【08】 すべてが終わる時 ― Closer of the Each Vengeance ―
この世ならざる声
ボクとココナが、激しい動揺を抱えながら休憩室に戻ると、そこには、出た時と同じように、シュンが窓辺で監視役を務めていた。マキトは、相変わらず寝ている。
その、窓際でこちらに背を向けて、窓外の景色にぼんやりと目を向けているシュンの元に駆け寄り、
「シュン、神薙さんは?」
「神代さん? 彼なら、まだ戻って来てないけど」
何も知らないでいるシュンが、僕たちの慌てように、きょとんとしながら答えた時――。
カツ……カツ……カツ……。
ゆっくりと革靴が踏み鳴らされる音が、通路の先から届いてきた。
ココナが、「ひっ」と息を飲む。
ボクも思わず、緊張にゴクリと生唾を飲み込んだ。
程なく、ボクたちがじっと目を向ける開かれた扉の前に、『蜻蛉丸』を手にしたサキが現れた。いつも憂うような伏し目がちでいたのが、今はかっと見開かれ、その瞳の奥に、怪しげな輝きが宿っているようにも感じられる。
「ど、どういうこと……?」
事態を把握できないらしく、シュンが狼狽えながら。
「……サキちゃん……何で……何で、大河内君を、殺したの……?」
ボクの後ろで怯えながら、ココナが涙声で。。
「違う、殺人鬼は、そいつ」
しかし、サキはそれを否定し、睨めつけるような視線とともに、『蜻蛉丸』の切っ先をある方へと向けた。
その先にいたのは――。
「……ボクが、殺人鬼……?」
シュンが、呆気にとられたように目を丸くする。
「とぼけても、無駄」
サキは、鋭い視線とともに、厳しく言葉をつきつける。つい先程までたどたどしかった口調を、意志の強さを感じさせるはっきりとしたものに変えて。
「広まった噂では、姉さんは携帯だけを残していなくなっていて、その携帯には、 『いつまでもつきまとってくる、うざいゴミ虫みたいなやつらを、切り刻んでやった』みたいに書かれていたって言われてる。それは、それまでにも色々と悪い噂が立っていた姉さんのイメージが生んだものだった。なぜなら、その携帯に書かれていた内容は、報道されてないし、事件の捜査に当たった警察関係者や、私を含めた家族しか知らないでいたことだったから。だから、内容が似てはいたけれど、噂では『ゴミ虫』なのが、本当は、携帯には、『ウジ虫』って書かれてた」
「…………」
「でも、あなたはさっき、その噂で広まった方の姉さんの謗言に関して、彼女が、ボクたちファンのことを『ウジ虫』なんて呼ぶはずがない、みたいに言っていた。あなたはどうやって、限られた関係者しか知らない、姉さんが残した本当の悪口を知っていたの?」
「それは、君が勘違いしてるだけだよ」
困ったように眉根を寄せながら、シュンが反駁する。
「レイナさんは、ブログで一度、変なからみ方をしてくるファンに、その汚く罵倒する言葉を使ってしまっていたんだ。だから、ただ単に、噂で広まった言葉と混同して、言い誤ってしまったってだけだよ」
「嘘」
しかし、サキは納得しない。
「嘘じゃないんだけどな……」
「それに、私には、姉さんが、他のバラバラにされたファンの二人と同じように、ここで殺されていたことと、あなたが犯人だってことが分かってるの」
「へえ、君、もしかして、超能力でも使えるの?」
普段温厚なシュンも、いい加減苛ついてきたのか、鼻で笑うようにしながら皮肉まじりの言葉を向けた。
しかし、サキは動じることなく、視線を持ち上げ、虚空に語りかけるように、
「姉さんの声を、聞いたから……」
とショートパンツのポケットから、携帯をとりだし、『OKIMOTO』と刻まれたそのストラップのトップを見つめながら、
「私たちは、親の離婚で離れ離れになってからも、心のどこかでいつも繋がっていた……そして、姉さんが死んでからも……その姉さんは、あなたのことを犯人だって教えてくれた……」
「……ねえ、ヨウ君からも、何か言ってあげてよ」
シュンは戸惑うようにしながら、ボクに救いを求めてきた。
ボクは難しい顔をしながら、顔を俯かせるしかできない。
「だからあなたに罪を償わせるために、ここに来たの。そして、ぼろを出したことで、その確証を得ることができた。もう逃げられないわよ」
サキに突きつけられながら、シュンは、
「ヨウ君……ココナさんからもさ、彼女、恐怖で気がおかしくなっちゃってるんだよ」
とシュンは今度は、ボクの後ろに隠れていたココナの元へと、すがるようにすり寄る。
「……でも…………」
ココナは、困惑げに呟いたかと思うと、
「つっ!」
突然、小さく悲鳴を上げた。
慌てて振り返ると、ボクのTシャツの裾を掴んでいたココナは、顔を苦悶に歪めながら、ずるずると頽れるようにして、床にばたりと倒れ伏した。
「ココナ!」
床に倒れ伏したココナの前で、膝を折って、その名を叫んだ。気を失ってしまったらしく、ぐったりとして、瞼を閉じている。そのココナのノースリーブの白のブラウスの下腹部が、滲み出た血で、じんわりと赤く染まってゆく。致命傷ではなさそうだ。けれど、早めに処置をしないと、どうなるか分からない。
「……シュン、お前……」
とその場からすぐさま離れたシュンを睨む。そのシュンの手には、刀身の先端部を赤く血で染めた折り畳み式のサバイバルナイフが握られていた。
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