7-20

 アイリッスという何とも微妙な呼ばれ方をしたアイリスだけど、パフォーマンスは派手だった。

 彼女が用いた武器は、カッターという刃物型のブーメラン。

 投擲用の武器で、勿論敵に当たればその時点で手元には戻ってこない為、一撃必殺の必要がある。


 カッターの特性は、鋭く曲がる軌道を描く事。

 投擲の際にかなりの回転がかかるため、大きなカーブを描きつつ敵に接近していく。


 尤も、それだけなら大した脅威にはならないが、カッターは形状によっては空気抵抗の影響でかなり不規則に動く。

 中には小刻みに揺れながら宙を舞うカッターもあり、投擲された相手には武器が分身したように見えるという。

 避け難さにおいて、これに勝る武器はない。


 そして、アイリスが今回使用しているカッターの名称は【スイートハートカッター】。

 投げるとピンク色に発光し、ハート状に軌道を描く……という、前の二人の比じゃないくらい恥ずかしい演出だ。


「この武器にはテンプテーション効果があるから、魅了に耐性のないイーターだったら一発でハートブレイクショットよ!」


 何を言っているのかよくわからないけどハイテンションなお姫様とは対照的に、アイリスの目は死んでいる。

 彼女、こういうのを喜々としてやるタイプじゃなさそうだしな……いや全員そうだけど。


「覇気のない顔ね、アイリッス。まだ恥ずかしがってるの? このスイートハートカッターは物凄く避け難い武器だけど、軌道が複雑だから精度が課題。だからこそ一番の実力者と見込んで貴女に担当して貰ってるのよ? もっと意気に感じて!」


「そ……そうだな。私とした事が、表面上の滑稽さについ心が折れそうになったが、確かにこの武器は強力だ。私でなければ使いこなせまい。号泣の翌日。恥ずかしいという意味だが」


 例えのキレが悪過ぎる。

 どうにか自分を奮い立たせようとしてはいるけど、流石に心がついていけてないな。


 そして最後の一人、シャリオは――――


「さあ出番よシャリオッツ!」  


 最早『ッ』を付けたいが為の呼称でしかなくなっているけど、いちいち指摘してたらキリがない。

 シャリオッツと呼ばれた可哀想なシャリオは、それでも無表情で……というか前髪で目が見えないから表情自体が把握し辛いんだけど、とにかくいつも通りの様相で細かいギザギザが付いた短めの剣を振り上げた。


 あれは『マチェット』という武器で、鉈の一種らしい。

 かなり禍々しい武器で、さっきまでの華やかさから一変、猟奇的な雰囲気が漂う。


「その【オーロラマチェット】は、私達リッズシェアが永遠の存在である証。シャリオッツ、見事使いこなしてみせなさい!」


「……御意」

 

 静かな闘志を言葉に乗せて、シャリオはオーロラマチェットを一閃した。

 刀身を縦に振り下ろした瞬間、彼女の周囲に美しく巨大な極光が現れる。


 赤、緑、水色、ピンク……次々に色が変わり、そして揺らめいている。

 さしずめ、天の羽衣といったところだ。


「この衣は、イーターの三半規管を狂わせて、平衡感覚を奪うの。ただし衣に触れさせないといけないから、直接剣を叩き込む必要があるのだけれども」


「危険ですね。しかも成功する保証はないんでしょう?」


「ええ。まだ実証実験前の段階だから」


 そう言いながらも、リッピィア王女の声は自信に満ち溢れていた。


「はい、一旦終了! みんな集まって! 早く私の傍に集まって! あ、シャリオは暫く休んでて。今動くのはキツいでしょ?」


 確かに、シャリオは膝に手を当てて俯いたまま動けずにいる。

 肩で息をしているし、相当消耗しているらしい。


 他の三人も、明らかに疲労困憊だ。

 全員踊りながら武器による攻撃を繰り出すというレッスンを行ってる訳で、そりゃ相当疲れる。


「どう? シーラ。私達リッズシェアのコンセプトは見えたんじゃないの?」


「ええ……恐らくですけど」


 原理はわからない。

 でも、これらの強力な武器を使う為には、踊らないといけない理由があるんだろう。

 すなわち――――


「貴女達が使っている武器は明らかに魔法を宿した物。特定の複雑な動きをする事で、それが魔法陣のように武器の魔力を増幅させている。戦場でダンスを踊りながら武器の効果を向上させて戦う集団……それがリッズシェアなんですね!」


