7-47

 自分をどれほど客観視出来ているかはわからないけど、一応ある程度は出来ていると仮定して――――俺は多分、平均的な高校生より家族と長く接していると思う。

 反抗期がなかった事も影響してるんだろう。

 それは、母さんと血が繋がっていないのも少なからず影響していると思う。


 今でこそ、母さんは母さんであってそれ以外あり得ないけど、小学校高学年から中学生の頃は自分なりに悩んでいたし、接し方に悪戦苦闘はしていた。

 結果的に、それが『遠慮』という形で出たから、反抗期は起こりようがなかった。

 多分、母さんはその事に気付いているし、それをどう思っているのかは……なんとなく想像がつく。


 でも、そういうのもひっくるめての春秋家だと、今では思える。

 そして、俺の表情の件も含め厄介な問題をそれなりに抱えているこの家を纏めてきた親父を、こっそり尊敬している。

 軽蔑もしてるけど。


 そんな俺だから、親父が真剣な時の声と真剣風味な時の声はなんとなく区別が付く。

 今は前者だ。


「君がどうして、ここまでウチのカフェに協力してくれているのか……その理由がどうあれ、春秋家は全員、君を歓迎している。感謝もしている。だから、君にはこの輪の中にいて欲しい」


 当然だけど、親父も俺と同じ疑念を抱いていたらしい。

 沈もうとしている船にどうして乗り込もうとするのか。

 彼女が一般人ならまだ良いけど、ローカルメインとはいえ芸能人なんだから、下手に関わってネットなんかでネタにされるのは本意じゃないだろう。

 

「でも、星野尾は何やってもバズれない人だから、今回みたいな事だと、きっと邪魔になる……」


 ずっと強気だった星野尾さんが、今日はやけに弱気な理由――――それが今、垣間見えた気がした。

 そして同時に、彼女の本質も。


「来未にはもう、話してるんだけど……星野尾、いろんな事をしてきたけど、その全部で一度も大成功した事、ない」


 それは……言われるまでもなく知ってた。

  

 読モ、アイドル、女優、声優、登山家、動画投稿者、あと……架空の人物、クリエイティブクリエイター、ゲーム評論家その他。

 全部は覚えきれなかったけど、確か16種類の職業を兼任し続けているんだっけ。

 それは裏を返せば、一つの職業で顕著な結果が出てないのを意味する。


 例えば2、3種類の職業を兼任する人はよくいるし、その全てで目を見張る結果を残している人も稀にいる。

 でも、ここまで多いと……本人には言えないけど、しがみついている感が強い。

 結果を出せないのに離職せず肩書きだけ残している、みたいな。


 今の星野尾さんの発言で、確信が持ててしまった。


 それでも、俺も、そして多分来未や両親も、彼女を胡散臭いと思った事はない。

 変な人とは思っても、無気味とか、怪しいとか、そんな負の要素を感じはしなかった。


 そしてそれは、不思議でもなんでもない。

 星野尾さんが、不器用だけど良い子だからだ。

 出来る女アピールとか、元気の押し売りとか、そういうふうに感じてもおかしくないのに、彼女の前向きさは全然鼻につく事はなく、それどころか応援したくなるような泥臭さを感じていた。


 ……もうちょっとその長所を活かせば、どれかの職業で成功してた気もするんだけど。

 サポートに恵まれなかったのか、本人が自分の長所を短所だと勘違いしているのか……どっちもかな、多分。


「星野尾は何でも出来るね、凄いねって言われたくて……自分もそう思いたくて、色々やってみたけど、どれもダメで……う、裏ではバカにされてるのも知ってて……悔しくて……見返したくて、何か一つでも凄いって思われたくて……頑張ったねとかじゃなくて、凄いねって……」


 溢れてくる言葉は、彼女の涙そのものだと思った。

 実際、これだけの職種で取り敢えず形になるくらいのところまでは行けてるんだ、物事をこなす能力には長けているんだろう。

 でも、本人の理想と能力とが噛み合わない。


「だから……今回の事も、星野尾の力でこのカフェをバズらせて話題になればいいな、それが出来たら星野尾が評価されるって……それだけで首突っ込んで……自分の為だけで……ごめんなさい」


 謝罪の言葉は、小声で何度も繰り返された。

 動機は決して想像の範囲を超えてはいなかったけど、そこまで思い詰めているなんて夢にも思わなかった。

 もっと軽くてサッパリした性格だと思ってたのに。


 でも、わかる。

 自分の中の劣等感を他人に見せたくないその気持ち、痛いほどわかる。

 俺も……



『君がいなくなった辛さを、悲しみを、痛みを、誰にも悟られたくないんだ』



 ……?


 今、何か頭の中に映ったような……何だったんだ?


「何を謝る必要があろうか。なあ深海?」


 ……っと、今はそれどころじゃない。


「そうだよ。何を隠そう、俺も自分の為だけにカフェの存続を願ってるよ。だってカフェ潰れたらゲーム買えなくなるからね。まだまだコンシューマ主義だから基本無料のゲームに現を抜かす気もないし」


 カフェが潰れて生活が苦しくなれば、ゲームを買う余裕なんてなくなるし、進学だって大変だ。

 アルバイトに時間を費やせば、余計ゲーム三昧の生活からは遠ざかる。

 完全に自分の都合だ。


「私も同じ! だから星野尾ちゃん、そんなに思い詰めないでってば。誰も星野尾ちゃんを不発弾とか思ってないから!」


 あ、なんかグサって刺さった。

 星野尾さん痛そう……言葉のナイフって時々物理攻撃の殺傷力超えるよな。


「不発弾……ふふ……なんて星野尾に相応しい二つ名……そうよ! 星野尾は起爆剤になれない女! 炎上しても全部プチ! 話題になってもせいぜい数十分! 次のトレンドワードが出て来たらもうおしまい! それが星野尾流!」


 あーあ、自棄になっちゃった。


 来未をジト目で睨んだら、引きつった笑みが返ってきた。

 あいつなりに本気で励まそうとしたんだけど、言葉のチョイスを思いっきり間違えたんだろうな。

 中二病患者って不発弾好きだから……


「でも今は、友達とその家族のために頑張りたい。それが新しい星野尾流」


「星野尾ちゃん……ありがと。ありがとねー」


 最終的には、別にこの一連の独白なくても良かったんじゃねと言いたくなるような、無難な所に着地したけど……ま、いいか。

 星野尾さんの抱えていた葛藤がわかった。

 それは大事なことだ。


「俺が今進めてる計画は二つ。一つは、声優の朱宮宗三郎さんと協力して、レトロゲーを題材にしているゲームの特典をウチで配布するって話が進んでる。これはもうみんな知ってる奴ね」


 既に親父の耳にも入れて、正式に契約を交わしている話だから、当然来未や星野尾さんも知っているだろう。

 特にこれってリアクションもない。


 でも――――


「もう一つは、rain君……rain先生に宣伝漫画を描いて貰って、ウチのアカウントに投稿する予定」


「え゛!?」


 これには来未が真っ先に食いついた。

 何処から出したんだ今の声。


「兄ーに今なんて言った!? 漫画!? イラストじゃなくて漫画なの!? あーーーーーーっ! 今朝のアレもしかしてrain先生のネーム嘘ヤダ保存してて大丈夫なやつ!?」 


 興奮するとは睨んでいたけど、興奮どころか混乱してるな。

 こっちとしても嬉しい反応だ。

 ネット上でも、彼女のファンから同じような反応を貰える自信が付いた。


「深海……もしかしてプロデューサーの才能あるんじゃない?」


「ないない」


 母さんはたまに俺に甘い。

 来未にはもっと甘いけど。


「一応、今朝送ったネームに対する反応は後でrain先生に知らせておく。それでネームが変わるかも」


「えーーーっ! 誰かダメ出ししたの!? 最悪! rain先生にダメ出しとかあり得ないし! 誰!?」


「……」


 母さんはたまに都合の悪い事はスルーする。

 そういう小賢しい所は昔から嫌いじゃない。


「俺の宣伝活動は以上。じゃ、次は二人の番だ」


「フフン、中々やるじゃない春秋深海。来未の兄貴だけはあるってところね。でも! 星野尾達の壮大な計画の前では――――」


「負けだよ」


「来未!? どしたの!? さっきの星野尾の打ち明け話で勝利フラグ立ってるのに!?」


 あれ勝利フラグだったの?

 それはどうだろう……


「だってrain先生、Fortuneのイラストにまで呼ばれるくらいになったし……これからもっと人気出るよ? そんな人の初めての漫画を載せるとか……絶対勝てないし……」


「なんで笑いながら心が折れてるの!?」


 まあ、来未にしてみれば嬉しいだろな。

 自分の店のアカウントで自分の好きなイラストレーターが初めて漫画を掲載するんだから。

 人生最高の瞬間まである。


「仕方ないなあ……なら来未に変わって星野尾が報告するから!」


 さっきまでの悲壮感は何処へやら、すっかりいつもの強気に戻ってる。

 それくらい自信があるのかもしれない。


「来未兄にはもう教えてたけど、今星野尾達はとあるゲーム内でこのカフェを宣伝する計画を立ててるの」


 ……教えて貰ったっけ?


「なんでピンと来てないのよ! 教えてあげたじゃないちゃんと!」


 あー……んー……なんかそんな事言われたような気がしないでもないような……自分の計画の事で頭がいっぱいだったから、正直あんま覚えてないかも。


「まー良いでしょう。だったら、あらためて驚きなさい! そして腰抜かしなさい! 星野尾達が今コンタクトを取ってるゲーム会社の名前は――――」


 ゲーム会社?

 まさか有名なメーカーとのコラボを実現させるってのか?

 だったら、確かに俺の計画にも引けを取らないくらいの大きなプロジェクトだ


 一体どんな……



「クリティックルよ!」



 ……知らん!


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