食べて、また授業を受ける。そうやって時間は過ぎていき、あっという間に放課後になった。

 そっと携帯を見ると、朝の予想通り一件新着メールが届いている。

『教室で待ってろ』

 簡単に綴られたその文を読んで私はぐぬぬぬ……と唇を結んだ。


 さて、さっきの話の続き。この学園の「裏の顔」を私は知っている。いや、知ってしまったと言うほうが正しいだろうか。

 時刻は夕暮れとなり、教室はオレンジの日差しに照らされる。裏の顔は夕暮れに顔を出すのだ。





 古い鐘の音が響き、放課後が訪れる。皆が皆教室からいなくなり、私は重い溜息をついた。正直もう帰りたい。帰りたくて仕方ない。本気の本気でそう思うも、私は逃げられない現状を覚悟し、机の上に顔を突っ伏す。


 すると、誰かが教室のドアを開いた。その足音は段々私の席まで近づき、私の目の前で止まる。感が冴えていた私は誰であるか把握していた。

 現実逃避をすべく顔を上げずに寝たふりをしていると、目の前の人物に髪をわしゃわしゃと乱暴に掻き混ぜられる。


「……ぐー」

「おら、起きろ陽菜子。狸寝入りしてるのはわかってんだよ」

 

 私は僅かに目を開いて視線を上に向けた。陽太さんの整った顔が視界に映った。夕日の効果だろうか。オレンジの光を受けたイケメンは昼間よりも更に魅力を引き立たされていた。黙っていれば女子が騒ぐような顔立ちなのにデリカシーの無さがその魅力を半減している。非常に勿体ない男の子だ……と心の中でぼやくと、鼻をきゅむっと摘ままれた。


「いはい!」

「早く起きねえとパンツ脱がすぞ」


 ガタリッ

 目をギラリと光らせる陽太さんを見て反射的に椅子から立ち上がると私はすぐに距離を取った。彼の手の動きが冗談ではないと察知し全神経が反応する。

 スカートを抑えて警戒モードになると、陽太さんは舌打ちをして腕を組んだ。何で今舌打ちしたのかと睨むと、陽太さんが口を開く。


「……で、今日は生物実験室に行くぞ」

「生物実験室……ですか?」

 

 私が目を瞬くと、陽太さんが私と距離を縮めてきた。


「最近そこで生徒が一晩いなくなる事件があるらしい。お前、これがどういうことかわかるか?」

「ん~と……またモノノケの仕業……とか?」

「そういうこと。じゃあお前の役割はわかってるな?」

「お……囮……役です。不本意ながら」

「ご名答」


 陽太さんが私の脇に腕を差し入れたと理解すると同時に足が宙に浮いた。


「え? え? ちょっと……」

「生物実験室は一階だからな。近道するぞ」


 私の体を軽々と持ち上げた瞬間、私は彼の肩に担がれる。教室の床を見下ろす形となり、私は血の気が引いた。


「嘘……まさか……また……」


 陽太さんはゆっくり教室の窓へと歩み寄る。ガラリと窓を開けると、彼は外と窓の境界線となる数十センチの幅に足をかけた。


「口閉じねえと舌噛むぞ」

 

 それだけ言うと陽太さんは私を担いだまま二階の窓を飛び降りた。


(いやああああああああああああああああああ‼)

 

迫りくる地面に恐怖が込み上げる。これでもかというほど体を硬直させる私。人間本気で恐怖を抱く時は声が出ないのだと最近になって知った。地面に着地したと同時に振動が全身に駆け巡り、体がグッと跳ねた。


「ぐはっ!」

「っし! ナイス着地」

 

 私のお尻をポンポンと叩く陽太さん。どさくさに紛れて臀部を触られるも、今の私は言い争う元気がない。これで二回目。彼は人を担いで二階から平気で飛び降りることができる。

 信じられないだろう。普通なら骨を折ってもおかしくないだろう。でも彼だからこそできること。風間陽太さんは人間離れした人だった。



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