「全っ然違う!」


 でしょうね、適当に言っただけだし。


「本当は全然わからないんで説明して下さい」


「最初からそう言いなさいよね、全く……ま、いいでしょう。リッズシェアは究極の支援グループ。私達は、勇敢にイーターと戦う実証実験士達を歌と踊りと支援効果で助ける為に結成されたの!」


「……え、あの踊りって武器に作用するんじゃなくて、普通に見ている人を楽しませるだけのものなんですか?」


「当ったり前じゃない! ダンスは万国共通、老若男女問わずあらゆる人を感動させる万能の娯楽。勿論、歌もね。今回みたいに他国の実証実験士とチームを組んで戦う事を想定して始めたプロジェクトだったけど、思ったより早くそれが実現しちゃって正直仕上がりに焦りまくってるのが今の私の偽らざる心境。いやあああああ! もう全っ然時間ないいいいい! どうしよおおおおう!?」


 お姫様は急に発狂してしまった。

 随分長い現実逃避だったな……


 ともかく主旨は理解した。

 リッピィア王女の立ち上げたグループ、女神同盟リッズシェアとは、イーターの様々な感覚を奪いつつ、味方を鼓舞する為に日々訓練しているらしい。

 ただし、各武器がイーターに通じるかどうかは未知数で、ダンスも未完成、歌に至っては着手すら出来ていない、と。


「これまさか、ぶっつけ本番でやるんですか? もし失敗したら足枷どころか大戦犯になりかねないと思うんですけど」


「幾らなんでもそれは無理。最低でもイーターに効果があるか検証しないと」


 良かった。

 なんだかんだで非常識って訳じゃないんだよな、この王女。


「踊りながら戦うのって、実は理に適ってるのよ。ダンスのステップって基本、次に動く為の予備動作を兼ねてるから、体重移動の観点では戦闘に通じるところがあるでしょ?」


「そうなんですか……?」


「そうなの! だから、この子達はレッスンを通して戦闘力も強化してるのよ。イーター相手にも活躍出来るくらい、立派な舞闘士に私が導いてあげるの!」


 どこまで本当で、どこまで本気なのかわからないけど……リッピィア王女が目指している事は、どうにか理解出来た。

 となると問題は、実証実験をいつやるかだ。

 もしリズ達が持っているこれらの武器が役立たずだったら、そもそも支援にならない。


「そういう訳で大至急、イーター相手に通用するかどうか試して来て! この子達はこれから最後の追い込みやるから、シーラ。あとそこのシーラの仲間の男、二人でやってきて。実験やってきて!」


「ようやく視界に入れて貰えましたね。光栄です」


 苦笑しつつ、ブロウは早々に了解の意を示した。


 そんなに安請け合いして良いのか?

 ほぼ無敵のイーター相手に実験するのがいかに命懸けか、俺はこれまで何度も体験してきたからよく知ってる。

 とても二つ返事は出来ない。


「その緊急オーダー、受けるには条件があります」


「何でも言って。こう見えて私ってば王女だから、結構権限あるのよ?」


「なら、ルルドの聖水を最低八つ支給して下さい」


 刹那移動でイーターの近くに飛び、イーター相手に武器を使用し、効果の有無を確認したら直ぐに刹那移動で逃げる。

 これを四種類、四回繰り返す事で最大限の安全確保が可能だ。

 勿論、これでも命懸けなのは変わらないけど。

 

