7-36
以前、rain君にウチのカフェのマスコットキャラをデザインして貰った事があった。
最初のキャラはフィーナに似ていたから反射的にダメ出ししちゃって、次に来未をモチーフにしたキャラをデザインして貰った。
rain君には許可を得ているから、そのキャラを商業展開する事はいつでも出来る。
で、よりインパクトのある出し方で最大限の宣伝効果を狙おうとした結果……朱宮さんにイメージボイスを担当して貰おうというアイディアを出してみた。
けど来未に猛反発を受けて、その後良い代案が出ないまま別のプロジェクトの話が出て、そっちをメインにする方向で話が進んで行ったから、折角のマスコットキャラが宙に浮いた状態になっていたんだ。
あの時は朱宮さんの声を活かしたいって事情があったけど、朱宮さんは今、会沢社長の企画に奔走しているし、無理にマスコットキャラと関連させる必要はない。
だったら悩む事なく、rain君のデザインしたキャラって部分を全面的に出して、早々に宣伝や商業展開を始めるべきだ。
勿論、会沢社長の企画までの繋ぎ……なんて失礼な気持ちは一切ない。
寧ろ、LAGにとってはこっちが本命。
某ホビーショップのマスコットキャラクターはアニメ化まで果たしてるし、上手くバズればそれだけで大手チェーン店に対抗出来るだけのポテンシャルはある。
とはいえ……ウチにはプロのイラストレーターへ定期的にイラストを頼めるだけの財力はない。
まして、rain先生は凄まじい量の仕事をこなしている売れっ子。
スケジュール的に、まず仕事の依頼を受けて貰えるかどうかすら怪しい。
お、返事来た。
相変わらず早い。
『今ちょっと忙しい時期なんだよー』『どんな内容か教えて』
う……この感じだと厳しそうだ。
本来、ウチみたいな田舎の零細カフェが売れっ子イラストレーターに仕事頼むなんて身の程知らずも良いとこだよな……
でもここで遠慮してたら何も始まらない。
不躾だと思われたって良い。
別に俺は良い奴じゃないんだ、良い奴と思われようとするな。
『実は今週末、ウチの近くに大手のチェーン系カフェがオープンするんです』『キャライズカフェってわかります?』
『もちろん知ってる』『ってか、その辺の事情はアケさんから聞いてる』『でも今週末だったかー』
流石朱宮さん、もう話通してたのか。
なら説明は不要だな。
『それに対抗する為に、rain君の力を借りたいんです』『マンガを書いて貰えませんか?』
『マンガ?』『イラストじゃなくて?』
『はい、マンガです』
思い付いたのは今日。
でも、ヒントは昨日の朱宮さんとの会話の中にあった。
ソウザとブロウ。
二つの顔を使い分けている朱宮さん。
そこでピンと来た。
二刀流という可能性に。
rain君の経歴の中に、マンガはなかった。
つまり商業マンガを書いた経験はない。
生粋のイラストレーターだ。
だったら……もしrain君がウチのカフェの宣伝用のマンガを書いて二刀流デビューを果たそうものなら、彼女のファンはもちろん、業界関係者が騒然とするんじゃないかって。
普通に考えたら、イラストレーターにマンガを依頼するのは畑違いだ。
絵を描けるからと言って、マンガを描けるとは限らない。
かなり無礼な依頼かもしれない。
でも、描いた事がないからと言って、描けないと決め付けるのも失礼な話だ。
描けるかもしれないじゃないか。
本人に聞いてみないと、実際のところはわからない。
担任の教師がラブコメを好きなんて、夢にも思わなかった。
まして、それがきっかけになって来未に羨ましがられるなんて、誰が想像するだろうか。
ウチに来るようお願いしたからこそ、起こり得た事象だ。
だったら、頼んでみる価値はある。
『ウチのカフェじゃキャライズカフェにはとても太刀打ち出来ないって自虐ネタのマンガを書いて欲しいんです』『出来ればrain君だと明かさずに公開したいです』
迷いはなかった。
朱宮さんは俺のプレノートを高く評価してくれていたけど、これが大勢の人達への求心力にならないのは火を見るよりも明らか。
大多数の目に留まるとすれば、このヤバい現状をそのまま反映した自虐しかない。
それを表現するのなら、イラストじゃなくマンガ。
その可能性に賭けたい。
いつも即レスのrain君が、返事を迷っている。
当然だ。
仮に彼女がいつか商業マンガを描く気でいたとしても、それは今じゃないだろうし、ましてLAGが初めてに相応しい顧客な訳がない。
だから、メリットを提示しないといけない。
例えば『この依頼をマンガの練習台にしてくれればいい』とか、『反響がなかったら名前を出さなくても良い』とか。
rain君の名前を出さずに公開するのは、これらのメリットの為だ。
