8. 異分野融合連携の源技能

「レン!見てください!こんなにも沢山の露店が、まだ神獣綬日の前日だというのに!明日はどれほど賑やかになるのか楽しみですわ!!」


デリアがキョロキョロとまわりを見回している。

道の両脇には個性豊かなテントやシートが連なっており、そこでは作業をしている多数のヒトがいた。


馬車専用の通行門はゲムゼワルドの街の郊外に位置しており、宿が集中している商業地域までは徒歩15分程かかった。


つい先ほど自分の泣いている姿をダリウス達に見られ、レンは恥ずかしさを感じていたが、すぐにそれは吹き飛んだ。


(まさに、異世界って感じだな)


日本の街とは明確に異なるゲムゼワルドの街並みが広がっていた。


中世ドイツを髣髴とさせる石造りの建物が聳え立つ。

様々な色の濃度のレンガ屋根と、所々に存在している濃緑色の葉を豊かに備えた大きな木、そして夕日の鮮やかな赤が一体となって街の壮観を彩っていた。


目が2つでは足りないとレンが思うほどに視界に入る色々なものに興味が引かれた。


(――あ、猿の獣人がいる。特徴からすると、テナガザルの系統かな)


街の住人や、バザーの準備をしている商人、旅人などの様々な風貌のヒトがいる。


ほとんどのヒトが獣耳や尻尾を生やしている。


その形態も様々であり、デリア達と同じような虎耳や、ディ-ゴの馬耳、兎や犬、熊といったわかりやすいものもあれば、

一目では種族が判断できない見慣れない風貌のヒトもかなりの割合で存在していた。


(通行門に居た熊の兵士みたいに、完全な獣人の姿をしている人はあまりいないな)


ディルクやディ-ゴのような完全な獣の姿。

ダリウスやデリアのように獣耳を生やしている人間に近しい姿。

あの熊の兵士のような二足歩行の獣人の姿。


とこれまでレンは3種類のヒトを見ている。


割合としては9:1くらいで人:獣人だろうか。

獣の姿も見かけたものの、ヒトが獣化したものなのかヒトではない動物なのかは、レンには判断が付かなかった。


(そういや、ディーゴさんは姿を使い分けてたっけ、便利な時もあるのかな)


先ほどは馬の姿で馬車を引き、今はヒトの姿でレンたち先導しているディ-ゴを見ながらレンはそう思った。



ディ-ゴおすすめの宿に着く頃には完全に日が落ちており、建物から漏れる光だけが夜の街を照らしている。


宿に空き部屋があることを確認してから、レン達は宿に併設されている小さな食堂で軽く食事をとった。

夕食に近い時間もあって、食堂はそれなりに混雑していた。


宿代や食事の代金をダリウスに支払ってもらうことにレンは恐縮したものの、無い袖は振れなかった。


ダリウスは店主に何かを手渡している。

日本の硬貨や紙幣とは明らかに異なるもので支払いをしていた。



そして、皆での食事を終えるとレン達は宿にチェックインをした。



―――――――――――――――――




すでに夕闇は夜の暗さへと完全に移っている。


蛇が2匹描かれたオレンジ色の板(カードキーとして機能する源具らしい)を扉の取っ手に近づけドアのロックを外すと、レンはギイィと鳴る立てつけの悪い木の扉を開けた。


部屋の中は暗かったが、窓から差し込む月明かりが備え付けのベッドに僅かに模様を映した。


宿の主人の説明通り、閉めた扉に掛かっている大皿程の乳白色の石にレンは源粒子を流した。

すると、そこを光源として部屋の中が蛍光灯を付けたように明るくなる。


「カードキーといい電灯といい、この世界も思ったより過ごしやすそうだな」


【あなたの世界と比べてどうですか?レン】

デリアたちの前では沈黙していたヴぃーが話しかけてきた。


「うーん、怪異とか源技とかディルクとか、向こうじゃありえないものには滅茶苦茶びっくりしたけど、それ以外は思ったより違和感ないかなー」


レンは背負っていたリュックサックとポケットの中のスマホを壁際の机の脇に置くと、靴を脱ぎその身をベッドに投げ出した。


溜まりに溜まっていた疲労が重しのように全身に伸し掛かってきた。


(このまま眠れたらどれだけ幸せか………)


レンが毛布を抱え込み、微睡み始める。

柔らかなシーツと毛布はレンにこの上ない安らぎを与えてくれた。


しかし。


「―――おい、まだ寝るなよ。いろいろ話すことがあるだろう」


というディルクの声で現実へと戻された。


レンは僅かな気力を用いて上体を起こす。

横になったままでは、確実に話の途中で寝落ちする自信があったためだ。


「とりあえず、今日はお疲れ様だな。――――足は大丈夫か?」


椅子の上に座ったディルクがレンに労いの言葉を掛けながら、部屋に備え付けられているタオルで体を拭いている。


そのディルクの人間くさい動作を見つつ、レンは動かすのも億劫な顔を頷づかせた。


「初めに言っておくが、二度と軽はずみに不確かな源技を発現させようと思うなよ。下手したら死ぬぞ」


【過去、何人もの源技能者が新規の源技能の開発の際に事故で死んでいマス。再度言いますが、レン、あなたは運が良かった】


ディルクは幼子を叱りつけるように、そしてヴぃーが諭すようにレンに忠告した。


レンは眠気から半分ボンヤリとした頭を動かし返答する。


「うん――それは、身に染みた。次からは、事前に予備実験をして、安全な発現条件を固めてから使う」


「……おまえ、本当に理解したのか?だが、あんな風に雷源技を発現させるとはな。あの高速な移動は一体どうやったんだ?」


そのディルクからの質問に、レンは時折閉じつつあった瞼をかっ、と開き口を動かした。頭が活性化し、眠気が吹き飛んだ。


「そう!それだよ!」

レンの唐突な変わりように、ディルクの体がびくっと震えたのが見えた。


「こっちの科学がどれだけ発達してるかわからないけど、自分たちの世界だと、ヒトの体がどのような機構で動くかの研究がされているんだ。ヒトは脳から電気信号を送って筋肉を動かしている。もっと細かく言うなら細胞単位の話になるけど、、、雷源技で、疑似的な電気信号を、それも回数と電圧を増幅させて発現させたんだ!」


【――なるほど】


「後は想像力!源技能によって、それぞれの属性の自然現象を発現できるってディルクは言っていたけど、ディルクやデリアが発現した源技能を視て、一つ仮定を置いてみたんだ」


「お、おいレン?」

ディルクが戸惑った様子でレンを呼んだが、それを無視する。


「もしかしたら源技能というのは、発現者が想像した現象を、源粒子を使って具現化するんじゃないかって。初めは、発現する事象に必要な物質と源子が結合し、集積するって思ったんだけどね。例えば、水を出すときは源子が空気中の水分と結合し集まることで、岩なら酸化したケイ素とか炭素の酸化物と結合して、で説明できるかと予想したんだけど、それだと炎と風、闇、基盤源技が説明できない。だから、源技の発現っていうのは、どこかで今の科学の理論を超越しているはずだ。そして、その終点が想像した事象になる」


「源子での具現化が、実際の現象をどこまで発現できるかは知らないけど、少なくとも、筋肉を動かすには電気信号が必要だと知っている自分が、つまり、その終点を明確に想像できる自分が、その想像で源技を発現したから、あの雷源技による高速移動ができたんだと思う」


レンが源技に関して思うことを捲し立てる。

ディルクはレンの突然の饒舌ぶりに呆気にとられている。


オタク特有の、一般の人を置いてけぼりにして自分の世界に入る、それをしているという自覚がレンにはあったが、口は止まらなかった。


「ただ、雷源技であの速度で動くことで足の筋肉に相当な負担がかかることまでは、あの場で考えなかったな。だから、このありさまだけど。――足の肉体的な限界を考慮すると何回も連続しては使えない源技かも」


【でしたら、次にその雷発現を発現する際には、基盤源子を足に留めておいて反動を防護すると良いカト】

ヴぃーがレンの懸念に対してアドバイスをしてきた。


「お、おい。俺は無茶はするなって言いたいんだが、、、」

その後押しするようなヴぃーの発現にディルクは苦言を呈する。


【今の状態で中途半端に止めるくらいなら、安全性を高めたほうが良いカト】


「なるほど基盤源子で足を守るってことか!確かにヴぃーのそれなら―――」


その後、レンとヴぃーがお互い意見をいろいろと出し合いながら、先の雷源技の発現条件を構築し、完成度を高めていった。


レンの日本での知識とヴぃーの源技の知識、2つの世界の交流により新規の技術を生み出す。その奇跡的な事象に、レンは心躍った。


「―――先が思いやられるな」


レンとヴぃーの議論が盛り上がる中、ディルクがため息をつきながらそう漏らしていた。





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