39. 最悪な説教の受け方

「っっっっこっの!!っ馬鹿者がっ!!!!!」




ダリウスの怒声が、澄み渡る青空に響き渡る。


(―――やっぱり今日はいい天気だなぁ)

レンは空を見上げ、現実から少しだけ意識をずらした。



「聞いているのか!レン?!なぜお前らだけで!属性持ち怪異と戦った!――――思い上がるなよ!レン!!身の丈に合わない正義感は只の自己満足の自己犠牲だ!!!」


ダリウスが全身を震わせながら、一言一句を目の前に座りこんでいるレンたちに叩き込むように怒鳴る。


「どっかで聞いたような台詞だ」

「―――黙れ」

レンの隣に座っているディルクが低くかつ小さい声で言ってきた。


「私まで――なぜなのかしら」


レンとディルクの隣に並ぶように座っているレイが、不満気に零した。



全身の毛が逆立っている姿を容易に想像させるくらい、ダリウスは激怒している。

以前、剣術指南の際にデリアを叱った時とは比べようもないくらいの勢いだ。





蚯蚓怪異との戦闘を終えてレンの源技陣が完全に消失した後には、ダリウス達や’狼の牙’の傭兵達がすぐ傍に待機していた。


警戒態勢に入っていたダリウスはレン達の姿を見るや否やすぐに駆け寄ってきた。

一方で傭兵達は茫然としていたが、次第に興味、畏怖、警戒といった様々な視線をレン達に投げかけてきた。


レンも何を言えばいいのか判らず、体全身に痛みを感じながら大地に腰を下ろしていた。


だが、ダリウスの「無事かっっっ!!」という心配の叫びが時を動かし、そしてそこから流れるように説教タイムへと移行した。




現在レン達は地面に座りながら手当てを受けつつ、仁王立ちするダリウスの前で、甘んじて説教を受けている。



「今回は運が良かっただけだ!!!」

ダリウスが咆哮する。



(―――確かに)


レンは心の中で強く同意する。



もし、怪異の再生と太陽の光に気が付かなかったら。

もし、怪異がレン達を狙っていることに気が付かなかったら。

もし、土の中の怪異を感知できるレイがいなかったら。

もし、あの時、スマフォの力でディルクが獣化しなかったら。



少なからず何らかの犠牲が生じていただろう。


いつ落ちても可笑しくない細い崖を渡る様に、綱渡りの戦闘だった


ディルクもそれを理解しているのか、特に反論はせずじっと耐えている。



「そもそもレンっ!お前は―――」


ダリウスの説教は先ほどの戦いから、ゲムゼワルドでの戦い最終的にはデリアとの初めての剣術練習にまで及んだ。


これらのことにその場にすらいなかったレイの恨むような視線を、レンは隣からひしひしと感じた。



そしてダリウスの説教にようやく終わりが見えたころ、退避をしていたカルメンやデリア達、騎士団が戻ってきた。

どうやら誰かが連絡を入れたらしい。



「レイちゃんっっ!!!!」

地面に座っているレイの様子を見たカルメンが、駆けよりレイに抱き着く。



「無事なのねっ?!」

カルメンがレイの体に傷が無いかを、全身をぺたぺた触りながら確かめた。


「っカルメン。っっくすぐったい」

頬を桃のように赤らめたレイが、恥かしそうに呟く。



「一体全体どうやってあの化け物級の怪異を討ちとったのでしょうか?」

カルメンの傍にいる壮年の猪属の騎士長がレン達に声をかけた。


「そうだぜ。俺たちもそれが聞きたいんだ。」

近くにいたゲラルトも、騎士長に同意してくる。


周りの傭兵達や騎士もこちらに意識を向けているのを感じる。



ディルクとレイがこちらを見て促すように頷いてきた。

特にディルクは無音で口をパクパクさせて何かを訴えている。


(ん?―――うまく、ごまか、せ、って。しょうがない、自分たちの銀色の粒子のこととかは隠してなんとか辻褄を合わせるか)



