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『会沢社長はやっぱり人と人との遊びに拘りたいみたいでさ』『他のプレイヤーの顔がしっかり見える上で、ギスギスするリスクがないゲームを目指しているらしい』


 朱宮さんによって伝達された会沢社長の言葉は、現代のオンラインRPGに対しての挑戦とも言える内容だった。



 1980年代~1990年代に発売されたレトロゲーはネットのない時代のゲームだから、横の繋がりは有線に限られる。

 複数人で遊ぶゲームも、同じ場所で一緒にプレイするのが前提だった。


 その後、パソコンとOSの性能が上がり、パソコンの普及に伴い価格が落ち着き、パソコンでゲームをプレイするハードルが大幅に下がった。

 更にネット環境が整備され、定額制のプランが生まれたことで、オンラインゲームのハードルも低下。

 MMORPGの隆盛へと繋がっていく。


 MMORPG全盛時は、作中若しくはゲーム内コミュニティで他ユーザーと交流を図るのが一般的だった。

 俺が今プレイしているアカデミック・ファンタジアもそうだ。


 でも、今はそういったゲームは徐々に衰退している。

 ソシャゲ、スマホゲーが市場の主役となって以降は、ゲーム自体は一人でプレイして、攻略情報の収集や交流はSNSやまとめサイト、掲示板などで行うオンラインRPGが主流だ。

 

 一つのタイトルを同時進行で数万人、数十万人が遊ぶゲームという点は同じでも、協力してクリアする感覚は薄い。

 大抵のオンラインRPGはレイドバトルなどパーティプレイ要素を幾つか導入しているけど、『設定およびデータ上でパーティバトル風にしている』って感じだ。


 これは『オンラインゲームには興味があるけど他プレイヤーとの交流は面倒だしギスギスしたくない』という要望に応えた、オンラインRPGの一つの完成形だと思う。

 要するに、俺みたいなプレイヤーに向けて作られたシステムだ。


 でも、幾ら『このレイドバトルには現在○○名が参加しています』と表示されたところで、その人達と一緒に戦いに臨んでいる感覚は全くない。

 俺がスマホゲーにいまいち興味を持てない理由の一つでもある。

 中途半端に現実が浸食してくる印象で、どうにものめり込めそうにない。


 それでも、他プレイヤーと交流する事で生じる様々なリスクを抑えられるのは大きい。

 歪んだ人物との遭遇、派閥争い、グループ内のマウント合戦やイジメ、セクハラ、モラハラ……手軽にプレイ出来る環境が整い誰でも参加出来るようになったからこそ生まれた、MMORPGが抱える闇は果てしない。



『簡単に言えば、クエストのオーダーメイドと連鎖』『クエストの参加者を募り、その参加者たちにクエストをクリアして貰うんだけど、そのクエストは一度誰かがクリアしたら他のプレイヤーはプレイ出来ない』『要するに早い者勝ちだね』


 成程、つまりこういう事か。


 例えばごくありふれたRPGの世界観として、魔王軍と人類が対立しているファンタジー世界があるとする。

 そこにはギルドがあって、ギルドでは『魔物討伐』『○○をゲットせよ』などのクエストが発注されている。

 通常、そのクエストは期間限定じゃない限り条件を満たせば誰でも受けられるんだけど、一度誰かがクリアしたクエストはその時点で全プレイヤーが受注不可になるって訳か。


 リアルではあるけど、それだけだと単に不親切なだけのような。

 報酬次第では、参加出来なかったプレイヤーからの不満が噴出するだろうし。


『クエスト報酬はお金で統一』『もちろんゲーム内のお金ね』『ただし毎回、クエスト内での行動に見合ったアイテムを全員に一つ贈る』『そこがオーダーメイド』


 ……なんと。

 それってつまり、各ユーザーの行動(戦闘や立ち回り)を運営側が監視して、その行動内容によって一人一人違う報酬を用意するって事……なのか?


『サンタさんの贈り物みたい』


 rain君の感想は的を射ていた。

 確かにそんな感じだ。

 一年間、良い子にしていた子供に対し、その子に相応しいプレゼントを贈るサンタみたいだ。


『でも、そんな事が可能なの?』


『行動判定次第だろうね』『数千人、数万人のプレイヤーの行動を詳細まで解析するのは無理だと思う』『でも敵を何人以上倒したとか、この時間帯にこの場所にいたとか、ポイントやラインを作った上で判定するのは難しくない』


 アルゴリズムにしてしまうって事か?

 それだとオーダーメイドというには少々システマティック過ぎるような。


 でも、クエストが一期一会ならそれもアリか。

 もし事前に報酬条件が確定しているなら、各プレイヤーそれに従ってプレイするだろうけど、一度しかないクエストには攻略は適用出来ない。


『例えば、クエスト中に一切何もしなかったプレイヤーにも個別報酬はあるの?』


『多分そうじゃないかな。その場合はネタアイテムになるだろうけど』


 そこは運営の腕の見せ所だろうな。

 要は、高レベルと低レベルのプレイヤーが組んだとして、低レベルのプレイヤーが足を引っ張ったり見せ場が作れなかったりしても、両方のプレイヤーが一定の満足を得る為のシステムだ。


