創造と破壊(仮)

 



 ーー「争い」が生まれる前、そこには果てしない虚無が広がっていた。

 まっさらと、どこまでも広がる無の中に、最初に「争い」を生んだのは一体何であろうか。

 言わずもがな、それは「人」である。人が置いたたった一つの「それ」は始めこそ「争い」よりもっと美しい感情を生み、多くのものを救ったのかもしれない。


 しかし、どんどん人の手によってうず高く積まれてゆく「それ」は、創造から破壊へと姿を変えていく。少しづつ、確実に、破壊へと近づいていると分かっているのにもかかわらず、上に上にと「それ」を積んでいく様は、はたから見れば異様なものだろう。

 だが、人は皆、知らず知らずのうちにその行為に溺れ、虜となってしまう。そう、ジェンガの虜に。





 午後3時26分。京都市内。盆地というだけあって、熱も湿気もよくこもっている。家に両親の姿はなく、きっと買い物にでも出かけているのだろう。

 

 二人いるはずの妹は、今現在一人しかおらず、ゲームに夢中でお姉様の方を見てもくれない。もう一人の方は、多分この暑さの中、クーラーのない中学校でハーメルンよろしく楽器を吹いているのだろう。まったくご苦労なことである。

 

 そして、私はというと、ヒマなのである。今日は暑い。本当、誰に許可をとってこんなに暑いんだろうか。この暑さの中外に出るなんて、正気の沙汰ではない。

 というわけで、クーラーのきいた部屋の中、ヒマをもて余し、うだうだとゲーム中の妹にちょっかいをかけるが、それもすぐにあきてしまう。

 

 仕方がないので、本棚の本をすべて逆さまにしよう。そう思ったとき、見つけたのだ。本棚の横にあるおもちゃ箱の中から「それ」を。自ら高く積み、不安定な状態へ誘い、壊す。不毛で、得るものなどないのに、私達を魅了してならないジェンガを。


 私はジェンガの入った箱を持ち、軽くスキップしながら妹の前で腰を降ろした。「ザァガー」逆さまにしたジェンガの箱からジェンガが落ちる。その音に驚いた妹が、私を見つめる。その目を見返しながら満面の笑みで私は言った。


 「It is show time! 」


 さて、ここで確認すべきはジェンガのルールである。地方によって様々であろうが、基本は、何人かのプレイヤーで積み上げられたジェンガを囲み、一人づつ木片を一つ抜き、上に積む。何ターンも繰り返していき、倒したものが敗者となる。よってプレイヤーの人数にかかわらず、敗者は常に一人で、勝者の中では優劣がつかない。

 しかし、今回のゲームで適用するのは、私ver.のルールである。したがって以降のルールが加わる。

 

 ①抜いた木片は、その木片が位置していた階数の点数となる。(例えば、下から五段目であれば五点得ることができる。)

 ②倒した方にプラス25点が入る。

 ③誰かが倒したとき、一番得点の低い人が勝つ。


 よって勝つためには、いかにして下段の木片を抜きとることができるか、何点差つけばジェンガを倒しても勝つことができるか、が重要なポイントとなる。また、我が家にはジェンガが二組あるので、階数はスタート時点で40段。すでにグラグラであった。


 ……いったいどれくらいの時間がたったのだろう。戦局は五分五分。27勝27敗である。いつのまに帰ってきたのか、台所から母の声がする。

 いわく、ごはんできたから降りてきなさい。つまり、次の一戦が最後。すべての決着がつくということだ。


 正直、ここまで接戦になるとは思っていなかった。どう考えても有利な条件のはずだった。相手は経験もテクニックも足りていなかった。

 それなのにどうだ、この状況は。負けず劣らず食らいついてきて、互角に渡りあっている。ラストゲーム。勝つか負けるかその手に、指に、命運がかかっているというのに、全く焦っていない。どうやら見くびっていたようだった。


 現在、43対21でこちらの点数のほうが低い。だが、一度倒してしまえばひっくり返ってしまう点数だ。慎重に慎重に。そう思うのに、右の人差し指がふるえる。そっとさぐっていき、下から13段目の左側の木片にねらいを定める。ふるえたままの指でゆっくり押し出していき、最後。親指と人差し指ではさんだ。息を吐いて、一気に抜いた。


 -ガシャーン


 ジェンガが左に傾き、たおれた。その姿がやけにスローモーションに見えた。


 「ぃやぁぁ、やりましたぁぁ!圧倒的に不利だと思われていた左手の勝利です‼いったい誰が予想できたでしょうか?今、利き手である右手を破り、左手が新たな歴史をきざんだぁぁ!」


 一人きりの部屋に勝利宣言を響かせたその時。


 「なにしてんの!?御飯だって言ってるでしょ。早くきなさい。」



母の声。急いで階段を降りて、テーブルについた。部活から帰ってきたばかりだったのだろう。妹は制服のままで言った。


 「うるさかったけど何してたの?」


 「一人ジェンガだよ。右手VS 左手。右利きだから右手の圧勝と思うじゃん?なんとびっくり左手が勝ったのよ!すごくない?」


 「うん。すごいバカだね。」


 「あ。結局一人でジェンガしたんだ。」


 私はその時の妹たちの冷たい目をきっと忘れないだろう。



          おわり。



 

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創造と破壊(仮) @Aonohana

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