鬼凛組
司教タラニスと王国臨時派遣軍指揮官のキュウエルに対して開かれた査問委員会はこれで6度目になっていた。
当初は両者に対する懲罰、死罪だという論調であったが、今回はヴァルヌ・ヤースを主導した神殿こそ最大の罪を犯したと追求する声が大きくなった。
「そもそもだ、ヴァルヌ・ヤースとはレインド王子を化け物に食わせれば済む話ではなかったのか?」
イルビィ伯のいらだちを隠さぬ問いかけに、ガラド大神官は反論できぬまで追い詰められていた。
「は、はいその通りです、ですがまさかシエラ遺跡にあんなモノが封じられているとは想定しておらず・・・・」
「言い訳はいい!この不始末をどうしてくれる!神殿はこの期に及んでお前を擁護するつもりか!」
デイン公の怒りは収まることはなく怒りの矛先はガラドに向けられていた。
「今回の件が漏れれば近隣諸国の連中に介入の機会を与えるぞ!しかもだ我らは人類に仇をなした逆賊ぞ!」
デインの投げた杯がガラドの眉間に直撃する。
眉間を割られ出血し、昏倒したガラドは運び出されていく。
「ふん!役立たずめが! あいつらを中に入れろ」
査問委員会に通されたタラニスとキュウエルは中の様子が尋常な空気でないことを察する。
「司教タラニス、お前はガラドの指示通り動いたが神託を得て勅命に逆らった、この主張を変えるつもりはないか?」
「ございません、そもそも神殿は王家とは独立した存在であります。神託は勅命に優先されるのは神殿の解釈として間違っておりません」
「ぬう・・・・口だけは達者だな・・・・」
タラニスは微動だにせず毅然とした表情を崩さない。
「じゃあキュウエル隊長、お前の反逆は明白となったな。何か言うことはあるか?」
「そうですね、一つだけあるとすれば、私は『あの』死界人との戦闘を目撃して生還した数少ない証人である。これだけですな」
キュウエルの言葉が意味するところが分からぬ貴族の豚共ではなかった。
静寂の中、デイン公が思ってもみないことを口にする。
「そうか、ならばその危機を伝えようとした闇風を妨害し殺害した逆賊だけでも拘束せねばなるまいな!」
そうきたか・・・・タラニスとキュウエルは眼を合わせるとタラニスが反論した。
「闇風の隊長キールは錯乱し封印を解いてしまった逆賊です」
「ならば錯乱し封印を解くようにそそのかした輩がおるだろう」
「言ってる意味が分かりませんが・・・・・・」
「分からぬか?? 闇風を操り人類の仇をなした奴が近くにいただろう」
「近く・・・・ですと?」
「レインド殿下を誘拐し、闇風を操り封印を解かせるように仕向けた者がいるだろう」
「ま、まさか・・・・」
「なんと言ったかな・・・近衛でたいそう腕の立つあの穢れた血の女」
イルビィ伯が台本通りの台詞を吐いた。
「近衛衛士隊のシルメリア・ウルナス ですな。まったくとんでもない女だな。我らもとんだ濡れ衣を着せられるところでしたよ」
「まったくだ、その穢れた女を即刻拘束して処刑せよ、そうだな・・・王国を人類を裏切ったのだ・・・・ぐひひひひ」
貴族共の下卑た陰湿で残虐な嗜好が漏れ出る笑い声が会議室を埋め尽くした。
「タ、タラニス・・・・・俺はあまりの気分の悪さに吐きそうだ」
「抑えてください、考えがあります」
エルナバーグでは気絶した真九郎がやっと目覚めていた。
シルメリアが真九郎に膝枕をしてくれていたが、目覚めてすぐの彼女はひどく不機嫌でまるでゴミを見るかのような視線を真九郎へ送っていた。
「お早いお目覚めですね、真九郎さま」
「あ、はい、おはようございます」
起きて身なりを整えると、そこにはばつの悪そうなヨシツネがちょこんと座っている。
「レシュティア姫に負けちゃいましたね」
「うむ、な、なかなかの手練であったなぁ あはははは」
「へぇ~ 太ももに魅入って負けちゃうぐらいですもんね~」
「うっ・・・・・・・はい。ごめんなさい」
「真九郎様は、レシュティア姫みたいなすっごく!スタイル!の良い女性が大好きなんですね!!!」
「い、いやそのあんな格好では、その視線がなぁ・・・・?」
「師匠、俺に助けを求めるのはやめてくれ、今回は師匠が悪いと思う。姉さんが正しい」
「ずーーーーっとあの大きな胸に視線は釘付けでしたもんね!」
「なぜにばれておる!!!」
「鼻の下があんなに伸びていれば分かりますよ、まったくもう・・・・」
「いやはや、油断してしまった。色香に負けるとはまだまだ修行が足りぬ」
「油断ですか、そうですか。ですよね、普段一緒にいる私は色気なんてないから修行になりませんもんね!」
シルメリアのオルナが赤く発光し始める。
やばいこうなるとやばい!
