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 ソーシャル・ユーフォリアは珍しい要素を三つも持っている野心的なRPGだ。


 一つめは、登場キャラクターが総勢250人という膨大な数に上ること。

 しかも基本、一つの王城と城下町を舞台にしている物語で、街の中にいる全てのキャラがモブじゃなく、それぞれの個性と設定をしっかり与えられている。

 だから、街中にいると現在のMMORPGと近い感覚を味わえる。

 

 二つめは、主人公が二人いる事。

 複数の主人公が設けられているRPGは過去に何作品もあるけど、このゲームは魔王討伐を目指していた主人公の人間と、もう一人の主人公である魔王が裏で協力し合う……という変わった設定になっている。


 そして三つめは――――ハッピーエンドが存在しない事。

 選択肢など幾つかの分岐によってストーリーは三つ用意されているけど、その中に全員が幸せになるエンディングはない。

 これが、ソーシャル・ユーフォリアというゲームの評価を著しく下げてしまっている。


 ストーリー自体はそこまで難解じゃない。

 世界観は比較的オーソドックスなファンタジーで、人間と魔族が敵対している世界が舞台。

 人間側の主人公・ユーフォが、魔王リアに戦いを挑むところから物語は始まる。


 舞台となっているソーシャル王国は、王家じゃなく五つのギルドが実質的に支配している風変わりな国。

 世界の開拓を行う冒険者が集う『レンジャーギルド』、対魔族の戦闘に特化した戦士が集まった『ハンターギルド』、都市防衛に長けた戦士達による『タンクギルド』、魔法使いによる組織『ソーサラーギルド』、回復の担い手が一体となった『ヒーラーギルド』の五大ギルドが、民間の組織でありながらインフラやあらゆる産業を牛耳った事で、相対的な地位が王家を越えてしまった。


 国としては完全に破綻しているものの、この世界は魔族との戦争状態が長らく続いている為、優先されるのは如何に効率良く魔族と戦えるかであり、市民は完全にギルドを支持。

 王家もクーデターを起こされたら瞬殺されるのがわかっているから、大人しく形骸化している。


 ユーフォはハンターギルド所属の戦士で、群れずに一人で生きて来た青年。

 魔王との戦いにも一人で挑み、その図抜けた戦闘力と卓越した装備品、そして抜群の危機察知能力で魔王と互角に渡り合う。

 

 対する魔王は、まだ生まれて十八年しか経っていない為に戦闘技術は拙く、魔王の血筋ならではの圧倒的火力と無尽蔵の生命力で応戦。

 両者の戦いは共に決定打に欠け、戦闘期間は一ヶ月を越えた。


 勿論、その期間ずっと戦い続けるなど出来る筈もない。

 三日三晩戦い続けたのち、ユーフォは隙を見て一旦魔王から逃れ、獣を狩って栄養を補給し、見つからないよう睡眠をとる。

 彼にはそれが可能なスキルがあった。


 絶対結界〈インペリアル〉。

 自律型の結界で、術者本人の意思に関係なく術者を守り続け、しかも術者の意識がない時にはほぼ無敵と化す結界だ。


 しかもただの防壁ではなく、術者の身体と体調を常に最適の状態に復元する効能も有している。

 魔王の攻撃に長時間耐えられたのは、この結界によるところが大きい。


 一方の魔王も、消費したエネルギー『魔素』を回復する必要があり、時折戦闘から逃れた。

 この世界の魔族は魔素という物質を体内に宿していて、それを使って様々な超常現象を起こしている。


 ちなみに、この魔素は人間側も有していて、魔法のエネルギーとされるMPの正体でもある。

 つまり殆どの人間には魔族の血も流れているんだけど……これはストーリーを進めていくと明らかになる。


 それは兎も角、戦いを続けていく内に両者の間には奇妙な友情が芽生える。 

 魔王討伐を仕事としている人間と、人間を返り討ちにする使命を帯びている魔王は、お互い憎み合っている訳じゃなく、役割に従って戦っているに過ぎない。

 次第に、自分と互角に戦う好敵手に対し敬意を抱くようになり、やがて二人は同時に倒れ込み、笑顔で称え合う。


 そして、腹を割って各々の内情を語り合うようになった。


 本当は殺し合いなんてしたくない。

 人間と魔族が共生し、例え仲良くは出来なくてもそれぞれの道で平和に暮らせる方法はないか。

 同族から糾弾されず、それを実現させるにはどうすればいいか。


 結果、一つの結論を導き出す。


 ユーフォは五大ギルドを支配し、人間の代表的な存在となって、魔王討伐の全権を担うだけの権力を手に入れ、魔族と全力で戦う――――フリをする。

 魔王リアは全魔族を支配するだけの力を蓄え、その支配力をもって人類への侵攻を企て、魔王としての責務を果たす――――ように見せかける。

 勿論、お互いの情報は全て共有し、隠し事はしないようにする。


 人間と魔族の戦争を終わらせるには、人間が魔王を倒すか、魔族が人間を滅ぼすかのどちらか。

 よって戦争を終結させるのは、両陣営の悲願ではあっても、二人の意にそぐわない。

 犠牲を最小限にしつつ、それでいて人間も魔王も滅ばないよう戦争状態は維持する――――そんな壮大なヤラセを敢行する道を二人は選んだ。


 魔王の攻撃は、単に肉体を破壊するだけでなく、極端に回復を遅らせる呪い付き。

 その為、魔王と戦った人間は仮に逃げ果せても、出血が止まらず死んでしまう。

 ユーフォは絶対結界〈インペリアル〉の復元効果によって死なずに済んでいたが、常に結界を発動させていなければならない為MPの消耗も激しく、完全回復までは二年かかるという。


