7-12

「……ん?」


 なんとなく気恥ずかしい心持ちを切り替えるつもりでスマホを見た瞬間、目が完全に覚めた。

 画面に映るSIGNの通知ポップアップに一瞬、緊張が走る。

 頭の中を過ぎった候補者の数人、全員に対して身構える理由があったからだ。


 そして、実際にメッセージをくれたのは、その中でも特に会話に困る人物だった。



『例のクラウドファンディングについての事なんだけど』『一度話をしたいから空いてる時間を教えて貰えるかい?』


  

 ……さて、どうしたものか。


 朱宮さんが信頼に足る人物なのは間違いない。

 声優として既に確固たる地位を築いている人だし。

 でも、俺の中にある『朱宮さん=ソウザ=ブロウ』っていう疑惑が、どうしても自然な会話を妨げてしまいそうな気がしてならない。


 一旦冷静に考えてみよう。

 朱宮さんの下の名前『宗三郎』と、俺がゲーム内で出会った二人『ソウザ』『ブロウ』の名前が偶々被った。

 そんな偶然が果たしてあり得るだろうか?


 ……まあ、ないよな普通に考えて。

 宗三郎って名前がまずレアだし、この短期間で出会った数少ないPCの中の二人とそのレアネームが被るなんて、偶然で片付けるのは無理があり過ぎる。

 どう考えてもあり得ない。


 朱宮さんはソウザでありブロウ。

 そう断定しても良いと思う。


 問題は、その意図だ。

 それぞれ違うPCで俺に接近した理由は?


 彼は俺が書いたプレノートを欲していた。

 ゲーム内で借りを作って、それをネタにして強引に取引を持ちかける……とか?


 いや、社会的立場のある人が流石にそんな子供じみた事はしないだろう。

 幾らなんでも、俺のプレノートにそこまでの価値はない。


 朱宮さんがソウザって名前でアカデミック・ファンタジアを遊んでいた際に俺と接触したのは、多分偶然だ。

 レトロゲーム愛好者である彼が、レトロゲームのミュージアムの管理人をやっている俺に興味を抱くのはあり得るけど、あの時点でアカデミ内のPC(シーラ)を俺だと特定出来る材料は何もない筈。


 その後、俺はそのままシーラとして、朱宮さんはブロウという別のPCで裏アカデミに参加し、偶然ゲーム内で出会う。

 そして現実ではレトロゲーム愛好家として、ウチのカフェを訪れた……か。


 この辺りは偶然でも説明は付く。

 一体何人のプレイヤーが裏アカデミに招かれたのかは不明だけど、少なくとも表のアカデミをプレイしていた人の中から選別されたのは間違いないだろうし、人数の極めて少ない裏アカデミ内で俺と出会うのは何もおかしくない。

 ウチのカフェも一応はレトロゲーマニアの間でちょっとは知られた存在だから、俺=シーラだと知らなくても来訪した事に矛盾は生じない。


 つまり、朱宮さんが特に何の意図もなく偶々俺と縁があっただけと解釈しても、そこまでは不自然じゃないし、逆に何か意図があって近付いて来たとしても不思議じゃない。

 どっちもあり得る。


 なら話は早い。



『今日は木曜で店が忙しいので、夜の9時からしか空いてません』『明日以降は7時から大丈夫です』


 

 俺がシーラだって事に気が付いているかどうか、気付いているのならどうやって特定したのか……それは正直気になるけど、関係を断絶するほどの事じゃない。

 よって経過観察。

 これまで通りに接しつつ、向こうの出方を待つ――――これしかない。


 正直、彼が何か悪意をもって俺に近付いたとはどうしても思えない。

 レトロゲー好きに悪い奴はいないしな。

 でも一応、最低限の警戒だけは怠らないようにしよう。



『ならお疲れのところ悪いけど、今日の9時半から空けておいて欲しい』


『了解です』『そちらのスケジュールは大丈夫なんですか?』


『問題ないよ』『それじゃ学校頑張って!』



 最後に激励のスタンプが届いた。

 ふー……なんか朝からえらく精神磨り減ったな。


 ――――と、またSIGN来た。

 今度は……rain君!?