「し、師匠あやまって!!もっと土下座だ!土下座しないと死ぬ!!!」
「あ、シルメリア殿、申し訳ございません、平に平にご容赦を!」
土下座する真九郎の前に現れたのはマユだった。
マユは真九郎の前でぷいっとそっぽを向き、尻尾で頭をぺしんと叩くとシルメリアの胸元にぴょんっと飛び込んだ。
「マユちゃん!!!あああ ふかふかだーかわいい抱っこうれしい~」
「ま、マユお前まで~」
「いいですか真九郎様!今回はマユちゃんに免じて許してあげますけど、次は絶対負けちゃだめですよ!!!」
「は、はい。がんばります」
「マユちゃんこれからお買い物いきましょうね~♪」
マユを抱っこできてご機嫌になり立ち去っていく。
「・・・・・マユは命の恩人ですね・・・・・」
「ああ、ヨシツネよ、女の色香は相当な強敵であると心得よ」
「・・・・・・・俺、師匠って呼ぶのやめようかな・・・・」
レシュティア姫との再戦は思ったよりも早くやってきた。
レインドが元気に稽古する姿を改めて見た姫が、前回の戦いで意図的に手を抜かれたと憤慨したため姫から再戦の申し出があった。
「ほうら、今度こそ倒しちゃってくださいよ・・・・・怪我しない程度に」
「うむ・・・・女子と戦うのはなぁ・・・・あまり気が乗らないのだ」
「へぇ~」
シルメリアの余所余所しいじっとりとした視線が痛い。
錬兵場で限られた非公開の模擬戦となった。
「今度手抜いたら、ただじゃおかないわよ!いいわね!!!」
「あ、あの前回は手抜いてませんよ・・・・」
「姫さま本当ですよ、色香に負けただけですよね?」
「情けない男だ、もうよいすぐに倒してみせよう」
「うーむ、やりにくいが・・・・・弟子たちに情けない姿を見せるわけにもいかぬか・・・・」
一礼し、ゆっくりと竹刀を構える。
その刹那、姫は圧倒的な気迫の奔流に飲み込まれそうになった。
「これ・・・が本気か・・・・おもしろい!!!」
無鉄砲、猪突猛進、がそのまま擬人化したような姫様だ、というのが真九郎の印象だった。
豪快で鋭い突きが繰り出されたが、紙一重で見切るとそのまま首に竹刀を突きつける。
「なっ!!! わらわがこうもあっさりと・・・・」
「さすがです真九郎様ぁ!!!」
シルメリアは童女のように喜び飛び跳ねている。
「ありがとうございました」
再び一礼し、模擬線を終わろうとしたその時、レシュティア姫は火球を真九郎に放った。
「!!!」
咄嗟に回避できたが冗談では済まされない事態だ。
「姫様!!!!何をなさるのですか!!?」
すぐに姫と真九郎の間に割り込むシルメリア。
「それほどの実力がありながら、前回はやはり馬鹿にしていたのだな!!許せん!!」
姫の周囲にはいくつもの火球が浮かびあがりはじめる。
「真九郎様、逃げてください!ここは私が・・ってえ!!?」
仲裁しようとしたシルメリアの横を通り過ぎ、レシュティアの前で一礼する真九郎。
「先日は大変失礼した。決して手を抜いたのではないことだけは分かってほしい」
「な、ならばなんであんなあっさり負けたのだ!!!」
「それは・・・・その、姫様があまりにも美しく綺麗でさらに太ももなどが・・・・見えてしまい・・・その女性には慣れておらず」
「色香で呆然としていたのは本当であったのか!?」
「はい、姫様の色香に骨抜きにされておりました」
情けない話ながらも涼やかに笑うこの男が分からない。
貴族や近隣の王族たちは舌の浮いたような美辞麗句をこれでもかとぶつけてくるが・・・
このように正面から正直にぶつけられたのは初めてに近かった。
「その、わたしはそんなに・・・・綺麗なの?」
「今の姫様は、かわいいでござるな」
「か、かわいい!!!っとは・・・・か・・わいいか・・・悪くない・・・うふふふ、真九郎もう一回手合わせ頼むぞ!」
「かしこまりました、それではもう一手」
次もあっさり真九郎が杖を叩き落して勝利し、さらに模擬戦は続けられたが姫は掠ることさえできず負け続けた。
「完敗だ・・・・こうまで手がでないとは」
「姫様が魔法を使えば拙者は叶わぬでしょう、こたびは私の側で戦ってくださり感謝しております」
「そ、そうであったな、良い鍛錬になった」
面目が保たれた姫は次女がさしだしたタオルで汗を拭うと、ちらちらと真九郎を身ながら去っていった。
次の予定が詰まっていた真九郎もジングの元へ急いだ。
練兵場でシルメリアだけが1人佇んでいた。
「まさか、姫様までってことはないよね・・・・」
ジングから呼び出しを受けた真九郎は彼の工房を訪れていた。
既にニーサが工房内でジングと相談を続けていた。
「よう、さっそくだがこいつを見てくれ」
有無を言わさず、予め片付けられていたテーブルの上に3本の剣らしきものが置かれた。
「完全に魔法力の排除はできなかったが、お前さんの武器を見よう見真似で作ってみた」
3本はどれも同じサイズであった。
