8-33
チャンスは一度。
そして、仮に俺達が完璧に狙い通り事を運べたとしても、スライムバハムートが魅了に耐性を持っていたら希望は潰える。
リスクの割に分の悪い賭けだ。
他に何か画期的なアイディアがあるのなら、誰でも良い、今からでも良い、是非出してくれ。
「こちらは準備万端だ。いつでもいける」
……そんな願いも虚しく、アイリスはもう腹を括っていた。
俺はというと、不思議な事に命を失う怖さはなく、アイリスが犠牲になる事、ブロウ達が俺を受け止め損ねて落ち込む事を心配していた。
こんなのは偽善だ。
誰だって自分が一番可愛いし、自分が一番生き延びたい筈じゃないか。
例外は自分の子供くらいだろう。
頭ではそんな偽悪的な理性が喚いている。
自分にしか聞こえない心の声でカッコ付けるな、良い奴ぶるなと。
でも、まあ……
「了解。行こう」
俺が生き残るより、アイリスや他の面々が主戦力であり続ける方が、この戦いにおいて重要なのは間違いない。
いつからだろう。
このスライムバハムート戦いを、まるで司令官のような立ち位置で挑むようになったのは。
俺はあくまでも別働隊のリーダー。
明らかに自意識過剰、勘違い野郎も甚だしい。
なまじ、刹那移動なんて使えるものだから、自分が有能で役に立つ存在だって意識が芽生えていたのかもしれない。
でも、こっちにも言い分はある。
「頼みますシーラ君、アイリスさん。お二人が頼りです」
「しっかりキャッチしてあげるから、後の事は心配しないで思いっきり跳んじゃいなね」
「…………信じています」
こんなにも周りが煽てて来るから、勘違いしても仕方ないだろう?
低レベルの実証実験士だろうと、人生経験の浅い若造だろうと、絶対に成功させなきゃいけない、倒さなきゃいけないって責任を感じるのも無理ないだろ?
「任せろ」
良いんだよ勘違いで。
その方がずっと集中できる。
自分は無力だから無理だって現実を噛みしめるより、自分はやれるって思い込む方が、確実に良い精神状態で臨める。
俺はやれる。
そうやって、今日まで生き残ってきた。
今日だって、そうやって立ち向かっていけた。
「……」
敢えて何も書かなかったエルテに一つ頷き、アイリスの肩に手を置いて――――刹那移動を使用した。
次の瞬間、視界は劇的に変わる。
足場のない場所へのワープは心臓に悪い。
浮遊感も何もなく、ただ足場が一瞬で消えるだけだから、平衡感覚も何もかも一瞬でグチャグチャになる。
「アイリス!!」
経験のないアイリスなら、尚更混乱するだろう。
だから喉が剥がれ落ちるくらい大声で叫んだ。
「……っ!」
それが奏功したのかどうかはわからない。
ただ、アイリスは俺の咆哮とほぼ同時に、振りかぶってスイートハートカッターを投じた。
目の前のスライムバハムートの半透明な身体に向かって。
跳んだのは頭頂部付近。
落下しながらの投擲でも十分間に合うくらいの巨躯だ。
何処にカッターが刺さったのかはわからないが――――届いたのは間違いない。
落下しながら、アイリスは拳を突き上げていた。
大した度胸だよ、本当。
効果がどうなのかは、落下している今は確認しようもない。
効いたら身体がピンクになる、みたいな変化があれば良いんだけど、生憎そういう効果はなさそうだ。
「……ぐっ!」
落下の空気抵抗だろう、全身がバラバラになりそうな感覚に陥った。
既にリズの星屑は解除済みで、真下には森林地帯が広がるのみ。
この状況で、俺達の位置を正確に把握し、キャッチするのは至難の業だろう。
「――――」
ほぼ同じ速度で落下しているアイリスが、何かを叫んだ。
声が置き去りにされるのか、耳鳴りの所為か、何も聞こえない。
というか、口を開けて大丈夫なのか?
「く い は な い」
……一瞬、そう聞こえた気がした。
空耳かもしれない。
唇の動きを見る余裕もないし、多分俺の脳が勝手にそうであって欲しいと願っただけの、希望的観測――――願望だ。
でもきっと、俺の心を反映した声でもあるんだろう。
同じ気持ちだ。
例えこのまま地面に叩き付けられバラバラになったとしても、悔いはない。
強い仲間と共闘して、作戦立案に実行に獅子奮迅の活躍……って程じゃないけど、奮闘くらいの表現なら許されるだろ?
