11. 訓練と縁と本能
レンの、獣人世界エルデ・クエーレでの二日目は、小竜による熾烈な指導から始まった。
昨日の疲れによる快眠を存分に貪っていたレンであったが、ディルクに叩き起こされた。
起きた瞬間は小竜であるディルクの姿を見て一瞬混乱したものの、自分が獣人の世界エルデ・クエーレに来たこと、そして昨日の濃い一日を意識の覚醒と共に思い出した。
その後すぐに、ディルクにランニングを強制された。
昨日、ディルクがポツリと呟いていた体力訓練の件は本気だったのか、とレンは心の中で溜息をつきながらも、まぁ今後この世界で過ごすには必要だろう、と自分を納得させディルクの指示に従った。
宿の裏手の人通りが少なく見通しが良い路地を1時間ほど走らされる。
走っている最中はポケットの中にいるヴぃーがエルデ・クエーレ一般常識講座を開き、運動と座学を同時にすることになった。
その頃にはレンの頭も完全に覚醒していた。
ランニングが終わった後は、昨夜の話題に上がったレンの速度上昇の雷源技“翔雷走”の調整に入った。
昨日のデリアとの打合いで一度発現させた実績があったことや、ヴぃーとこの源技に関して議論したおかげか、そんなに時間も掛かることなくレンは翔雷走のとりあえずの発現条件を固めることができた。
ディルク曰くこの翔雷走での移動速度は一般の怪異や戦闘職のヒトでは、そう簡単に対応できないだろう、とのことだ。
その言葉にレンは安心しつつも、
(今後のUser探しや、世界を超えるための情報を集めようと思ったら、行動範囲が広がるはず。もっといろいろな源技が使えるようにならないと、特に戦闘と生活関係の源技の取得は重要だな)
と、源技の修練の意欲を高めた。
源技の発現調整が終わる頃には、街の通りを歩くヒトの数も増え始めた。
それに伴い、道の両脇に列をなすように設置されていたカラフルなテントでも、ちらほらと露店らしきものが開かれ始めた。
宿の自身の部屋へと戻ったレンは、肉体の休息も兼ねて、ベッドの上に座りながら昨日ディルクやヴぃーに教えてもらった源粒子の制御訓練を始めた。
前回と同様に、目を閉じながら意識を体の中へと向け、源粒子の存在を感知し、そして様々な部位に局在させた。
昨日以上の速さで源粒子は、レンの思うがまま動いてくれる。
その手ごたえにレンは満足感を得つつ、ふと目を開けると、レンの左手首にある腕時計と、ベッドの上においたスマフォは共に9時を示しているのが見えた。
(あれ、これってディルクもヴぃーもかなりスパルタじゃないか?)
そう疑問に思いつつも、淡々とそれをこなした自分がいる以上、特に不満を感じることはなかった。
源粒子の制御訓練が終わり、今日の行動をどうするかをディルクとヴィーとは話していた時だった。
コンコンっと鈍い扉を叩く音が聞こえた。
「レン。デリアですけど起きてます?」
レンはそれに反応すると、扉の方へと近寄り、ドアを開け対応する。
「デリアさん、おはようございます」
そこには身支度を整えたデリアが立っていた。昨日と似た動きやすいカジュアルな服装だ。虎耳も元気よくピンと天井を向いている。
デリアはレンの姿を見ると優雅に顔をほころばせた。
「そろそろ朝食にしましょう。お父様とディ-ゴが昨夜深酒したらしくて、こんな時間になってしまいましたが、二人はもう下の食堂にいますわ」
「了解です。少し準備をしたら向かいますので、デリアさんは先に行ってください」
レンはそう言いデリアを見送ると扉を閉め急いで身支度を始めた。
リュックサックを背負い、部屋から出て食堂に向かう通路をレンは歩きはじめる。
「とりあえず、朝飯を食いに行くか」
ディルクはそう言うと昨日と同様にレンの頭の上に乗った。
(そこが定位置になったのか)
竜属はヒトの頭の上が好きなのだろうか?
竜属は何故ヒトの姿を取らないのだろうか?
