南の島の洞窟で
彼野あらた
南の島の洞窟で
ガンガラーの谷。
沖縄本島南部にある、数十万年前までは鍾乳洞だった場所が崩れてできた、豊かな自然が残る亜熱帯の森である。
大学2年の秋、
ケイブカフェとは、ガンガラーの谷の入り口で大きく口を開けた鍾乳洞にある、オープンカフェだ。
そこはちょっとしたライブハウスぐらいの大きさの空間だった。
洞窟の外はまだまだ暑かったが、中に入るとぐっと涼しい。
内部にはテーブルや客席が置かれてカフェがしつらえてあり、奥のほうにはステージが設置されていた。
ここではしばしばライブも開催されており、ライブの際にはカフェ用のテーブルや客席が撤去され、ライブ会場に衣替えするようだ。
ちなみに、ステージの脇にはさらに奥の洞窟へ続く小さな入り口があったが、そちらにはガイドツアーに参加しないと入れないらしい。
「ここ、空いてますか?」
光夫がカフェの席に座っていると、若い女性に声をかけられた。
20代半ば頃で、長い黒髪をしており、白いブラウスと柄スカートを身に着けている。
他の席が埋まっているのでここに来たのだろう。
「…………」
しかし光夫は、声をかけられても、目と口を大きく開いてしばらく彼女の顔を見つめるばかりだった。
「あの……?」
「……あっ、すいません。知り合いに似ていたもので、つい……。空いてますよ、どうぞ」
「ありがとうございます」
彼女は光夫と同じテーブルについた。
「洞窟の中にカフェがあるなんて、変わってるわね」
「神秘的な雰囲気がしていいですね」
二人は何となく世間話をする流れになったのだが、光夫が年下ということで、女性の方はフランクな言葉遣いになっている。
「ここって天然の洞窟だけど、大昔の遺跡でもあるのね。人骨とか釣り針とか、いろいろ発掘されているみたい」
「大昔にここで生活していた人たちがいるんですね」
「その人たちが時間を超えて今になって姿を現しているなんて、何だか不思議ね」
「そうですね」
「そういえば、沖縄には観光で来たの?」
「明日、ここで好きなアーティストがアコースティックライブを開催するんですよ。それで今日は、会場の下見とこの辺りの観光を兼ねて、ここに来たんです」
「なるほど」
「お姉さんは?」
「私は……新婚旅行」
「あれ? それじゃあ、相手の人は……?」
「ちょっとケンカしちゃって。今は別れて行動してるの」
「…………」
「…………」
しばし沈黙が続いた後、光夫は決然と相手を見やった。
「仲直りした方がいいですよ。絶対」
「そうは言うけどね……」
「好きなんですよね? その人のこと。好きだから結婚したんですよね?」
「それは……そうだけど」
「だったら、仲直りすべきです。大丈夫。絶対うまくいきますよ」
「どうして君にそんなことが……」
問い詰めようとした彼女だったが、光夫の顔を見て、不意に何かに気づき、思い直したように言った。
「……そうね。君の言う通りだわ。仲直りしてくる」
そして彼女は立ち上がると、
「ありがとう」
そう言って、かき消えるように姿を消してしまった。
しかし光夫は、不思議とそれを当然のように受け止めていた。
「…………」
光夫はカバンから一葉の写真を取り出した。
沖縄に発つ前に母から渡されたものだった。
そこには、たった今消えてしまった女性と同じ顔の人物が、一人の男性と共に写っていた。
それは、若い頃の父と母が新婚旅行の時に撮った写真だった。
写真を見つめながら、光夫はつぶやいた。
「父さんとお幸せに。母さん」
こういう場所では、こういうことが起こっても不思議ではないのかもしれない。そんなことを思いながら。
南の島の洞窟で 彼野あらた @bemader
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます