8-40

 今、二体のスライムバハムートの体内は水分がたっぷり含まれてある。

 しかも雑多な物を吸収し過ぎた所為で吸収能力が著しく低下している。

 これなら……!


「シャリオ!」


 ……くっ、聞こえてないのか?

 それとも、紅スライムバハムートをここへ誘導する最中に何かあったのか?


 ステラは既に魔力を使い果たしている。

 俺も当然、魔力なんて残っていない。

 頼れるのはシャリオだけなのに……


 こんな事なら、ステラに余力を残すようお願いしておいた方が良かったか……?

 いや、でもアオセンで破壊の限りを尽くさなかったら、スライムバハムートが吸収能力を失うほどの状況は作れなかったかもしれない。

 あれだけ無尽蔵に吸収させたからこそ、奴等にトラブルを発生させる事が出来た筈なんだ。


 それに、中途半端に残った魔力で攻撃したところで、恐らく通用しない。

 天使のシャリオに最後を任せた判断は、絶対に間違ってない筈だ。


 俺に出来るのは、大声で呼びかける事くらい。

 ここで喉を壊したって構わない。


「ステラ、耳塞いで」


「え? あ、うん」


 ありったけの空気を吸う。

 まだアオセンで生じた砂塵が舞っているから身体に悪い事この上ないが、そんなの気にしてられない。


 どんな感情を乗せれば、声を絞り尽くせるのか。

 怒りか?

 苛立ちか?


 違う。


 情念だ。

 一つ二つの感情じゃない。

 あらゆる全ての抑圧された心の内を引きずり出して、それを声にしろ。


 沸け。

 もっとだ。


 そして――――吠えろ!



「シャリオーーーーーーーー!! デカい見せ場用意するっつっただろーーーーーーーーっ!!」


 