そもそもディルクがレンに会う以前何をしていたのか、何故あの日あそこにいたのか、何故竜属であることを隠すのか、といったことを知らない。
ただディルクは、レンが持っていたコンビニのオニギリを勝手に食べて、その礼と言ってレンに同行している。
レンはそこまで思考に耽りながら。食堂への歩を進めた。
――――――
食堂へと着くとダリウス達は卓に着いていた。
テーブルの上には既に朝食が並べられている。それらはまだ手が付けられてはいない。どうやらレンを待っていてくれたらしい。
それに申し訳なさを感じつつ、レンはダリウス達に朝の挨拶をした。
「おはようございます。ダリウスさん、ディ-ゴさん」
「あぁ、おはよう」
木の椅子にどっしりと腰かけたダリウスが気だるげに挨拶を返す。手には水が入ったグラス持っている。ディ-ゴはこくりと頷きを返してくれた。
「じゃぁ、朝食を頂きましょう」
デリアがそう声をかけると、皆が食事を始めた。
日本ではあまり馴染みのない、固いパンで作られたサンドウィッチはその大きさも相まって食べ辛かったが、噛めば噛むほど新鮮な野菜の旨みを豊富に含む水分が固いパンへと馴染んでいき美味しく食べることができた。
デリアを見ると、ナイフでサンドウィッチを一口大に切り分けており、育ちの良さが窺える。
それを見てレンも手に持ったサンドウィッチを切り分けると膝の上に座っているディルクの口元へと渡す。
ディルクはすぐに齧り付き、しゃくしゃくと咀嚼しながら瞬く間に食べ尽くす。
その様子にレンは昔飼っていたイヌを思い出した
食事の最中、手を止めたダリウスが真剣な表情でレンに話しかけてきた。
「なぁ、レン。俺はお前の出生を詮索するつもりはない、昨日の感じからするとお前も言いたくなさそうだったしな」
ヒトを安心させるような身に響く男らしい声で、ダリウスは言う。隣に座っているデリアもどこか心配そうにレンを見つめていた。
(―――え!?)
いきなり重要な話題をぶっこんできたダリウスにレンは焦る。
ダリウスへの対する返答が咄嗟には思い浮かばず沈黙で答えてしまう。
「もし行くところがないなら俺たちと一緒に来ないか?俺たちは今、タージア州の中央都市アルテカンフに住んでるんだ。ここからはそれなりに離れている場所だ。アルテカンフで俺が就職先を斡旋してやってもいいし、何なら俺の付き人として雇ってもいい」
レンには、アルテカンフという街に対する知識が全く無い。
州の中央都市ということは、日本でいう政令指定都市ぐらいの規模になるのだろうか。
レンがそんなことを考えていると、膝にいたディルクがよじよじと体を登り、レンの耳元へ顔を近づけた。
「アルテカンフの街はゆーざー1のニンゲンがいる方向とそんなにずれていない」
ディルクからの情報にレンはハッと息を飲む。
ディルクはさらに続ける。
「しかもアルテカンフは傭兵都市だ。様々な種属の出入りも激しくて情報が集まるし金稼ぎもしやすい。とりあえずの拠点としては悪くない」
確かに。なにより、ダリウス達という知り合いがいるのが大きいだろう。
ポケットにいるヴぃーもそれに同意するかのように規則的に何度も振動してきた。
「俺たちは後二日程ゲムゼワルドに滞在する予定だ。その後、鳥行便でアルテカンフに帰る。それまでに答えを出してくれればいい。食費や宿泊費は出してやるから安心しろ」
ディルクの話を聞き考え込んでいたレンを見て、ダリウスは、レンが迷っていると判断したのか、回答への猶予をレンに与えた。
「どうして、そこまでしてくれるんですか?」
レンが昨日から疑問に思っていたことを、ダリウスに投げかける。
「――――そうだな、しいて言うなら勘だ。おまえと縁を繋いでおくことは有益だと俺の本能が訴えているんだ――俺は今までこの勘を信じて生きてきたからな」
そう言い放ったダリウスの顔は、今のレンでは到底真似できない、野性味に溢れる命の漲った強い表情をしていた。
(勘と縁、か)
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