「えっと、自分たちが森に入って半刻程経ったときなんですが――――」



聴衆の反応は良好だった。


蚯蚓怪異の特性や行動を説明するたびにカルメンは恐怖で息を飲み、ゲラルトは呆けたように声を漏らし、エーベルは必死に手元の紙に記録をしている。


そして、レンたちの怪異への対応を述べると、デリアの称賛の声が上がり、それに反比例するようにダリウスの眉間の皺は深くなっていく。


特に怪異の再生能力の話をした時、皆が信じられないという顔を浮かべていた。


身じろぎひとつすら雑音となるほどに、その場のすべてのヒトがレンの話に集中していた。


一種の物語のようにそれは、聴衆を引き付けた。



太陽の光を遮るべくレンが源技陣で闇源技を発現したところまで話が進んだところで、レンはあることに気が付く。


(あれ?この後の流れって、たしか―――)


そうだ。


源技の発現のために、怪異の灰炎をその身に受ける覚悟をして、レンは賭けに出たのだった。


レンはそれを思い出すと、ちらりとダリウスへと顔を盗み見る。


(やばい。さっきのダリウスさんの感じだと―――)


ダリウスの顔は険しく、時折何かを言いたそうに頬がピクピクしてはいるものの、唇を噛み締め話に口を挟むことをなんとか耐えている様子だった。


(こりゃ、言わないほうがいいな)

レンはそう判断すると終着点に向け話を続けた。


「えーっと。それで怪異の再生を抑え、レイさんの源技能で倒すことが出来ました」


レンの話が唐突に雑になったことに対して、隣でレイとディルクが訝しげな表情を浮かべた。


「?―――そうだおい、レン!お前!なんであの時、怪異の源技を避けようとしなかった!俺が獣化しなかったら死んでたかもしれないんだぞ!!」


「ちょっ!ディルクぅ!!それは言いたくなかったんだよ、察してくれ!!」


そうレンはディルクに叫んだ後に、恐る恐る再度ダリウスの顔を見る。



(っ怖!!)



もはや、ダリウスの顔から色が消え能面のように無表情になっていた。


それに戦慄を覚えたレンは必死に取り繕いの言葉を考える。


「でもですね!ダリウスさん!多分、当たっても死ななかったというか!ほら、それが一番合理的で!!そうしなきゃ勝てなかったですし多分っ!!」


ダリウスの表情は一片も動かず、レンをじっと見据えている。


(えーっと!何を言えばいいんだっ!?)

ダリウスが納得するような理由を探し出し言語化しようと、レンは必死に頑張った。


「最悪のことを考えても!!あそこで自分一人の犠牲で他のヒトが―――」



パァァァンッ!!!



「お父様っ!!!」


レンの頬に鋭い衝撃が走った。

デリアの悲鳴のような声が、その場に響き渡る。


鋭い痛みの後には、ジワジワトした鈍痛と熱がレンの頬を支配する。


レンと、そしてダリウス以外のヒトビトのざわめきが聞こえた。


レンはダリウスに叩かれた頬の痛みを感じつつ、さらに焦る。


(やっばい!何かわからないけどダリウスさんの地雷を踏んだっぽい!)



「えっとごめんなさい!次は気をつけ――「レン。あなた、もう、黙りなさい」



レンが、とりあえず謝罪の言葉をダリウスに投げようとしたが、レイに途中で遮られた。




そして、ダリウスにも静止の声が掛かる。


『それぐらいにしておけ―――ダリウス』


「―――老師?」


ダリウスの隣には、犬老獣人のヴァルデマール・ヴィルヘルムがいつの間にか佇んでいた。その手はダリウスの肩に置かれている。


毎日レンが見ている姿だ。ダックスフンドを髣髴とさせる大きな茶色の耳が垂れさがり、特徴的な白の長い髭が顎から生えている。

大地をなぞる様に伸びている黒のローブも、いつもと変わりない服装だ。


ただ、老師の全身が淡く光り、白い粒子が輪郭を形作る。

その姿は透けていた。


(なんだ、これ?光源技で老師の幻影を映し出しているのか?)


