42. 狭間に落ちた小竜は

山彦庵での話し合いの後ダリウス邸へと戻ったレンたちを、ダリウスの義息子であるエーベルと騎士長が待ち構えていた。


先ほどの属性持ち怪異との件に関して簡単に事情聴取され、それが終わると、解散となった。

レンは汚れていた体を洗い、その後は体を休ませるため部屋で小休止を取っていた。


ディルクはレイに話があるらしく、今部屋にはいない。


【仮に、この街に怪異がいるにしても妙ですね】


「だよね。ゲムゼワルドの時は怪異の感覚がした後すぐさま怪異が暴れてたけど、今回、レイさんはその感覚を何度か感じ取ってるにも拘らず、怪異による被害は報告されていない」


【その感覚というものが間違っているのか、それとも怪異側に違いがあるのか】


「うーん。自分たちの怪異に対する能力に関してヴぃーは何か知らない?条件とか制限とか」


【―――お答えすることができません】


(久々に聞いたな)


レイの言っていた「怪異の感覚をアルテカンフで何度か感じていた」ということに関してベッドの上で横になりながらヴぃーと話していたが、特に実りのある仮設は見いだせない。


ほぼほぼ雑談レベルの会話を繰り広げているときだった。

ダリウス家の使用人であるアヒムがレン達の部屋を訪れてきた。


「おぃ、レン。今いいかい?ちょっと頼みたいことがあるんだが」


ドアの向こうでそう声をかけてきたアヒム対して、どうぞ、と返答しに入室を促した。



「時間があるならちょい料理を手伝ってくれねいかぃ?打ち上げを家でやることになってなぁ」


アヒムのお願い事は今回の遠征の打ち上げに関することだった。


普段の怪異討伐等の遠征であれば、傭兵達に報酬を渡して終わりである。

だが今回は属性持ち怪異が出現したため、それを口止めするという特殊な事情により、’狼の牙’と騎士団、ダリウス達での簡単な宴会が開かれることになった。


そして、その会場はダリウス邸となったらしい。そのためダリウス邸の使用人は準備に追われており、アヒムがレンへと助力を頼みにきた。



「でも自分料理って、家庭料理ぐらいしかできないですよ」

「食材の準備だけだから大丈夫さぁ。料理自体は俺がやるからなぁ」


アヒムが笑いながらそう言ったので、レンは了承すると、アヒムと一緒に厨房へと向かた。




――――――――――――




トンッ――トンッ――トンッ


木材を叩く柔らかい規則的な音が厨房に鳴り響く。


一日が後半戦へと向かい始める裏虎刻(15時)、レンはダリウス邸の厨房で本日の宴会の準備を手伝っていた。


日本にある一般的な包丁よりも、柄も刃も若干大きいそれを右手に持ちながら、レンは人参を棒状に切る。


「レン。それが終わったら、机の上の胡瓜も切ってくれぃ。洗ってなぁ」

下働きの蛇属アヒムが野菜の皮をU字型の機具で剥きながら、レンに指示を出す。


「了解です」



レンは切った人参を容器に並べながら、これまでの怪異の発生に関して思考する。


(ゲムゼワルドの時は通行門に怪異が10匹程突如出現した。さっきは、属性持ち怪異が1匹。前者はヒトを襲ったけど、後者は明らかに自分たちを標的にしていた。前者は街の守護源技が破壊されていて、後者は森や荒野という炎属性怪異の自然発生がほぼありえない場所だった)


最後の人参を移し終わる。


レンは次に胡瓜を洗うために水道へと移動して、空色の水源鉱石に振れた。


(前者も後者も明らかに不自然だ。人為的な可能性が高い)


冷たい流水を手に浴びながら、ごつごつした細長い胡瓜を扱く。


(でも、今回の怪異は明らかに自分たちを狙っていた。仮に怪異を“人為的”に発生させているヒトがいるなら、一体誰が、何の目的で?レイさんが街の中で感知した怪異の感覚も何か関係がある?)