刀のようで刀でない、片刃の剣といったところか。
サイズは二尺ほどで、ヨシツネたちが使うには長さも重さも手ごろかもしれない。
「ジングさん、藁の束ないですか?」
「ちょっと待ってろ裏に麦藁ならあるぞ」
ジングにもらった麦藁を試し切りに頃合な束に結び直し、工房裏のスペースで試し切り用の準備をする。
「今から抜くので倒れないように座っていてください」
「はい」
真九郎は片刃の剣を抜くと構える。
重心や手ごたえなど、やはり問題点はたくさんあった。
2人が虚脱から回復したのを見計らって、藁束に切りかかった。
ザクッ
刃が途中までめり込む程度では使い物にならない。
「・・・・・ジング殿、申し訳ないがこれは実戦では使えぬ」
「いや、正直な感想ありがとよ・・・・・もしあれだったらお前さんが使ってるそれの切れ味を見せてもらうことはできるか?」
「そういえば私も見たことがないのです、お願いできないでしょうか?」
「分かりました」
片刃の剣をしまうと、今度は愛刀をスラリと抜き放った。
2人の回復を待って構える。
呼吸を整え気合を練りこみ放たれる一刀
ズサッ・・・・・・・恐るべき速さの右袈裟斬りが放たれた。
チンッ
真九郎が刀を納める。
藁束はそのまま形を変えずそのままの状態であった。
「おい、切れてないじゃないか、なんだなんだ」
と藁束にジングが近寄ろうとしたとき、ポトンと斜めに切り裂かれた藁束が床に散らばった。
「・・・・・た、たまげたわい・・・・・切れ味がいいなんてもんじゃねえ・・・・こいつは・・・・・」
ジングは全身に鳥肌が立っているのを感じている。ニーサも眼を丸るくして立ち尽くしていた。
まごうことなき人の手による、神技とも呼べる一つの到達点に達しなければあり得ない存在。
「俺ぁ色んなモノを作ってきたよ・・・・だがな、その武器の前では俺の培ってきた技術などはただの子供だましにもなってない・・・」
「そ、そこまでのモノなのですか・・・・」
「ヒノモトの鍛冶師が代を経て、研鑽を積み重ねてきた技術の結晶でござる。早々作れてしまっては逆に困ってしまいますよ」
「そうか、そういう代物なのか・・・・・もう一度お前が知ってる作り方をどんな情報でもいいから教えてくれ!!!」
「わかりました」
「俺は残りの全ての人生かけてでもこれを、この技術の何分の一でもいいから習得したい!」
ジングの心の種火がさらに燃え上がったようだ。
真九郎は時には絵や図を描き知る限りの情報を伝えるため、何度か通うことになった。
3人組に武器を渡せるかもしれないと、期待していたがあの片刃の剣は持ち帰らないことにした。
あの武器では今まで学んだ剣技を生かせない、逆に鈍らせてしまうと考えた。
以前の自分の差料は刀の感覚を掴んでもらうため、3人に振らせていた。
やはり虚脱は一切おこらず、当初は刀に怯えていた3人だったが徐々に憧れに変わってきている段階だった。
それとレグソール伯からいつまでも3人組じゃかわいそうだから、組の名前でもつけてあげたらどうかと助言を受けていた。
あれこれと候補を考えていたが、あの3人の顔見たとたん思いついた語感があったため漢字をもじってある名称を考え付く。
「ヨシツネ、サクラ、ナデシコ、集まってくれ」
自宅でメイドと一緒に夕食の準備をしていた3人は帰宅した真九郎の下へ駆け寄った。
「真九郎様 お帰りなさいませ」
メイドのサリサさんである。年は20代後半で非常に落ち着いた女性であり、真九郎が肉が苦手なことを早い段階で察し野菜や魚料理を多めにしてくれる出来る女性である。
シルメリアやレシュティア姫のような飛び上がるほどの美人ではないが、笑顔の素敵な優しい雰囲気に3人もなついている。
「サリサさん、いつもありがとうございます」
「いえ、みんなが手伝ってくれるのでいつも助かります」
サリサさんに一礼すると、話を続ける。
「実はレグソール伯が3人の名称が、3人組ではかわいそうだから、組の名前をつけてあげろというお話があった」
「お、俺たちの組に名前???」
「え、なんかすごいね」
「領主様からってすごいね!」
「それでな、しばらく考えていたんだが、先ほどようやく決まった」
まるで餌を前に待てをされている子犬たちのような目に思わず笑みがこぼれる。
「
「「「キリングミ!!!」」」
「これからは 鬼凛組のサクラ とか 鬼凛組のナデシコ とか名乗るんだぞ」
「うおおおおおおおおお!! 俺は鬼凛組のヨシツネだ!!!うはあああ!!」
「鬼凛組の皆さん、おめでとうございます!」
サリサさんも拍手しつつ自分のことのように喜んでいる。
こうして鬼凛組は正式名称となった。
2018/7/22 誤字・誤植 一部表現修正
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