かとうさん
藤村 綾
かとうさん
「ふーちゃんさ、あの定員の名札見た?」
なおちゃんがコンビニでビール(発泡酒)と枝豆、アイス、ポテトチップコンソメ味、危険かと思ったけれど、瓶のお酒(濁り酒)を買い車に乗り込んだせつな、すぐさま嘲笑さながら口にした。
「え?」
あたしは惚けた口調になりつつなおちゃんの方を向いた。
確かになおちゃんのそばにいて、ポンタカードを出したけれど(カードは出すけれどお金は出さない)いちいち定員の名札などみやしない。なぜなおちゃんはいちいち定員の名札など見たのだろう。どうでもいいけれど、そっちの方が気になった。
「名札がさ、なあに?」
それがさ、なおちゃんの声がワンオクターブ大きくなり、その説について饒舌に話し始めた。
なおちゃんの家から車で3分のところにあるコンビニ。あたしたちはたまに歩いていくけれど、肌寒くなってきたこの頃はお酒を飲んでいなければ、なおちゃんの運転でコンビニまで行く。あたしは免許を持っていないので車の運転が出来ない。免許があればな。居酒屋とかに行ったら運転してもらうのにな。が、なおちゃんの口癖。けれど、あたしたちは家でお酒を飲み、一緒に寝て、一緒にご飯を食べ、一緒にまどろむ時間が大好きなのだ。
半同棲中のあたしたちは週末だけは一緒にいる。その中でなおちゃんの家の近くのコンビニはなくてはならない存在になっている。
ニタニタしながらその件について話し始めた。すでに家に到着している。車から降りなおちゃんの後を追い、3段ばかりある階段を登る。ふと、冷たい風があたしの頬を撫ぜ頭をもたげた。まだ、7時前。なのに、空はすっかり暗い。月は明日あたり満月になりそうな感じの欠け具合。天空に風があるのか、月を覆う雲の流れが異様に早い。雲が途切れると顔を出す冬の月。
あたしは両腕で自分の身体を抱き腕をさする。寒いね。などとつぶやき、あたしはなおちゃんの後にならい、ただいま。と小さく小声でささやき、部屋に入った。
「で、なあに?」
なおちゃんがコンビニの袋から早速ビールを取りだし、プルタブに手をかけるタイミングで話の続きを促した。
「ん?ああ、そう、それがさ、」
「ん?」
『プシュ』
プルタブを開ける。言うが先ビールを喉を鳴らしごくごくと飲み始めた。
「あー、うまい!」
生き返るよ。などと誇張さながらの台詞を吐きつつ、そう、そう、でね、と、話を続ける。あたしは頷き話の続きを待った。
「定員とさ、名札の写真が全く違ったわけ」
「ん?どういうこと?」
首をかしげながら、なおちゃん脚に自分の脚を絡ませる。あたし達はソファーがあるのに、わざわざ痛い床に座る。痛いよね。などと口にしながら。
「だから、定員は、わりとすらっとして、で色白でさ、目が細くてひょろっとしてたの」
「うん」
それ、さ、全くなおちゃんみたいじゃん。言おうかと思ったけれど話が長引きそうだったのでやめておいた。
「で、名札の写真がさ、」
ぶっ、と口を尖らせ笑いをかなり含ませつつ手を口元に持っていきながら、声を震わせ話し始めた。
「実物と全く違う人が写ってたの。その写真がこれまた酷くて、メガネをかけていて浅黒くってアンパンマンみたく顔が太ってるの。全くの別人だよ。ん?もしかして以前は太っていたとか、んー、まさかね。でもしかしあれは酷わなぁ」
500㎖のビールはもう終わりそうになっていた。
「えー、そうなんだ。その人入った分なのかな。もしかして。写真間に合わなかったのかもね」
「あ、そういえばトレーニング中とか書いてあった気する」
「そっか」
コンビニはやけにバイトがコロコロと変わる。24時間体制なのでいたしかたないのかもしれないけれど。
「加藤って書いてあった。本物の加藤さんって実在するのかなぁ?見たことないよな」
「明日もう同じ時間に行ってみようよ」
あたしは頬を赤らめたなおちゃんの耳元で囁く。他愛のない話だ。けれど、そんなどうでもいいことでも共感し一緒に笑えることに幸せを噛み締める。
あっという間に500㎖のビールを3本と、瓶のお酒を飲み干した。なおちゃんは散々饒舌に喋っといて、部屋の隅にある布団に移動し、なだれこむよう寝てしまった。
「飲み過ぎだわ」
あたしはひとりごちながらカーテンを開き窓を開ける。冬の空はなんだか寒々しいけれどとても澄んでいて好きだ。すっかり雲ははれ月が見えている。
スースーと小さな寝息がする。なおちゃんはいつまであたしを好きでいてくれるのだろうか。
あたしの悪い癖。付き合うとすぐに別れのことを考えてしまう。
加藤さんはもしかして太って醜くなったのではないのだろうか。
まさか人の名札で仕事するの。普通。
缶酎ハイを飲みほしなおちゃんの隣に川の字でならんで寝そべる。
横顔がとても整っている。好きな顔。
明日本当の本物の加藤さんにあってみたいかも。いたらいいな。ねえ、なおちゃん。
なおちゃんがなにも言わずあたしをそうっと抱き寄せる。温かい胸に包まれあたしは一時目を綴じる。
なにもいらない。
と、思った。なおちゃんは起きているのだろうか。わからない。わかっているのは好きなだけという事実。
カーテンを閉めないと。
思考は思うけれどあたしはまた目を綴じる。
かとうさん 藤村 綾 @aya1228
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