胡瓜は10本程あり、すべて洗い終わると、レンは人参と同じように胡瓜を棒状に切り始めた。


(いずれにせよ次にレイさんが感知した時が勝負だ。他のニンゲン探しの旅に出る前に、この問題をハッキリさせておかないといけない。アルテカンフの街が、デリアさん達が危険に晒されるかもしれない)


レンは、ゲムゼワルド通行門での怪異の凶牙に倒れたイヴァンの姿を思い出す。

デリア達が地に伏した姿を想像すると、胸の中に言い様もない不快感が生じた。



トンッ――トンッ――トンッ



レンは包丁でキュウリを切りながら思考に耽る。


(―――自分は記憶も感情も弄られている可能性が高い。このデリアさん達を守りたいっていう気持ちや、この世界を救いたいという想いも、誰かによって作られたマガイモノだとしたら?)


レンの手が止まり、完全に意識が内へと向かう。


自分自身の記憶や想いを信じきれない。


その事実はレンに言いようもない恐怖を与える。


記憶のことに関して気付いた当初レンは取り乱した。

だが、すぐに冷静さを取り戻し建設的な話題へと移行した。


しかしながらやはり、怖いものは怖い。


今もそのことを認識するだけで、足元がグラグラと揺れる感覚がする。


自分自身への猜疑心は、心に多大な精神的圧力を押し付ける。



(それでも、前に進むしかない)



世界を歩き、ヒトを知り、源技を学び、怪異に向かい、勲者と話し、同じニンゲンと協力し、情報を集める。



「――――見極めてみせる」



怪異も。勲者達も。エルデ・クエーレも。そして―――自分自身も。



決意を表すかのように、レンは銀色に煌めく包丁を振り下ろした。




―――――――――――――




一度カルメン邸へと戻ったレイは、怪異の感覚のことをカルメンに伝えるようにハインに言付けを託した後、再度ダリウス邸へと戻ってきた。


デリアからお茶のお誘いを受けたためだ。

邸に到着するや否や、玄関に待ち構えていたデリアに部屋へと招かれた。


レイがデリアと初めて話したのは、先ほどの遠征の帰路中である。属性持ち怪異と戦ったレイに、興奮した様子でデリアが質問を投げかけてきたのだ。


帰り道だけでは時間が足りなかったのか、もっと喋りたいというデリアの招きにレイは応じた。


(私が思うのもなんだけど―――女の子らしくない部屋)

デリアの部屋に入った瞬間レイは率直にそう感じた。


十畳程の広々とした部屋には、シックなレンガ色の机と本棚、クローゼットそしてベッドが配置されている。

全体的に暖色で統一されてはいるものの、おとなしめの配色で、大人っぽさを感じさせる部屋だ。


だが、本棚に鎮座している本の題名が、「源獣流-剣術基礎-」「風源技のすすめ」「身の丈に合った装備の選び方」「王領騎士が伝える-騎士の心構え編-」と、猛々しいのに加え、部屋の隅には様々な種類の木剣が立てかけられていた。


(流石、騎士を目指している子の部屋ね)


部屋の真ん中には白い小さな円卓と椅子が2脚あり、その上にはティーセットと焼き菓子が置かれていた。


「さぁ!お座りになって!」

デリアが、レイを椅子に勧める。


遠征中は、デリアは赤色の軽鎧という格好だったが、今はふわふわしたワンピースを身に着けている。


金色の髪からぴょっこり生えている虎耳が、レイを惹きつけた。


(っかわいい)


「―――それで!レイはどこで戦う力を身につけたのです?!」


デリアは自身が座るやいなや、レイへと質問を投げかけてきた。


「わたしも父が戦う仕事に就いているの。だから昔からその姿を見てきて育ったし、父からよく話も聞いたわ。父が言うには物心つく前から、父やその同僚のヒトに護身術や源技能を教えてってせがんでいたみたい。だから、小さい頃からずっと父の職場で鍛練を重ねてきたわ」


