38. 暗闇には銀色の光が生じた

(き、きつい)


全身に鉛を身に着けたかのような、倦怠感がレンを襲う。

犬のように空気と音を口から吐き出しつつ、右手の差し棒に力を込める。



レンが発現した闇源技は陣を直径とした闇球を形成し、レン達とそして蚯蚓怪異を中へと閉じ込めた。


それによりレンの視界が黒で塗りつぶされた。

だが、すぐにディルクが空中へと発現させた炎源技により光を得る。




バシュュッッッッ!!!!!!




太陽の光を遮られたことに困惑したのか、蚯蚓怪異が体をうねらせながら尾で大地を叩いている。

そこにすかさずレイの源技能が刺さる。



怪異の表面に滞留している灰色の粒子が抉れ、その衝撃に怪異はのた打ち回った。



パシっ!パシっ!パシっ!パシっ!パシっ!パシっ!



レイは木刀ほどの矢を連発し、怪異の全身に攻撃を仕掛けた。


それが当たるたびに、怪異の灰色の淀みは大気へと拡散し穴が開く。そして灰茶色の体表面が出現し始めた。



(源流は――――そこかっ!)

そしてレンの目に灰色の粒子の流れの起点が視えた。


「効いてる。いける!レイさん―――顔の先だ!!源流はそこにある!!」

レンが大地に刺した差し棒を支えに辛うじて立ちながら、それをレイに伝えた。


レイがしっかりと頷くのがレンには見えた。

もしかしたらレイもそこに違和感を覚えているのかもしれない。


レイの手に再度、白光の粒子が集積していきそれはどんどんと大きさを増した。


(留めの一撃か!)


おそらくレイのあれで蚯蚓怪異の源流を打ち抜けば怪異を倒せるだろう。

そう思いレンが僅かに安堵した時だった。



(!?)



痛みでのた打ち回っていた怪異が、突如レイに向かって灰炎源技を発現した。


自身へと向かってくる火球を見て、レイは源子の集積を止め回避行動に移る。



だが次の瞬間、怪異は猛然とレンの方へと向かい、尾を振り上げてきた。



(やばいっっ!!)



攻撃間のタイムラグの少なさに対処しきれなかったレンは蚯蚓怪異の尾の強烈な一撃を受け、ディルクが発現した土壁に叩きつけられる。



「っっぐぅっ!!」



レンの手に握られた差し棒は、大地から離れる。


「レンっ!?」

火球を連続で発現しているディルクが、焦ったように叫ぶ。


レン達を覆うように展開している暗黒の闇が少しずつ薄れていった。



(今、闇源技の発現を止めるわけにはいかない!後、少し!少しなんだ!!)

レンは再度地面に差し棒を突き刺すと、闇源技能を発現し暗黒の円蓋を再生した。



怪異が苦しそうに暴れ始める。


怪異が纏う灰色の粒子もだいぶ薄れてきていた。



「いけるっ!倒せる!!」



レンがそう確信した時だ。


「レンっ!!!」

レイが焦ったように声をかけてくる。



暴れている怪異の前に、灰炎色の粒子が蓄積し始める。


それは、レンの前方で発現を始めていた。


レンが標的であることは明白だった。




(避けるかっ?いや、駄目だ!今この闇源技を解くわけにはいかない。また日光で再生したら、再度ここまで削るだけの余力は残されていない)


そう判断すると、レンは即座に回避行動を諦め源技陣に意識を集中する。



そして、属性持ち怪異の源技能をその身に受けるということを――覚悟した。



「大丈夫っ―――少し熱いだけだ。銀色の粒子を体全体に、全力で発現すれば、死ぬわけじゃない―――きっと」



「馬鹿野郎!!避けろ!!っおい!!っレン!?」


ディルクの怒鳴り声がレンの耳に入り、心を叩く。



その時を待つ。



これまでの怪異との戦闘では運よく負傷しなかった。

でも今回は、それが確定している。

灰炎源技の痛みという未知の恐怖に体が竦む。


レンは目を閉じ、左手でズボンのポケットをギュッと握り備えた。


(レイさん止めは任せた。ディルク―――ごめん!)


赤灰色の濁った火球の熱が近づいてくるのをレンは感じた。


「駄目!!間に合わない!!」

弓を構えているレイの焦った声が耳に入る。



「っレン!レンっ!!レーーーンっっっ!!!」

ディルクが雄叫びを上げた時、


ポケットの中のスマフォが震えた。そんな気がした。



(っっつ!)



(熱い!―――熱い!?)



(熱い……あつい?)



(――いや………これは―――暖かい?)



(暖かい?―――なぜ?)




想定外の感覚にレンが恐る恐る目を開けると。



レンの目の前には、


銀色に淡く光る、


灰色の竜が一匹、


勇烈に、佇んでいた。




―――――――――





「誰っ!?」

レイは警戒を露わにし、声を上げる。


弓をしっかりと構え源粒子の集積に意識を裂きつつも、レイは視界からその竜を外さなかった。


先ほど。


レイの目の前で蚯蚓怪異の灰炎源技の火球にレンが飲み込まれる。

その刹那、レンのポケットから目が眩む程の銀色の光と、強大な源粒子の流れを感じた。


そして次の瞬間、レンの目の前に凶悪な顔をした大柄な灰色の竜が現れ、怪異の灰炎の火球をその前腕で打ち払った。


今、竜は獲物に狙いを定めた獣のような獰猛な目つきで蚯蚓怪異を睨んでいる。



「―――ディルク」

レンが茫然とした様子で、小さく名を呟く。


(ディルク!?)

あの、小竜ディルクの竜としての姿がこれだというのだろうか、レイは一驚した。


「これがお前が言っている―――銀色の粒子か。」

ディルクが、銀色の光に包まれている己の体を見ながら言う。


「ようやく―――お前たちと一緒に戦えるな」

ディルクが心の底から嬉しそうな顔になった。

しかし、次の瞬間には怪異を見据え険しい顔を浮かべる。



「レイっ!一瞬でいい怪異の気を引いてくれ!俺がやる!!」


ディルクの地を震わせる叫びに、レイは頷くとすぐさま光源技の矢を数本放った。


それが命中すると、怪異は体をくねらせ大地の上で悶える。


そして次の瞬間、ディルクが怪異の顔に向かい、右腕を振り上げ、



炎で包まれた拳を怪異の頭に打ち込んだ。




蚯蚓怪異が大きな音を立て、その巨体が地へと沈む。




そして、全身から灰色の粒子がゆっくりと立ち上り、





やがて消失した。





後には、手のひら程の大きさの、赤灰色の澄んだ球がポツンと落ちている。




「―――倒した、のよね」


レイがレンやディルクの顔を見ながら確認する。



二人とも微笑みながら頷いた。

その瞬間、レイの体全身から疲労が滲み出たように、緊張が解けた。



(―――っあ)


足が震えレイは思わず地面に腰を下ろしてしまう。



想像以上にこの怪異との戦いで精神を摩耗したようだ、とレイは思った。



「―――どうした。安心して腰でも抜けたか」

ディルクがからかい口調で聞いてきたので、レイは鋭い睨みを送る。


「侮らないで。少し――――疲れただけ」


そして、精一杯の強がりを言った。


レンは既に闇源技の発現を止めたらしく、徐々に周りが明るくなっている。


レイは差し棒を握りしめたままのレンを見る。


「レン――そのポケット」

レイは、光り輝いているレンのズボンのポケットに目を向けた。


レンはポケットに手を入れると、スマホを取り出しレイとディルクに見せる。


スマホは、ディルクの体を覆っているのと同じ、銀色の光を放っていた。


「………………」

三人ともが、言葉を発することなく、茫然とそれを見ていた。


そしてスマホの光が段々と弱まっていった。

それに伴い、ディルクの体全身を覆っていた銀色の光も消えていく。




「―――結局何が起きたの?」

レイは、この中では一番当事者であろうディルクに聞いた。


「わからん。ただ、あの瞬間、レンから巨大な源粒子の力が流れてきて――――それで気が付いたら獣化していた」


ディルクが顔を顰めながら言う。


「咄嗟にレンと怪異の源技の間に入り込み腕であれを振り払ったんだが―――」


「そうだ!腕は大丈夫なの!?」

レンが、今思い出したかのように、声を上げた。


「あぁ。多少焦げたが、あの銀色の粒子を纏っていたからな、“普通の傷にしたから“問題ない」

ディルクが先ほどのレンの言葉を笑いながら使う。


「でも―――なぜかしら。その源粒子はレンと私しか使えていなかったのよね?」


「今はもうその粒子の感覚は消えている。おそらく一時的にだが、レンのを流用したんだろう」


「レンから?」

レイが疑問の声を上げた。


「―――もしかして、このスマホを介して?」

レンが手にしていたスマホを掲げる。


「あぁ。あの時、俺はそいつから力を受け取っていたように感じたからな」



「本当にこのスマホ―――何なんだ」


レンが気持ち悪そうに声を上げた。




レンから陣に対する闇源技の発現が終わったことで、周りを覆っていた暗闇が徐々に薄れていた。


やがて、薄らと外の風景が映り太陽の光を感じた。



「―――暖かい」



レイはようやく、この戦いが終わったことを実感した。




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