 意外な人から来たな。



『アケさんから今日話し合いするってSIGN届きました』『ボクも混ざって良いでしょか』



 クラファンの件ってrain君にも話がいってたのか。

 断る理由は特にないけど……


『それは大丈夫ですけど』『忙しいんじゃないですか?』


『0時まではモチベーショボンタイムだから問題なしなのです』『0時過ぎてからがお仕事タイムなので』


 モチベーショボンって何……

 まあ本人がそう言うなら別にいいか。


『わかりました』『9時半から始めますけど、何時から参加できます?』


『その時間から入れます』『レトロマニアックスってグループでお願いします』『今招待しました』


 なんかヤだな、そのグループ名……

 取り敢えず参加承認、と。


『それじゃよろしくです』


『こちらこそ。ではのちほど』


 なんかもう普通に有名声優と有名イラストレーターから連絡来るようになったな。

 どうなってるんだ俺の人生。


 ……取り敢えず学校行こう。

 昨日休んだ分を取り返さないと。





 6月20日(木)21:26




 思いの他、今日は忙しかった。

 今週発売のゲームにめぼしいタイトルはなかったけど、一ヶ月前くらいに発売した『十七回廊戦線禄』ってゲームが今、口コミで広がってて人気っぽいって話をネットで見たから、事前にそれをフィーチャーするって告知したのが奏功したっぽい。

 俺はまだプレイしてないゲームだから、十七人の主人公がいるSF群像劇って事しか知らないんだけど、母さんがやたらハマって結構ガチめにメニュー考えてたんだよな。


 決して派手なヒットじゃないけど、こういう形で人気に火が点くゲームがまだあるのは素直に嬉しい。

 同時に、そういう波に乗り遅れた事が少し悔しくもある。


 裏アカデミを始めて以降、その後に出た家庭用ゲームの新作はスルーせざるを得ない状況。

 もし、俺が今も家庭用ゲームしかしていなかったら、こういうヒットが生まれた事に歓喜して、そのゲームの面白さを追求していただろうと思うと、本当に今の自分が正しい道を進んでいるのか……わからなくなってくる。

 せっかく大ヒットシリーズ以外の人気ゲームが生まれたのに、そこに飛び込んで行けない自分がもどかしい。


 ちょっと前までは、『自分が買え支えないと』みたいな奇妙な義務感が、ほんの少しとはいえあった気がする。

 それはとても痛々しい、恥ずかしい勘違いなのはわかっているけど、それでも斜陽の時代が続く家庭用ゲーム市場をなんとか維持して欲しい、この状況をひっくり返して欲しいって気持ちが強かった。

 

 今は、少し違っている気がする。

 もうMMORPGも家庭用ゲーム並かそれ以上に斜陽の時代。

 スマホゲーも濫造され過ぎて、何がヒットしていて何が面白いのかすら見えて来ない……そんな中で、俺は一体何をしてるんだろう。


 そんな気持ちが湧いてくる。


 今は良い。

 裏アカデミっていう、未だに正体の掴めないゲームに夢中になってるから。


 でも、このゲームを離れた時、俺は今度は何処へ行けば良いんだろう?

 それはずっと、俺がオンラインゲームを忌避していた理由の一つでもある。

 少しずつ、その不安が形になってやって来た気さえする。


 ゲームは娯楽。

 それが俺の唯一の信念だった筈なのに、最近はどうにもブレてる感が否めない。


 ……なんて考えてる間に、もう時間だ。

 取り敢えず一旦、この事は忘れよう。


 ウチのカフェを存続させる為にも、身を入れて話を聞かないとな。



『お疲れ様』



 朱宮さんからメッセージが届いた。

 九時半キッチリ。

 こういうところに性格が出る。


『お疲れ様です』


『おつです』


 rain君も来た。

 レトロマニアックス勢揃いだ。


『早速だけど、本題に入っていいかな』


『はい、大丈夫です』


『りょ』


 本題……クラファンに関して何か進展があったっぽいな。

 誰か良い感じの助言でもしてくれたんだろうか?