レイがそう言うと、デリアは感心したように目を大きく開けた。

そして唐突にレイの手を取り両手で握りしめてくる。


「素晴らしいですわ!だからこそ属性持ち怪異にも恐れず立ち向かえるのですわね!レイ!あなた――――ストールズ中央学院に通いませんこと?!」


デリアの突然の勧誘に、レイは内心驚きつつも表面上はおくびにも出さず返答する。


「ごめんなさい。今後旅をする予定だから」


「そう、ですか、残念ですわ。レイがいたら騎士科の殿方を黙らせることが出来るかもしれませんのに」

デリアの意気消沈した声を聞きながら、レイは共感する。


デリアはレイの戦闘している姿を見てはいないはずだが、彼女の中でレイは相当な腕前の持ち主になっているようだった。


「やっぱり女性だとなめられる?―――私も同じ。学校の体術や源技能の講義で彼らよりも良い成績を取る度に、絡んでくるわ。でも、私は絶対に負けたくない」


「そうですわ!女性でも、いえ!女性だからこそ強いと思わせてみせますわ!レイ!私はもうすぐ王都へと戻りますが、それまでの間に一緒に鍛練をしましょう!」

デリアが意気揚々と声を上げる。それに呼応するかのように虎耳もピンっと立っている。


「えぇ。もちろん」

レイが常日頃から心に宿している想いを、デリアも持っているようだ。


レイはそのことに心を暖めつつ、聞きたかったことをデリアに尋ねた。


「ねぇ。あなたから見て―――レンってどんな人物?」


レイがレンと知り合ってまだ半日弱しか経っていない。


だが、とりあえずのレンへの印象として、


観察力に優れており頭が回る。切り替えが早い。無茶しがち。

他人の気持ちを理解できない時がある。源技能の制御に優れている。


といったことをレイは感じた。


レイとレンは今後一緒に旅をする仲間であり、召喚されたニンゲン同士の運命共同体といっても過言ではない。


そのためレンという人物を少しでも知っておきたいと思い、レイはデリアに尋ねた。


「レンですの?」

デリアが不思議そうにレイを見てくる。


「そうですね―――レンは基本的にはニコニコしていて、幼子のように感情表現が豊かで、優しいヒトですわ。でもゲムゼワルドでも先ほども、どこか無鉄砲というか、無茶をして、周りの皆に心配をかけて、本人には全く自覚が無くて。初心者な筈なのに剣術もメキメキ腕を上げて」


そこまでデリアは言うと、悲しそうに目を伏せた。


「あと、お父様が言っていました。レンはどこかの統治者層の隠し子で、捨てられたのだろう、と。常識も知らず、自身の家族や出身地に関して、喋れないのか喋りたくないのか、全く口を開きませんわ」


(そういえばそんな風に勘違いされていると、彼、言っていた)

最も、レンが自身の事に関して話せないのは事実なのだが。


「まだレンには内緒ですが。お父様はこのままレンをデュフナー家の一員にする予定みたいですわ!いろいろ根回しをされているみたいですの!お父様も、ディ-ゴも、もちろんわたくしも、レンを気に入っていますから!それに、あの老師もレンに一目置いているみたいですし!だから、もう少ししたら、レン・デュフナーが誕生しますわ!」

レイが嬉しそうに両手を合わせながら微笑む。


(レン。あなたの知らない所で話は進んでいるみたいよ)


「ただ、レンは女性への配慮というものが足りませんわ!わたくしのことも、女として見ていない気がします!!」

デリアが表情を再度変え、主張する。


(それなら旅はしやすい)

