18. 征野の中心で心の準備を

獣化しているフリッツを背負ったレンは、怪異の包囲網の隙を作りだし“翔雷走”でイヴァン達のところに駆けた。


着ているパーカーのフードが強く靡くのを感じる。


(やっぱ目がシパシパする、保護メガネがあったほうが良いかも)


最大発現のレンの“翔雷走”は、かなりの速度で大地を走ることが出来る。


レンは数秒後にはイヴァン達兵士がいるところへと辿り着いていた。



「うぉっ!」



そのレンの移動は、イヴァン達を少しばかり驚かせた。

しかしながら背中のフリッツを地面に寝かせると、すぐに兵士たちからフリッツに対しての心配や、安堵、歓声の声が上がる。


「フリッツ!!なに柄にもねえことしてるんだよ!」

「格好つけすぎだぜ!この野郎!!」

「せ“ん”ぱ“い”よかっったです“。ずみまぜんっでじだっ!!」


「………ばーかっ、うるっせえっつうの」


フリッツは犬の姿のままぶっきら棒に答えるものの、その表情には安堵と照れが浮かんでいる。


ただし傷が痛むのか呼吸は荒い。


「………灰色の粒子?」

レンがポツリと呟く。


フリッツの怪異に攻撃された箇所である左前脚と右足首を観察すると、禍々しい濃灰色の粒子が纏わりついているのがレンには見えた。


その粒子はぴったりと吸着しながら、傷口で蠢いている。



「コニー。フリッツを向こうまで運んでいけ」



イヴァンも周りの兵士と同様に、獣獣しい熊顔に微笑みを浮かべつつ部下に指示を出していた。


フリッツに助けられたコニーは泣きながらフリッツの生還を喜び、そして謝っていたが、指示に従いフリッツを抱え街の方へと走って行こうとする。


「っ!あ、おい!坊主!」


コニーに持たれているフリッツに呼ばれたレンはそちらに顔を向けた。


「お前のお蔭で助かったぜ。――っあんがとよ!」


そう言い、右前足を純白の毛が目立つ胸のあたりに置いた。

レンは軽く首を振ることでそれに答える。


そして、フリッツはコニーに抱えられながら街の方へと行った。




レンは、前方の怪異の群れへと目を向ける。


怪異達はレン達が移動したことに加え、ディルクの源技能により動揺していた。

しかし、手前側にいる怪異の数匹は既にこちらに意識を向けている。


「で、どうするつもりなんですか?」


右手に差し棒をしっかりと握り、視線は前方に向け緊張感と集中を保ちつつ、レンは隣にいるイヴァンに問いかけた。



「君は、、、」


イヴァンの顔には思案と、そして何かしらレンに問い掛けたい様子が実直に浮かび上がったが、彼がレンに尋ねることはなかった。


「―――我々はこれから土源技により簡易の土壁の塀を発現する。目的は怪異の街の中への侵入を防ぐこと、及び応援が来るまでの時間稼ぎだ」


イヴァンは真剣な顔でそう言った。


「フリッツが戦線離脱したのは想定外だった。あいつは隊の中では優秀な土源技能の使い手だからな。これでは“土竜囲い”の達成までの時間が――かなり、かかる」


イヴァンは一瞬だけ考え込んでいたものの、すぐに結論が出たのかレンの方をしっかりと見つめてきた。


「一般人の子供である坊主にお願いすることはお門違いだということは十二分に理解している。だが、頼む!街を守るために、力を貸してくれ!!」


イヴァンが必至な表情を浮かべ、レンに懇願してくる。


「―――勿論です!自分の役割は、時間稼ぎ、ですよね?」


レンの即座の返答にイヴァンは顔を綻ばせ、勢いよく頷いた。



「あともう一つ自分は――――子供じゃないですよ」



レンは腹筋に力を籠めてお腹の底から、空気を裂くように声を上げる。



「ディルク!!こっちは大丈夫だ!!!」



その声に反応したディルクがすぐさま怪異の群れを越え、レン達の方に飛んでくる。


そしてディルクはレン達の前方かつ上方3メートル程に浮かぶと静止した。


ディルクの目の前に、濃いオレンジ色の粒子が急速に集まっていくのが見える。


(炎源技!)


粒子は段々と形を構築し始めた。


それはディルクが先ほどまで牽制に使用していた火球とは似て異なるものだった。

球体の火ではあるものの、液体のようにドロリとしている。

それは重力に従い、地面に引っ張られるように今にも零れ落ちそうだった。


そして、ディルクは大きな炎の液体を地面に投げつけた。

それは地面に接すると、波打つように広がり怪異達を飲み込んでいく。

あっという間に、レン達の前方は火の波に包まれた。


「――なんて威力だ」

イヴァンが茫然と呟くのが、レンの耳に入る。


(やっぱり、ディルクはかなりの源技能の使い手なんだろうな)


炎の波が引くころには、無数の怪異達は10メートル程さらに向こう側へと押し返され倒れているのが見えた。


だが、多少の焦げ跡は見えつつも、動いているのが確認できる。


動作が多少の緩慢になったように見えたが、怪異はまだ闘争心を失ってはいない。

唸り声を上げ、こちらを睨みつけている。


「あの威力でも、殲滅できないんだ」



(怪異の異常性を初めて本当に実感できたかもしれない)



