9-33

 梅雨が明け、ジメジメした湿気の不快さも感じなくなって、でも毎年恒例の異常気象と称される初夏の暑さに少し夏バテ気味になって――――それでも、日々は忙しなく過ぎていく。


 rain君と一緒に受けたインタビューは今月末には配信されるらしい。

 普通はインタビューから掲載までそんなに早くないみたいだけど、あのインタビュー自体が元々予定していた別記事が諸事情で掲載できなくなった穴埋めとして企画されたものだったみたいで、その別記事の掲載予定日に当てはめる形になる為、異例の早さで世に出されるとの事。

 こっちとしては、一日も早く配信してくれた方がありがたいから願ったり叶ったりだ。


 rain君の漫画がバスった事によるカフェへの反響は、今のところ軽微。

 でも、毎日地道にアップしている『今日のおすすめメニュー』に付くいいねの数は、以前の五倍くらいにはなった。

 元が少ないから大した違いはないけど、それでも母さんはかなり喜んでいて、その様子を見ているとこっちも嬉しくなる。


 母さんはずっと、料理担当としてこのカフェを支えて来た。

 ゲームカフェだから扱うゲームに注目が行くし、来未のコスプレで賑わえば賑わうほど正統な飲食店のイメージから遠ざかって、料理の味を褒められる機会は減っていく。


 だから、母さんの作った料理、考案したメニューが日の目を見る……は言い過ぎだとしても、どんな形でも良いから報われて欲しいってずっと思ってた。

 俺だけじゃなく、来未や親父も同じ気持ちだ。

 例え売り上げに大きな影響はなくても、この小さな出来事は家族にとって大きな幸せになっている。


 でも、良い事ばかりじゃない。

 水流からの連絡がパッタリと途絶えてしまった。


 勿論、状況は把握しているし、今の水流に定期的な連絡を求める訳にはいかない。

 あいつもきっと、日常生活の中で自分と向き合って頑張っているんだ。


 それはわかってるけど……もどかしい。

 裏アカデミもあれからずっとストーリーを進めず、流石に全くログインしないってのも逆に水流が負担に感じるって事で、サブ的なオーダーを受けて金やアイテムを稼いでいる。


 このゲームは、レベルアップという概念が殆どない。

 先日のレイドバトルでスライムバハムートの撃破に貢献したから、一応かなりレベルが上がって、12から一気に28になった。

 でも、これで主戦力の仲間入り出来る訳でもないし、もっと言えば倍の56でも大して変わらない。


 Lv12でも活躍できる可能性があり、150でも戦力になれない事もある。

 高ければ高いほど責任が伴い、しがらみや足枷が増えて、却って身動きが取り辛いって事もある。

 だから、レベルが高ければ良いってゲームじゃないし、寧ろ低い方が割り切って楽しめるとさえ思えてしまう。


 それはきっと、このゲームが精神医療の要素を兼ねている事と無関係じゃないだろう。

 弱者でも戦える、貢献できるって事を教えようとしているのかもしれない。


 それはある意味、健全ではある。

 でもゲームとしての魅力には欠けると判定されるだろう。


 正直、あんまり認めたくない事ではあるけど……ゲームは強者が弱者をいたぶる事を快感として捉えるのを前提としている一面がある。

 レベルを上げて、力を付けて、圧倒的な火力で敵を蹂躙する事に爽快感を得るユーザーは多い。

 俺だって、その気持ちは良くわかる。


 オンラインゲームや対人となれば、尚更その面が強調される。

 マウントを取る事を娯楽としている人は多い。

 ゲームには、そういう人達の欲望を満たし快楽を提供するという楽しみ方が用意されていて、それがメインコンテンツとさえ言える。


 ゲームの魅力は『弱い者いじめ』。

 そう限定する事は決して出来ないし、そんなのは認める訳にはいかないけど、柱の一つにそういう要素が含まれている事を否定も出来ない。


 ゲームは自分が主人公になる遊びだ。

 自分が強くなって、その強さを実感する事に喜びを抱くのは当然だし、実感を得るには自分より弱い者を倒すしかない。

 圧倒的な差で倒すほど、強さはより際立っていき――――弱い者イジメ=娯楽の構図が完成する。


 そんなの、認めたくはない。

 だけど真実だ。

 この世からイジメやマウント合戦がなくならないのは、それを娯楽で、楽しいと感じる人がいるからだ。


 だから、時折思う。

 ゲームを好きな自分は、もしかしたら……とんでもなく醜い心の持ち主なんじゃないかって。


 でも、俺がゲームを楽しいと思う理由は、敵を蹂躙できるからだけじゃない。

 美しいグラフィックに目を奪われ、綺麗で切ないBGMに酔いしれ、二転三転するストーリーに心を躍らせ、個性的なキャラクター達を愛でる。

 俺がRPGを最も好んでいるのはきっと、『蹂躙』の要素もありつつ、蹂躙以外の要素も強めにあるからなんだろう。


 新しく覚えた強力な魔法で敵を一掃したい。

 ギリギリの戦いでボスに勝利したい。


 どっちも本音で、どっちも俺にとって娯楽だ。


 けど――――後者よりも前者を好んでいる人、前者しか興味のない人にとって、裏アカデミは魅力的なゲームとは言えないだろう。

 最高レベルであってもマウントが取れず、圧勝は絶対に出来ない。

 そういうゲームデザインの時点で、少なくない数のゲームファンを弾いている。


 そう考えると、ゲームは娯楽じゃないという終夜父の考えと、裏アカデミのゲームデザインは一致している。

 俺は一体、いつまでこのゲームを楽しめるんだろう……そんな不安が出てくるくらいに。


 でも、焦っても仕方ない。

 今は兎に角、色んな事を待つ時期だ。

 来週からは夏休みに入るし。


 つっても、星野尾さんとの仕事が入ってるから、遊べる時間は今とそんなに変わらないかも。

 一応、東京の本社に行く事が決まってるから、ちょっとした旅行が出来るのは確定してるけど……


 流石に水流の家に押しかけるのは非常識だよな。

 非常識か。

 んー……でもなー……


 お、SIGNか。

 こういう時って、頭の中に思い浮かべてた相手からのSIGNが偶然届いたりするんだよな……って本当に水流だよマジか!