『会沢社長の事を覚えてるかな。PBWを運営している』


『はい、もちろん』


 会沢社長とは実際に会って話をしたから、当然覚えている。

 それも結構鮮烈に。

 

 PBW――――プレイバイウェブ。

 言うなればネット上でプレイするTRPG(テーブルトークRPG)。

 でも、オンラインTRPGはオンラインTRPGで別にあるから、厳密には別物だ。


 TRPGは元々アメリカで生まれたゲームで、日本で本格的に定着したのはテレビゲーム普及後。

 アナログゲームなのにデジタルゲームよりも後ってのは意外だけど、そもそもRPGって言葉が一般化したのはテレビゲーム(主にロード・ロード)の影響だから、この順番が必然だ。


 日本で製品化されたのは1980年代で、手軽に遊べる文庫版が登場した1990年前後に大きなブームを迎える。

 確か当時の人気小説、それもファンタジー小説の草分け的な作品の世界観でプレイできるTRPGが大ヒットした……だったっけ。


 その後数年でブームは沈静化して、今度は漫画をきっかけに爆発的に流行ったTCG(トレーディングカードゲーム)にアナログゲームの王座を奪われて、一気に影が薄くなった。

 それでも完全に淘汰される事はなく、地道に生き残り続けて、2010年代にはむしろ復興しているという。

 元々小説と相性良いから、人気ラノベを原作としたTRPGが多く、ラノベファンや作家も良く遊んでいるとか。


 そんなTRPGの派生的な位置付けでPBWはスタートしたんだけど、最近はPBWを原作としたTRPGも増えているらしい。

 例えるなら、スマホゲーを原作とした家庭用ゲームみたいな感じ……か?

 ちょっと違うかもしれないけど。


 何にしても、その事実はPBWの現状を良く表してる。

 本来ならTRPGを現代の形にしたのがPBWの筈なのに、前時代のTRPGの方がシェアが上……なんだろう、多分。

 それだけPBWってゲームは厳しい状況下にある。


『その会沢社長が、PBWっぽいけどちょっと違うゲームを作ってるみたいなんだ』『新しいジャンルの提唱って言ってた』『その企画を立ち上げる資金を得るためにクラウドファンディングを計画しているらしい』


 新ジャンルの提唱か、確かにあの社長ならやりかねないな。

 成功する確率は極めて低いけど、もし当てれば即パイオニア。

 ゲーム業界に革命を起こす……は言い過ぎにしても、新しい風を吹かせる事は出来る。


『その話知ってます』『正式にお仕事の依頼来ました』


『あ、そうなんだ』『なら君がメインのイラストレーターになるのかな?』


『そこまではまだわかんないです』


 PBWじゃないらしいけど、PBWっぽいというなら、イラストレーター選びはとても重要だ。

 レトロゲーとは違って、今の時代のゲームはキャラデザを誰がやるかで命運が左右される。

 そのゲームの世界観を一番わかりやすく表現する人だから、当然と言えば当然だ。


『なら話は早いね』『深海君、僕は当初、このチームでオーディオドラマを作ろうと言っていたけど』『それよりも、この新しいゲームの方が宣伝効果を得られると思うんだ』


 ……ん?


『オーディオドラマは没って事ですか?』


『そうとも言い切れないかもしれない』『ある意味、新しいゲームはオーディオドラマの要素も含んでいるからね』


 よくわからない。

 PBWっぽくてオーディオドラマっぽくもあるゲーム?


『会沢社長が作りたいと思っているゲームはね』『1980年代~1990年代にテレビゲームで遊んでいた世代をターゲットにしたコミュニケーション型のRPGなんだ』


 ますますわからなくなった俺を置いてきぼりにするかのように――――朱宮さんはグイグイ話を進めた。

 

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