下手に女性扱いされると面倒臭い。それがレイの率直の感想だった。


デリアの話を聞くに、レンはそこまで変なヒトではないらしい。


レイは心の中で僅かに安堵すると、手元の紅茶を飲む。


暖かく香り高いそれを感じながら、今後の旅への期待を膨らませていった。





―――――――




「―――以上がアルテカンフに来てから今までの経緯になる」


ディルクはダリウス邸の宛がわれた部屋で、壁に向かって話しかけていた。

正確には、壁に広がっている映し出された景色に向かってだが。


景色の中には、道場を彷彿とさせる40畳の広さの木造の室内が映っている。

ピカピカに磨かれたキツネ色の木の床の上には20人ほどのヒトが並んで座っておりディルクの方へと向いている。


ディルクが属している第9派のヒトビトがそこには映っていた。

程度に差はあれど誰もが険しいを浮かべていた。


『属性持ち怪異までも屠る力を有するのか―――そのニンゲン共は』

ディルクの報告に、中央に座っている壮年の竜属の男性が深刻そうに呟いた。


「召喚されたニンゲンだけあってその能力は凄まじい。そして彼らはそれを使いこなすだけの頭脳も力も持ち合わせている」

ディルクがレンたちに対する評価を伝えた。


『確かにそのようだ――――そのニンゲン共は上手く使えそうか?』


(使うだと?!)

明らかにレンたちを見下した発現だった。もしかしたらヒトとしてすら見ていないのかもしれない。

ディルクは頭に熱が発したのを感じたが、抑えた。


「っ幸いに、二人とも怪異と戦うことやこの世界を救うことに関して前向きだ」

ディルクの想像を超えて、レン達はエルデ・クエーレやヒトビトのことを考えてくれている、それがディルクの感想だった。


『前向きなどというものでは不十分だ――――そいつらの闇源技に対する抵抗力は高そうか?いざとなったら操って、特攻させればいいかもしれんな。どうせ五人もいるのだろう』


(っっっ!!!っ耐えろ!!!っ耐えるんだ!!)


少し前まではなんとも感じなかった言葉だった。


だが、ここまでレン達と行動を共にしその想いを共有してきたのだ。

それらの言葉は、今のディルクの胸に、溶岩のように勃然と憤怒を湧き上げさせる。



「――――ところで、ヒルデ様は?」

ディルクが、何とか平然を纏い尋ねる。


『とこに伏せっておられる。やはり、ニンゲンが召喚される場所を“獣源技”で神獣様に尋ねられた負担が大きいようだ。ディルクお前は大丈夫か?お前もヒルデ様の補助としてその場にいたのだろう?』


「あぁ。俺もあれ以降、獣人化や人化が自由に出来なくなっている―――今は、かろうじて獣化できているが、これはレンの能力によるものだ」

そうディルクが言うと、光景の中のヒトビトが一斉に喚き立てる。



『っお前は!!ニンゲンの力を借りて、獣化しているというのか!!竜属として恥の矜持は無いのか?!』

『ニンゲンの能力ってそれ大丈夫なのか?!』

『そいつは闇源技を発現できるんだろう?!ディルク様は操られているんじゃないか?!』

『もっと下の奴に行かせるべきだったんだ!!』


光景の中から罵声に似た叫び声が上がる。

ディルクはそれに怒りを覚えつつも、ぐっと堪えた。


「そのレンが、勲者に――――ヒルデ様にお会いしたいと言っている」


ディルクのその発言で、さらに場は騒然とした。


『お前は何を言っているのか理解しているのか!!』

『ありえない!!ヒルデ様にもしものことが在ったらどうするのだ!!』

『ディルク様!!お戻りになってください!!一度検査を受けるべきです!!』

『ディルクさん、召喚のことを、勲者のことをニンゲンに話したのか?!ニンゲンに操られてるんだ!!目を覚ましてくれ!!!』

『やはり、ニンゲンは危険すぎる。早急に処分すべきなのでは、、、』


(っっっ駄目だ!!耐えきれん!!)


「っっまた、何かあったら連絡する!!!」

ディルクはそう吐き捨てると、手に持っていた源具の発現を止めた。


映し出されていた光景は消失し、純白の壁に戻る。


「っあの感じじゃあ、勲者から話を聞くどころか、レン達が消されかねないじゃねえか!!」


ディルクは、やりきれない思いを吐き出すかのように、灰色の拳をベッドに叩きつけた。


「っっっくそ!!!」






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