「ヴィルヘルム公!!」

突然の老師の出現に驚いたカルメンが焦りながら叫んだ。


一斉に、レン達を除く、その場のすべてのヒトが老師の幻影に向かって、中世の騎士のように傅いた。


(え?なにこれ?)

今この場において自然体でいるのはレンとディルク、レイだけだ。


傭兵であるゲラルト達‘狼の牙’ですら老師の姿を目にした瞬間、急に格式の高い場に連れてこられたかのように、違和感を覚えるほどに統一感のある姿勢をとった。


レン達もそれに倣った方が良いのかと思い、動かすことが億劫な体に力を入れようと身じろぎをした。


『そなたら―――』

老師がレン達の様子に気が付き声をかけてきた瞬間、


「か、彼女たちは、ぞ、属性持ち怪異との戦闘で、ふ、負傷しておりまして!」

カルメンが顔を地面に向けたまま、許しを請うように口を開いた。


『領主。発言の許可など何時、我が出した』

老師が険を含む声で一蹴する。


「も、も、申し訳――」

カルメンのその様子に隣にいるレイが顔を歪める。


「―――老師、その姿はどうやったんですか?」


見かねたレンが会話の途中に入りこんだ。周りから驚愕の視線がレンに刺きささる。



『ダリウスのこれに光と通信の源技陣を仕込んでおいた。数と陣は相性が良いからな。これを通してそなたらを感じ取っていたのだ。ベーベ』


そう言うと、老師はダリウスの手元の時計を指差す。


「……そうですか」

どうやら、一種の音声付き監視カメラのような源技陣らしい。


『さて、ベーベ。簡易源技陣の実践における使用感はどうであったか、我は話が聞きたい。そなたらは戻り次第、我の元へ、山彦庵へ来るのだ』

老師がレンたち以外のヒトは視界に入っていないかのように要求してくる。


「お、恐れながら、申し上げます!彼らにはこの後本部の方で詳細な――」

騎士長が、己の職務を全うしよう果敢に試みたが、


『我は、そなたに発言を許可してはいない』

老師は視線を騎士長に向けることもなくそう言った。取りつく島もなかった。


「も、も、申し訳ございません。な、な、何卒、お許しを―――」

猪属の騎士長は謝罪しながら全身を震わせる。猪耳も完全に縮こまっていた。


(?さっきといい、なんだ皆のこの反応?)


隣にいるレイに顔を向け言葉無く尋ねてみるが、レイにもわからないようだ。


(カルメンさんはこの街のトップなのに、それよりも老師は上の立場っぽく見えるけど。それにしても全員、老師のことを恐れすぎてないか?)


「老師、何か怖がられるようなことでもしたんですか?」

『―――っふ。そうかもしれぬな』


レンの言葉の何かが面白かったらしい。老師はそう微笑みながら言うと、姿を消した。




辺りに静寂が訪れる。




「っっっっレンっ!!おっまえなぁ!!」


一番初めに硬直から回復したゲラルトが、立ち上がるとレンに詰めよってきた。


「あんな口聞いてっ!!わかってんのか!!相手は、前とはいえ勲者だぞ!!勲者!」

「?そうらしいですね」

「神獣の化身ともいえる存在だ!!一歩間違えれば、俺らなんか塵のように消されるんだぞ!お前が喋るたびに!!俺は生きた心地がしなかった!!」


そうゲラルトが言うと、自身が言ったことを想像でもしたのか両手で腕を擦っている。


「ヴィルヘルム公。噂通り復調していたのですね」

立ち上がったカルメンがエーベルに対して老師のことを聞いている。


「えぇ。ほんの7日程前です。まだ、父上とデリアとディ-ゴ、そしてレン君だけしか、お目にかかっていませんが」



大地に傅いていた他のヒトビトも立ち上がったり、または座り込んだりしたままだったりしてはいるが、皆一様に緊張から解き放たれ大きく息をしていた。


‘狼の牙’のゴッツが凄まじい顔で、そしてフランが畏怖の眼差しでレンを見ている。


ディルクがレンに近付くと耳元で囁いてきた。


「これが一般人の、お前たちニンゲンを召喚した、勲者に対する対応だ。前に俺が言っただろう、勲者はこの世界で最も強く、権力を有している、と」


(なるほど。少し勲者に対する認識が甘かったかもしれない)