その後、ディルクが上空から降りてきてレンに近づいてきた。


「今の源技は久々に発現したが、やっぱり使い所が難しいな」


小竜のディルクが肩を竦めながら呟く。


「あー、周りを大層に巻き込んでたし、壊れた馬車とかしか無くてよかったね」


レンは炎の波に飲まれた大地も見渡す。


そこには焦げた車輪や、パチパチと燃えている荷台、ばら撒かれた野菜や地面に倒れている馬や猪等が、怪異に襲われた悲惨な状況を象徴するかのように存在している。


「ちなみに、今ので俺の大型の源技は打ち止めだ」


「え“そんなのをもう使っちゃったの!?――まぁ、いいや。ディルク、自分たちの役割は時間を稼ぐこと」


そう言うと、ほらっ、と後方に移動したイヴァンの方を親指で指し示した。


「作戦“土竜囲い”!」


イヴァンが声を上げると、3名の兵士が片膝を付き、両手を広げ地面に付ける。


彼らの手から茶色の粒子が地面に流れ込むのがレンには見えた。

それぞれの粒子の流れは、点と点を結ぶように混ざると、ゆっくりと横に伸びていく。


「この馬車道を塞ぐように壁を作る!!半刻、いや、その半分でいい!土塀が完成するまで!持ちこたえてくれ!」


イヴァンも兵士たちと同様に手を付き土源技を発現しながらそうレン達に頼んできた。


イヴァンたちの場所から馬車道の端までは片側25メートル程ある。


この土源子の流れが両端に着くまでの時間と、怪異達が超えられない高さの土壁を発現するまでの時間が15分ほど掛かるのだろう。


【本来であれば、土源技能の発現者を守り怪異達の囮になる兵士がいます】

ポケットの中のヴぃーが説明をしてくる。


「その兵士役が自分ら、ってことね。危険な役回りだ。ヴぃーはどうする?念のためスマホを安全な場所に置いと【わたしはあなたの傍にいます。左手に持ってください。可能な限りあなたの補助をします】」


「わかった」


今はもう兵士はイヴァン達を含め4名しかいない。

自分たちの力が必要な状況だということをレンは再認識する。


イヴァンの顔には苦渋の表情が浮かび上がっている。


もしかしたら、責務を自分たちだけで背負えないことに悔しさを感じているのかもしれない。


「―――さてと」


レンがディルクの方を向く。


レンの目の前で翼を傾けながら浮かんでいるディルクは、体長40センチほどの程のくすんだ農灰色をした小竜だ。


だがそのサイズとは裏腹に、戦闘能力は確かなものだ。信頼できる。


そのディルクがしっかりとレンを見てくる。


「レン――怖いか?」


咄嗟のディルクの質問に、レンは最適な返答が導き出せなかった。


そうだ、今から自分はあの怪異の群れと対峙しなくてはならない。


レンは急所さえ攻撃できれば一撃で怪異を屠ることが出来る。

だが、一歩間違えば先ほどのフリッツ以上に悲惨な目に、それこそ死ぬかもしれないのだ。


レンは素直に今の気持ちをディルクに吐露する。


「そんなことない、ってのは嘘。だけど――――大丈夫。想像よりも落ち着いてはいる。ただ、今までの人生で一番長い15分にはなりそうかな」


「そうか」


ディルクのエメラルド色の瞳は、レンの気持ちを見透かすかのように澄んでいた。


【悪くない精神状態です。軽微な恐れと緊張は集中力を高めます。レン、そのまま落ち着いてください。あなたは一人ではありません。過ごした時間は僅かですが、わたし達はあなたの傍にいます】


ディルクやヴぃーはレンの返答に是も非も述べない。


それがレンには有り難かった。




レンの視界には、こちらに向かってくる怪異達の姿が見える。


先ほどのディルクの炎源技が、怪異達に傷を与えたのか先ほどよりも動きが鈍く、レンたちを警戒している様子が窺えた。


「一番初めは獅子怪異か」


全長2メートルに届く程の、立派な体躯をしたライオンの様な怪異は灰色の粒子を放ちながら此方にゆっくりと近づいてくる。


その顔の周囲に存在する立派な鬣が風に靡く。

百獣の王に相応しい佇まいだった。


その後ろには猫怪異や、猪怪異が続いている。


【こちら側に攻め込まれると行動範囲が狭まり、なおかつイヴァン達に攻撃が向かう可能性も高まります。こちらから切り込むことをお勧めします】


「同意する」


差し棒を怪異たちに向ける。


右手に力を籠め体内の補足した源粒子を、手のひらから差し棒へと解き放った。


「“雷閃”!!」


そのレンの言葉と共に、先ほどよりも太く雄々しい閃光が怪異を襲う。


それは獅子怪異の足元に着弾し、多少の土埃が発生する。


「一夜漬け、早朝トレ、座学数時間の割には、源技能をまだ上手く使えてるな」


(まぁ、ヴぃーとディルクがスパルタなのもあるけど)


ディルクもまた別の怪異に火球を放っているのが見える。



そして、レン達は生と死のはざまへと駆けていった。









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