俺の実証実験士としてのキャリアを考えたら、こんな見せ場は神様のギフトとしか思えない。
親父は、厳格とは程遠い元実証実験士だった。
母さんは、真面目だけど決して厳しくはない、どちらかいうと甘い元研究者だった。
育ててくれた二人には感謝してもしきれない。
実家の酒場を継げないのは申し訳ないけど、自分と同じ職業に就いた俺に何処か嬉しそうにしていた親父の顔は、親孝行できた証のように思えて少しだけ誇らしかった。
妹がきっと今より繁盛させてくれるだろう。
残念ながら、実証実験士としての才能がなかったのは、親父譲りだった。
単純な身体の強さ、世界樹魔法の適性、各種武器を操る器用さ、実験用の武具やアイテムの性質を即座に把握する理解力、欠陥や問題点を見抜く洞察力……何も持っていなかった。
きっと、アポロンやソウザには俺自身が気付いていないような迷惑も沢山かけていただろう。
アポロンは敵のような立場になってしまったけど、感謝は忘れていない。
また会えたら、拳でそれを伝えたかったけど……
不思議だ。
仲間の事は信じているのに、大丈夫だと思っているのに、走馬燈のように思い出が溢れ出てくる。
魂が死を予感して……受け入れているんだろうか。
この世界に来てからも、色んな事があった。
最初は、俺をここへ導いたフィーナが突然戦闘不能になっていたんだった。
ヴァイパーなんかにやられるなんて信じられなかったけど、この世界の奴はバケモノだった。
今でも当時の絶望感は容易に思い出せる。
……?
そうだ。
あの時フィーナは確かに戦闘不能だった。
俺も直後に同じ目に遭った。
『新たに世界樹を生み出す為に、私は多くの実証実験士をこの世界樹内に招いたのです』
彼女はその為に、俺をこの世界へ誘った。
全ては計画的に事を進めていた筈。
だったら……なんで簡単にヴァイパーに倒されていたんだ?
そして俺は、どうして助かったんだっけ?
これだけ過去の映像が鮮明に再生されているのに、全然蘇ってこない。
あの時、俺とフィーナはどうやって一命を取り留めたんだ?
ダメだ、記憶が全くない。
冗談じゃない。
まだこの戦いにケリが付いてない上に走馬燈まで中途半端じゃ、とても誇らしい人生でしたなんて言えねーだろ!
「ア……ア……ア……アア……アアア……ア!!」
言葉にも言語にもならない声で、居場所を伝える。
伝わる訳もないのに。
俺はここだ、ここにいるぞとエルテに向かって叫ぶ。
頼む。
俺を――――見つけてくれ。
「大丈夫。わかってるから」
……え?
今のは……何だ?
聞いた事ない筈なのに、聞き覚えのある声。
聞こえる筈がないのに、幾らでも反芻できるくらい頭に……心に染みわたった言葉。
次の瞬間、感覚が麻痺して意識が急速に遠のいた。
何だこれは……と思いながら、視界内の動きが急激に変化していくのを感じた。
同時に、全身が柔らかい何かで包まれていく。
風だ。
普段感じるような爽やかな風じゃない。
嵐の時に外へ出たような、圧倒的な力。
それでいて、何処か別の世界へ運んでくれそうな――――不思議な力。
「……!」
また視界が一気に変わる。
今度は状況の把握は容易だった。
背の高い木の葉や枝が身体を啄んでくる。
痛いなんて感じる間もなく、軽い衝突音が連続で耳を劈き、やがて――――
「よいしょお!!」
そんな掛け声と共に、背中が焼けるような熱さを帯び、絶えず変化し続けた視界が止まった。
……生きてる……のか?
「シーラちゃん! 大丈夫!? アタシがわかる!?」
「あ、ああ……わかるよ。受け止めてくれたんだな、エメラルヴィ」
つい呼び捨てにしてしまった。
心の中では常にそうだったから、放心状態の今、そのまま言葉にしてしまったのは仕方ない。
「アラ、名前呼んでくれたの初めてじゃない?」
「いや、それは……どうだったっけ」
仮にそうだとしても、酷くどうでもいい事だ――――とは言えない。
命の恩人に。
というか…
「それよりアイリスは!?」
「そっちはブロウちゃんに任せてあるから大丈夫。エルテプリムの風魔法でしっかり落下速度抑えられたから問題ないハズよ」
そうだ。
確かにあれはエルテの魔法だった。
予定通りとは言え、プレッシャーもあっただろうけど完璧にやってくれたんだな。
「立てる?」
「うん。なんか身体も感覚も訳わかんなくなってるけど……大丈夫」
正直強がりだけど、休憩なんてしてる余裕はない。
一刻も早くアイリスの安否確認もしておきたいけど、それ以上にしておかないといけないのは……
「カッターは間違いなく刺さった。スライムバハムートの様子はどうなってる?」
「……わからない。今の所、魅了されているような挙動はないわね」
マジか……あんな壮大なスケールの無駄骨ありかよ。
結論を出すには早い段階かもしれないけど、手遅れになったら今度こそあのブレスで全滅だ。
早急に次の手を考えないと――――
「キュアアアアアアアアアアアアアアァァァォォォオオオオオオオオオ!!」
……!?
今の声は何だ!?
新手のイーターか!?
それともスライムバハムートの鳴き声なのか!?
「間違いないわ。魅了が効いたのよ」
「え? なんで?」
「アタシにはわかるわ。あれは……発情期特有の、劣情を催した時に出す声よ」
エメラルビィの見解に信じていいのかどうか判断に迷ったその直後。
新たな異変が起こった。
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