 そんな己の全てを吐き出すような、俺の叫声は――――



「そんなに叫ばなくても聞こえてる」



 ……真後ろにいたシャリオに、一応届いた。


「なっ……なんでここにいるんだよ! っていうか何時の間に……?」


「アイリスを安全地帯に下ろしたかったのが一つ。もう一つは、それ」


 正直、一人で勝手に熱くなって見当違いな大声出したさっきの自分がかなり恥ずかしいんだけど、今や恥じている暇も余裕もない。

 パワードバズーカとアイリスを下ろし、シャリオが指差したのは――――DGバズーカだった。


「はい」


「ありがとう」


 無表情でステラからバズーカを受け取ったシャリオは、それを担いだまま宙に浮く。

 そして、一言――――



「私の見せ場、ちゃんと見てて」



 そう言い残し、凄まじい勢いで上空へと飛んで行った。

 その時点で既に人間離れしているのはわかる。

 この戦いの後、彼女が人間にとってどういう存在になるのかを懸念するくらいに。


「……今更だが、驚いた」


 随分長い間空中遊泳を強制されていたアイリスは、露骨に顔色が悪い。

 ある意味、一番キツい戦いを強いられていたのは彼女かもしれない。


「本当、そうだよな。シャリオが天使だって未だに未だにピンと来てなかったけど、今のスピードでようやく凄さが認識できたっていうか」


「極寒の植え付けだな」


「へ?」


「そうではないという意味だ。あのシャリオの言葉とは到底思えない」


 ……ああ、さっきのか。

 確かに『ちゃんと見てて』なんて言うようなタイプじゃなかったよな。


「正体隠してたくらいだし、本当の性格も隠してたんじゃないか? あれが素なんだろ」


「私はついさっきまでずっと一緒に空中にいたが、何一つ以前のシャリオと変わっていなかったのだが……」


「だったら、イーターとの戦いで昂揚してるのかもな」


 そういうタイプとも思えなかったけど、意外と熱い一面もあるのかもしれない。


「それに、俺に正体を明かして以降、なんとなく言動が柔和になった気もするし、肩の荷が下りたような心持ちなんじゃないか?」


「だろうか……どうも、それだけとは思えないんだが……」


 釈然としない様子で、アイリスは空中のシャリオを眺めている。

 長らく連れ添っていた相棒の変化に戸惑っているんだろう。

 俺だって、突然リズが毅然とした態度になったら焦るしな。


「撃つみたい」


 ステラのその一言とほぼ同時に、豆粒くらいの大きさになっていた上空のシャリオの周囲に、凄まじい魔力が集まった。

 これは……とんでもないな。

 さっきのステラのアオセンすら遥かに凌駕する魔法だと、一目でわかるくらいの……圧倒的威圧感。


「もしかして、あれなら小細工なしでも仕留められたんじゃ……」


「無理。通常のスライムバハムートには魔法そのものが効かないから」


 勿論わかっている。

 それでも、そう思わずにはいられないほど、DGバズーカで増幅したシャリオの魔力は凄まじかった。


「あれは……究極の氷系魔法【フェンリル】か……?」


「違う。更に上」


 アイリスの言葉を否定したステラは、今にも放たれる寸前の魔法をじっと長めながら、何処か寂しそうな眼差しで静かに答えた。


「文献でしか知らないけど、あれは多分、人智を超えた世界樹魔法……【初級】【中級】【上級】【頂級】の更に上、【天級】の氷系魔法」


 そんなのがあるのか。

 魔法には全く詳しくないから全然凄さがわからない。

 この場にエルテがいたら、きっと興奮していたんだろうな。


「名称は【コキュートス】」


 その瞬間、シャリオの周囲を覆っていた魔力が収束し――――地響きが起こった。


 目を逸らしてもいないし瞬きもしていないのに、何が起こったのか一瞬把握できなかった。

 でもすぐに気付く。

 周囲の木々は大半がアオセンで吹き飛び、見晴らしは良くなっていたからだ。


 氷山が出来ていた。

 あの一瞬で、スライムバハムートがいた場所に、巨大な氷の山が立っていた。

 あの一角を全部凍らせたのか、それとも巨大な氷の塊を上空から落としたのかはわからないが……氷山の中にスライムバハムートの姿が薄っすら映っているのはわかる。


 そして一切身動きは取れていない。

 完全に氷漬けだ。


「これは、ちょっと洒落にならないな……」


 アイリスが冷や汗交じりに呟いたように、確かにこれはちょっと……強過ぎる。

 DGバズーカで威力を増幅させているとはいえ……あの魔法で城ごと凍らせる事も出来そうだ。

 天使ってこんなに強いんだな……


 幸い、目の前で圧倒的な力を目撃したものの、恐怖心は沸いてこない。

 自分でも少し驚いているけど、俺の中でシャリオに対する仲間意識は相当強くなっているみたいだ。

 勿論、彼女に対してだけじゃない。


「全く、頼れる相棒だ」


 アイリスにも。


「彼女には色々話を聞いてみたい」


 ステラにも。

 そしてこの場にはいない、今回共に戦ったみんなにも。

 同様に、強い仲間意識が芽生えている。


 そう思った瞬間に、ようやく芽生えてきた。

 勝ったんだって実感が。 

 俺達は――――やったんだ。


「勝った……終わった……」


 安堵で思わずその場にへたり込んでしまう。

 別に大した事はしてないから、肉体的には全然疲れてないんだけど、精神的にはもうヘロヘロのフラフラだ。


 でも勝った。

 勝てば何でも良い。


「まだ終わってない。しっかりしろリーダー」


「そう。行方不明になってる連中を探さないと」


 ……あ、そうだった!

 仲間意識が芽生えたとか心の中で言っておきながら、なんて薄情な……我ながらこれは酷い。

 ブロウ達を見つけたら謝っておこう、向こうは何の事やらわからないだろうけど。


「シャリオが皆の位置を特定できるから、下りてくるのを待とう。それに活躍を褒めないとな」


「噂をすれば、だ」


 アイリスの言うように、遥か上空にいたシャリオが少しずつ大きくなっている。

 最初の一言、なんて言ってやろうかな。

 あの氷山、どういう射出方法で作り出したのかも知りた――――



 ……?



 何だあれは。


 どうして――――



 氷山から、スライムバハムートの顔が露見しているんだ?


 

 完全に全身が氷漬けになっていた筈。

 さっき確認したんだ、間違いない。


 まさか……終わっていないのか?

 あの氷の中で、まだ動けたっていうのか?

 生きてやがるのか?


 マズい。

 マズいマズいマズいマズいマズいマズい!


 顔だけが露出した状態だ。

 翼は使えないだろうし、突然ここまで攻めて来る事は出来ない。

 でも奴には、顔さえあれば俺達を消し炭に出来る攻撃がある!


 逃げろと叫べ……いやダメだ、全然間に合わない。

 もう奴の大きな口からブレスが――――アルティメフィアの光が溢れ出している。


 刹那移動だ!

 二人の服を掴んで、三人まとめてここから転移すれば助かる――――


 ……!

 ダメだ、使えない。

 魔力空っぽの今の俺には使えないんだ……クソっ!


 回避は不可能。

 出来るのはしゃがむくらいだが、恐らくそうしたところで躱せはしない。

 奴の頭の位置からここに向かって放たれるブレスには、どうしたって角度が付く。


 それでも伏せるくらいしか出来る事はない。

 もう叫んでる暇もない。

 掴んでいる二人の服を引っ張って、強引に地面へ叩き付ける!


「――――」


 ……それすらも間に合わないのか。


 光はもう、目の前にあった。



 ――――これに包まれた時、俺達の生涯は終わる。



 なんて呆気ない。

 でも、こんなものかもしれない。

 元々、死と隣合わせの戦いだったんだから。


 最後に一言すら残せず逝くなんて、考えもしなかった。


 ブロウやメリクたちは無事だっただろうか。

 せめて奴等には生き残って貰って、シャリオを中心に頑張ってトドメを刺して欲しい。

 そうすれば、一応は名誉の戦死、英雄扱いして貰えるだろう。


 でも、そんな事を望んでた訳じゃない。

 みんなで生きて帰って、みんなで一緒に勝利の喜びを分かち合いたかった。

 

 無念だ。


 せめて刹那移動さえ使えていれ――――ば――――


 

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