「一度のオーダーで聖水八つは破格だけど、今回は特別。私の名前を出してフィーナに頼んで――――」


 そこまで口にしたところで、リッピィア王女は顔をしかめた。


「……あの子はもういないんだった。えっと、ならステラに頼んでみて。あの子はアイテムの管理者じゃないけど、担当は把握してる筈よ」


「了解しました」


「あと、ついでに四階に行ってヴィルテュにここへ来るよう言っておいて」


「ヴィルテュ?」


 何処かで聞いたような名前……


「音楽魔法の研究者よ。歌うように喋る吟遊詩人っぽい研究者、会った事ない?」


「ああ……面識あります」


 確か職能適性テストを受ける時、作曲の実証実験でお世話になったんだ。

 ……思い出したくない記憶だけど。


「あ、あの方をここに呼ぶんですか? まさか、あの方の指導を……?」


『エルテは残酷な所業だとここに筆圧強く記すわ』


 リズもエルテも良い思い出がないらしく、露骨に拒否反応を示している。

 俺も同感だ。


「わかりました、話しておきます」


 でも俺がレッスンを受ける訳じゃないから、特に嫌がる理由はない。

 女性陣二人から濁った目で睨まれたけど、俺の所為じゃないんだから逆恨みはやめて欲しい。


「行こうか。時間が惜しい」


「ああ。それじゃみんな、練習頑張って」


 恨み節代わりの視線を振り切って、ブロウと一緒に特別実験室を出る。

 ここは四階だから、先にヴィルテュに伝えに行こう。


「リッピィア王女、相当焦ってたね」


 普段の声とは少し違う、シリアスな声色。

 さっきもそうだった。

 ブロウは王女の様子から何かを察したらしい。


「普通なら時期尚早と判断して、出陣を見送る筈。でも、決起集会に出席したばかりのアイリス達を招集してまで強引に仕上げようとしている」


「……今回の討伐戦が、それだけ特別って事か」


 俺の見解に、ブロウは歩きながらゆっくり頷いた。


「或いは、最終決戦かもしれない。人類にとって」


「今回の戦いでもイーターを一体すら倒せないようなら……」


「もう打つ手なし。オルトロス、或いは陛下がそう判断したのかもしれないね」


 あの決起集会では、そこまで切羽詰まった様子はなかった。

 でも、ビルドレット国王が最後まで討伐隊に参加する意志を示していたっていうガーディアルさんの話が本当なら、それくらい決死の覚悟があるのかもしれない。


「少し緊張してきたよ」


 俺とは違い、実際に討伐隊に加わるブロウの重圧が、こっちにも伝わってくる。


「……ブロウ。お前は他の討伐隊の連中と一緒にいろ。実験は俺だけでやる」


「いやでも、王女は僕も指名して……」


「実験は別にお前じゃないとダメって訳じゃない。でも、万が一の事があったら肝心の討伐隊の戦力が落ちる。それは困る」


 勿論、実験も重要だ。

 だからこそリッピィア王女はブロウを指名した。

 でも、更に重要なのは万全の態勢でイーター討伐に臨む事だ。


「刹那移動を既に知られていて、協力してくれそうな人に心当たりがある。こっちは心配するな」


「シーラ……済まない。ここは甘えさせて貰う」


 やっぱり、万が一の負傷を気にしていたか。

 随分ピリついてたもんな。


 ロリババアの事しか考えていないようで、ちゃんと全体を見渡しているのがブロウ。

 討伐隊の中心人物の一人としての責任感で随分と参っているんだろう。


「ヴィルテュさんには僕が伝えておく。君は聖水の確保を」


「わかった」


 廊下で拳を合わせ、別れる。

 最近、ブロウとも、他の二人とも行動を共にしていないな。

 

 それでも、何故かラボとしての……【モラトリアム】としての絆は深まっている気がしないでもない。

 俺の独りよがりな解釈じゃなければ、だけど。


 さて、実証実験士の本分、実験のお時間だ。

 果たして彼女は首を縦に振ってくれるかどうか――――


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