 そこで、その間ユーフォは自身の修行は行わず、五大ギルドを支配する為の活動に専念する事に。

 史上初、魔王と戦って生き残った人間としてソーシャル王国に帰還し、その経験を盾にまずはハンターギルドのギルドマスターになるべく根回しを始める。


 一方のリアも、ユーフォを洗脳し、彼を泳がせ人間界の様々な情報を得る事で、人類を根絶やしにする最良の道を探っている……と部下達を騙し、ユーフォが成り上がるまでの時間を稼ぐ。


 そんな物語を描いたRPGがソーシャル・ユーフォリアだ。


 ストーリーは中盤に枝分かれし、ユーフォが五大ギルドの支配に成功するもリアが部下(人間と密かに組んでいる)のクーデターによってに殺され魔王の弔い合戦となる『報復編』、魔王の血が濃くなり自我を失ったリアが魔族を率いて侵攻を開始し、僅かに残った自我でユーフォに討たれる事を望む『慈悲編』、そしてユーフォが他の人間に裏切られ、リアと合流し人類を滅亡させる『覇王編』の三つに分岐する。


 一応続編も作られるくらいの人気は得たけど、この中に『共生編』があったなら、きっと全く違う評価になっていただろう。

 それを入れなかった理由はインタビューで幾つか語られているし、この『ソーシャル・ユーフォリア 公式コンプリートガイド』にも書かれているけど、どうにも一致しない。

『理想は実現しないというシビアな世界を作りたかった』という受け答えもあれば、『悲劇性のない物語はつまらない』という返答もある。


 結局、どれが制作スタッフの本音なのかはわからない。

 もしかしたら、このゲームの制作指揮を執った終夜父と、スタッフ陣との間で意見が割れていたのかもしれない。


 ……攻略本を読み進めていく内に、ゲーム内容を少しずつ思い出してきた。

 前半は割とライトな内容で、キャラも割とコミカルな奴が多かった。

 魔王リアは人間の少女みたいな外見で、ユーフォとの関係は恋愛ではなかったものの、友情を越えた絆があった。


 それだけに、一転してシリアスになる後半のストーリー、そして何より救いのないエンディングには賛否があった。

 唯一二人が生き残る覇王編にしても、ユーフォの心は完全に壊れていて、人類を滅ぼした後に彼を待っているのは破滅としか思えず、とてもハッピーエンドとは言えない内容になっている。


 この尖ったストーリーと結末は、個性と言えば個性だろう。

 でもRPGは最後に報われる事で達成感を得られるゲーム。

 だからこそ、おつかいイベントとなど作業感のある道中にも耐えられるんであって、スッキリした最後が見られないのなら、その徒労が最後に借金みたく襲いかかってくるのは必然だ。


 俺も当時は――――


 ……当時の俺は、このゲームをどう思ったんだろう。

 そもそも、俺はいつこのゲームをプレイしたんだ?


 プレノートには、ソーシャル・ユーフォリアの記載がある。

 俺自身、プレイした記憶もある。

 でも、何時遊んだのか、そして何時このプレノートを書いたのか、その記憶が欠落している。


 プレノートの記載も、正直こんな事を書いた記憶はない。

 でもそれは、他の多くのゲームにも当てはまる。

 小学生時代にプレイしたゲームや、印象の薄いゲームの場合、自分が何をプレノートに書いたのかはハッキリ覚えていない。


 子供の頃の記憶が曖昧なのは、仕方がない事だ。

 でも俺は、そんな然したる印象のないこのソーシャル・ユーフォリアを生涯No.1のRPGとして水流に紹介した。

 ほぼ無自覚で。


 んー……ダメだ。

 攻略本とプレノートを見直したら、その理由を思い出すと思ったんだけど、全然思い当たる記憶が蘇ってこない。

 もしかして続編の方と勘違いしてるんだろうか?


 いや、それはないか

 ぶっちゃけ続編――――ソーシャル・ユーフォリア2の方は出来が良くない。

 これはしっかり記憶している。


 ……ヤバい、眠気が。

 今日はかなり疲れたからな……色々あったし。


 私服姿の水流は可愛かったな。

 それを本人に言うのは流石に照れ臭いけど、次は言わないとダメなんだよな。

 そう思うと、誘うのは勇気が要るな……


 終夜には悪い事したな。

 でもあいつにとって、今頃経験してる悪戦苦闘はきっとプラスになる。

 何目線だって自分にツッコみたくなるけど。

 

 なんか……女子の事ばっか考えてるな……


 こんな事……俺の人生では今まで一度もなかったのに……


 

 ――――本当に?



 本当に……


 今まで……こんな事は一度も……


 眠い……



『こういう関係はね、友達以上恋人未満って言うんだって』

 

  

 今……何か……


 思い出した……ような……



 ……



 …………。


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