普段接している老師ではあったが、他のヒトからの反応を直接見ると認識を修正せざるをえないなとレンは思う。


「ともかくヴィルヘルム公がああ言った以上、レイちゃんたちは早く山彦庵に向かったほうがいいですね」


「そうだ!また出てきて催促でもされたらたまったもんじゃねえよ!ほら、レン、早く立て、そして行け!」


老師がレン達に会いたいと言ったことが大きかったらしい。その後皆がすぐに帰り支度を始めた。


ダリウスも老師の出現で落ち着いたのか、喋ることなく馬車へと歩いていった。


レンも荷物を纏めるべく、馬車の方へと向かう。


「青二才。先ほどの閣下だが―――」


歩きながら差し棒の汚れを布でふき取っていた時、レンはディ-ゴに声を掛けられた。


レンは思わず、普段ディ-ゴの近くに必ずいる、ダリウスの姿を探してしまったが、ダリウスは少し離れたところでデリアと話しているようだ。


「ディ-ゴさん?」

レンが不思議に思い聞き返す。


なぜなら普段ディーゴはほぼダリウスの傍に控えているからだ。このように一人で話しかけてくるのは初めてだった。


「閣下が“怪異殺し”の称号を授与されたのは、昔、属性持ち怪異を討ちとった功績によるものだ」


「昔、閣下は王領の騎士だった。当時から、閣下は怪異に対して他のヒトより特異な力を有していた。そんな中、属性持ち怪異の討伐任務があり―――」

ディ-ゴは言いづらそうに、言葉を切る。


そして、息を吸うと、

「属性持ち怪異は王領の騎士ですら脅威の存在だった。その中で討伐任務を果たすため、仲間の騎士が、想いを、希望を、後悔を閣下に託し、目の前で逝っていったのだ。古参も、同期も、新人も関係なく―――そして、結果として王領の騎士二十名以上の命と引き換えに、閣下は属性持ち怪異を殺したのだ」


壮絶な過去だった。

普段どっしりと構えた懐の広いダリウスからは想像もできない。


「おそらく、その時の閣下の想いが今回のお前を見て思い出されたのだろう」


(確かに、それはトラウマになってもおかしくないな)


「――――レン。閣下のお心を乱す行動は控えろ」


ディ-ゴがレンの名を初めて呼び、そしてしっかりと戒めてきた。





――――――――――




水面が波を緩やかに漂わせるかのように、鏡にはある視界が映し出されている。


そこには楽しそうに談笑しながらアルテカンフの帰路へと向かうヒトビトの姿が映っていた。


「さっすがぁ!“化け物”くんはぁ!さいっこうですよぉ!!あの蚯蚓を使っただけのことはぁ、ありましたねぇ~!!」


少女は出し物の観客のようにフリルの付いた腕を振り回し甲高く、耳に刺さる歓声を上げていた。


「制御できる属性持ち怪異は数が少ない。使い捨てにしたのは勿体ないが?」

隣に立つ漆黒の仮面を付けた男は、少女へと苦言を呈する。


「はぁっ!!威力偵察ってぇ言葉知らないんですかぁ!その萎びた頭にでも刻み込んどいてくだぁさいよぉ!!」


その男の言葉に、少女は人格が変貌したかのごとく烈火の勢いで男へと罵声を浴びせた。


しかし次の瞬間には、再度今にも笑いながら飛び降りるかのごとく、気分の良さを醸し出していた。


「さぁ~ってぇ。化け物くんぅ。問題ですぅよ!!」

界面に移る、レンの姿を見ながら少女は声高らかに言う。




「あなたのぉ傍に潜んでいる―――――裏切者は、誰かぁわかりますかねぇ?」



彼の身の回りにいるヒトが、狂い惑い破滅への道を誘うヒトであると知った時の、レンの絶望的な顔を想像することは少女に狂おしいほどの愉悦を与えた。




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