 


『先輩、ちょっといい?』


『大丈夫。どした?』



 久し振りとか余計な言葉は一切使わず、ちょっとだけ砕けた感じを出して話しやすくする。

 いつの間にか、SIGNにも慣れてきたな。

 ちょっと前まで来未以外とは殆どしてなかったのに。



『私の事は気にしないで、アカデミ進めて良いよ』


 

 ……これは、どう解釈すれば良いんだ?


 ドクターストップがかかった?

 それとも、自分の意志でアカデミをやめようとしている?

 そこまでじゃなくても、当分は無理だからこれ以上待たなくて良いって事?

 

 ダメだ。

 悪い方にしか考えが向かない。

 こういうのが、バイアスが掛かってるって言うんだろう。


 例え水流の意思がどうあれ、俺が負の感情を出しちゃダメだ。

 道化になっても言い。

 ここは努めて明るく、だ。


『何言ってんの』『まだまだ消化してないオーダーが沢山あるから、今そっちで必死!』


 だから気にするな――――とは送れない。

 送れば気にする。

 こっちは全然待てる、って事実だけを明朗に送り続けてやる。


『でも来週から夏休みだよ』『休みの間に進めたいでしょ?』


『店の事とか知り合いの手伝いとかでスケジュール埋まってるんでさあ』『休みって言うほど休めないのですよ』


『先輩テンションおかしくない?』


 うん、おかしい。

 自覚はあります。


『私ね』『多分、復帰できないと思う』


 ……やっぱり、そういう話になるのか。

 想定はしていたけど、それでもキツい。


 でも、水流だってこんな話をしたくてしてる訳じゃない筈だ。

 俺がクヨクヨしてたって仕方ない。

 水流にとって何が一番良いのか、それだけをシンプルに考えよう。


『わかった』『復帰できなくていい』『俺達も待たない』


『うん』『そうして』


『ただし一つ、知らせたい事がある』


『何?』


『俺は水流がいなくても、あのゲームをそこそこ楽しめる』『でも水流がいたらもっと楽しめる自信がある』

 

 水流がいないと楽しめない――――なんて言えない。

 言えば、優しいあの子は無理して復帰しようとするかもしれない。

 でも、水流がいなくても問題ない、なんて嘘はつけない。


 これは、俺の我儘。

 水流の居場所をなくしたくない。


『どうして?』


 ……どうしてと言われても、なんて答えりゃ良いんだ?

 そりゃ、ずっと一緒にやって来た仲間だから……だけじゃ理由になってないか。


 だったら――――


『好きだから』


 ……。


 …………。


『エルテプリムが』


 ヘタれちゃった。


 いやでも仕方ないよな!

 この状況で弱味につけ込むような告白とか出来ないって!

 あーでも『エルテプリムが』を打ち込む10秒くらいはマジで緊張した。


 でも緊張は解けてない。

 水流がなんて返してくるか……


『私はシーラそんな好きじゃない』


 あっ、怒ってる。

 いや拗ねてる?

 わかんない、どっちだ。


『でも嬉しい』『ずっと大事にしてきたキャラだから』


『アカデミ始める前から?』


『うん』『こういうキャラを作ってみたい、みたいなのは子供の頃からあって』『他にも何人かいるけど、エルテが一番好き』


『そっか』『いつでも歓迎するから』『好きな時にエルテに会いに来てよ』


『何それ』『エルテは先輩のじゃないし』『私のだし』


 これは……良い傾向だろうか?

 わからないけど、エルテへの愛着を水流から感じるのは、きっと良い事なんだと思う。


『先輩がそこまで言うなら、もう少し粘ってみようかな』


『そうしてみて』『でも無理は絶対ダメ』『キツいと思ったら、いつでも俺に言って』


『ゲーム以外の事でも良い?』


『もちろん』『もうただのゲーム仲間って感じじゃないし』


『じゃ、何?』


 ……あ、しまった。


『私と先輩って何?』


『先輩と後輩』


『は?』『好きって言ったくせに』


『エルテプリムがね』


『ふーん』『私はシーラ好きじゃないから』『片想い決定ね』


『嫌な設定作っちゃったな』


『ざまー』


 ……水流、結構元気になった気がする。

 恥ずかしい思いしたけど、踏み込んで良かった。


『せんぱい、ありがとう』『気が楽になった』


『そう言って貰えると俺も嬉しい』


『あんまり長くスマホいじってると怒られるから』『今日はここまでにするね』


『わかった』


『またね』


『またな』



 ……ふぅー。


 今日の俺、結構攻めたよな?

 水流の負担にならないよう配慮しながらだけど、まあまあ良い感じだった気がする。

 ……気がするってだけかも知れないけど。


 ギブアップ宣言された時はどうしようかと思ったけど、思い留まってくれて良かった。

 裏アカデミや俺が水流の負担になってるとしたら、良くないのかもしれないけど……



 それでも、簡単には引き下がれない。

 自分がこんなに我儘だったなんて、初めて知った。




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