 クエスト報酬に加え、敵を多く倒せば個別報酬が貰え、活躍出来なくても何かしらの報酬は貰える。

 その上、低レベルなりに頑張ればちょっとしたレアアイテムが得られるかもしれない。


 ギスギス要素を排除する一つの方策って訳か。


『プレイ前には自分の行動目標と指針を書ける』『あくまで目標だからその通りにしなくてもOK』『でも他のプレイヤーの参考にはなる』『クエストクリア後には参加者限定のコミュニティを用意』『一方的にメッセージを残すだけもあり、チャットもあり』『SNSとの連動も予定しているとか』

 

 ゲーム内のコミュニケーションを大事にしつつ、対話が苦手な人にも可能な限り配慮する感じっぽいな。

 その辺は、PBWでユーザーと接してきた経験を活かして色々考えるんだろう。


『大まかには、こんな感じのゲームを立ち上げる予定みたい』


 話は大体わかった。

 この計画を実現させるためにクラファンを利用するんだろう。


 でも……そこにウチのカフェが入り込む余地ってあるんだろうか?

 あと、オーディオドラマの要素があるっていうのもちょっと掴めていない。


『計画の説明はわかったけど、春秋さんのおうちのカフェとの接点が見えてこないよアケさん』


 ありがとうrain君。

 中々こっちか言えない事をサクッと言ってくれた。


『あ。ごめん』『こっちの説明をよろしくって頼まれてたからついそればっかりになっちゃった』


 ああ……わかる。

 朱宮さんも頼まれ事があるとそっちで頭がいっぱいになるタイプか。


『まずこの計画なんだけど、実は大手の企業が絡んでる』『何気に結構大きな企画になってるんだ』


 それはなんとなく予想出来た。

 口には出せないけど、会沢社長の会社――――株式会社プロムナードだけでクラファンをやっても、多分そんなに人は集まらない。

 新しいジャンルを提唱するくらいだから、相応のタッグパートナーはいるんだろう。


『やっぱり名前は出せませんか?』


『発表までは秘密なんだ』『実は僕も具体名までは聞かされていない』『rain君も知らないんじゃないかな』


『うん知らん』


 rain君、朱宮さん相手だと結構ラフに喋るな。

 レトロゲー愛好家同士、付き合いが長いのかもしれない。


 ……まさか、別の意味での付き合いがあったりして。


『で、rain君の他にも人気ラノベの作者を脚本担当に招く予定みたいで。あと音楽に関しても有名どころを起用するとか』


『その時点で会社名が割とはっきり見えたんですけど』


『言わないで』


 メディアミックスを得意としているあの会社だろう、多分。

 言わないでと言われたから言わないけど。


『クラファンを実施するに当たって、その宣伝も兼ねてゲームの世界観を表現した色んなノベルティを作るらしい』『ちょっと凝ったのだとオーディオブックとか』


 ああ、そこに繋がるのか。


『朱宮さんもそのオーディオブックに参加するって事ですね』


『その予定で調整してる』『それで、配布先の一つにラグを推薦したいんだ』


 ……ラグ?

 ああ、ウチのカフェか。

 LAG表記じゃないとピンと来ないな……自分の家なのに。


 つまり、これからクラファンを始める新企画の無料記念品をウチで配布すると。

 ただし『配布先の一つ』って事は、他にも配布する所は沢山ある訳だな。

 まあ当然だろう、ウチだけ独占ってのは幾らなんでもムシが良すぎる。


 とはいえ……


『それだと他の配布先に埋もれて注目度が薄れるんじゃない?』『出資元の大手の系列店がメインになるだろうし』


 言いたい事をいってくれてありがとうrain先生。

 他の有名店と同じ物を配布したところで、こんな田舎の無名カフェにまで来る人がそうそういるとは思えないし……


『実はね』『その企画中のゲーム、レトロゲーを題材にしているらしいんだ』


 ……なんですって?


『元々、大人数に対してのアプローチじゃないらしくてね』『お金を持っている層を狙い撃ちしたい企画らしい』『もっとはっきり言うと、アラサー、アラフォー世代向けの漫画雑誌を出版している部署がメインなんだ』


 成程。

 1980年代~1990年代にテレビゲームで遊んでいた世代をターゲットに、ってのはそういう事か。


『だから、上手く企画が通ればラグは結構重要視して貰えるかもしれない』『加えて、rain先生が描き下ろしのイラストを描いてくれれば』


 どんどん話が膨らんでいく。

 良いんだろうか……?


『元々そういう約束だし』『問題ないよ』


『深海君はどう?』


 ウチにデメリットは一切ない。

 あるとすれば、こんな美味しい話に落とし穴がないとは考え難い……っていうネガティブな思考くらいだ。


『企画自体は前から進めているみたいでさ』『発表までそう時間はかからないと思う』『それでも、数日って訳にはいかないけど』


 ウチの近所に大手のキャライズカフェがオープンするのは6月30日。

 あと10日だ。


 とはいえ、キャライズカフェがオープンした瞬間にウチが死ぬって事はない。

 数ヶ月の収益悪化の末に潰れるってのが最悪のシナリオ。

 逆に言えば、一ヶ月くらいは閑古鳥が鳴いてもギリ耐えられる。


『ありがとうございます』『この話、乗らせて頂きます』『親父が尻込みしたらケツ叩いてでも』 


『ボクもりょ』『重要なレトロゲーの資料館がなくなったら困る』『まだ欲しいレア商品いっぱいあるし』


 ……rain先生の荒い息遣いが聞こえてくるようだ。


 ともあれ、来未との勝負に端を発したカフェ奮起計画は、結構凄い事になってきた。


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