rain君の絵柄は癖が強い訳じゃないけど、全体的にスタイリッシュでカジュアルというか、彼女の絵だとすぐわかるくらいの個性がある。
敢えて名前を出さなくても、ファンならrain君の絵だとすぐわかるだろう。
当然、最初はrain君の絵柄をパクってると疑われるだろうけど、彼女の画力まで簡単にコピー出来ないのは素人でもわかる。
恐らく早々に『これ本人じゃね?』って意見が主流になる筈。
無名のカフェのアカウントに、いきなりrain君の絵とそっくりな漫画が投稿されるインパクトとギャップ。
本物が描いたかどうかの議論から生まれる熱。
これらが上手く噛み合って原動力になれば、バズる可能性はある。
大手の店が人気イラストレーターに依頼してイラストを描いて貰うのなら、ごく普通にあり得る事。
でも無名のカフェが商業マンガ未経験の人気イラストレーターにマンガを描いて貰うなんて、まずあり得ない。
だから議論は白熱するし、不特定多数の人達に関心を持って貰える。
そこまで行ければ、かなりの確率で大反響を呼べる。
これが、俺なりに死力を尽くして絞り出したアイディアだ。
さて、どう切り出すか――――
『賭けだね』『ボクにとっても、キミにとっても』
それを考える前に返事が来た。
しかも、俺の狙いをあっという間に見抜いたっぽい。
この鋭さも売れっ子の凄味なのかもしれない。
『はい、賭けです』『どうすれば、rain君からデザインして貰ったキャラを最大限に活かせるかずっと考えてました』『これがベストかどうかはわかりませんけど、跳ねた時の反響は大きいと思います』
『ボク、マンガ描いた事ないから、名前を明かさなかったら気付かれないかも』
『気付かれます』『絶対』
この点に関しては、かなり自信がある。
きっと本人だってある筈だ。
その自信がないのなら、彼女は今の地位にはいない。
『一応これでも仕事たくさんもらって来たから、ボクを知ってる人は結構いる』『最初から明かせば、それなりの人を集められると思う』『それを放棄してでも、仕掛けを打ちたいんだね?』
『はい』
『ボクがマンガを描けないって言ったら?』
『トライしてくれると信じて依頼しました』
ちょっと卑怯かもしれないけど、こっちとしてはこう言うしかない。
描いて貰って、それで本人が納得しないようなら、こっちはもう潔く諦める。
当然、そうなっても料金は満額支払うつもりだ。
『あーもーズルいよ』『面白そうな上にプライド刺激してくるじゃーん』
面白そうと思ってくれたのか。
これは……好感触なのか?
『マンガは何ページの予定?』
『お願いしたいのは3ページです』
『まーwhisperに投稿するならそれくらいがベストだよね』
お?
これって……
『実はね、あのキャラ自分でもお気に入りなんだ』『ここだけの話、寝る前に頭の中で動かしてたくらい』『だから、もしマンガを描くならあのキャラかも、って思ってた』
これってつまり――――
『最初に言っておくけど、本当に初めてだからクオリティには期待しないでよ?』
『受けてくれるんですか?』
『最近煮詰まってたから、刺激が欲しかったんだよね』『締切りは他の案件優先だけど、それでいいなら』『あと報酬はちゃんともらうよ』
『もちろん!』『やっらー!』
……あ、余りの嬉しさに幼児退行を起こしてしまった。
『何やっらーって』『おっかしー』
ツッコまれたけど全然構わない。
報酬は……マンガ原稿3ページ分の相場って幾らくらいなんだろ。
マンガ描いた事ないのならrain君も知らなそうだし……後で調べてみるか。
『ありがとうございます』
『や、仕事もらったのこっちだし』『しかもマンガデビュー笑』『わーなんか緊張してきた』『悪巧みしてるみたい』
正直、受けて貰える気はしていた。
rain君ってこういうノリ好きそうだし。
でも実際に受けて貰えるって決まると、こっちまで緊張してくるな。
『後で正式な依頼書をメールで送りますんで』『その返信で報酬を支払う口座を教えて下さい』
『うい』『オープンは週末だっけ』『取り敢えず間に合うよう頑張ってみる』
おお、そこまで考慮してくれるのか。
初めての仕事だから予定通りに行くとは限らないだろうけど、それでもrain君なら何とかしてくれそうな期待感はある。
『最後に確認だけど』『本当は』『名前出さないのって、万が一反響がなかった時の保険だよね?』
『まさか』『雨に傷は付きませんよ』
『上手いこと言われた!』『おやすみ』
ふぅ……なんとか良い方向でまとまって良かった。
なんかすっごい疲れたけど、ゲームやる気力残ってるかな……
ま、残ってるんだけどね。
デザートとゲームは別腹。
さ、今日もあの世界に入り浸りますか――――
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