6-41
6月17日(月)。
元々月曜ってのは決して良い朝じゃないんだけど、今日は特に憂鬱に感じる。
これから三日間、裏アカデミをプレイしないと決めたからだ。
ステラを目覚めさせる為の用意に三日かかるからといって、プレイ自体を中断する必要はない。
他の事、例えば受けていないオーダーを受けたり、城内を散策し回ったり、普段行かない場所に行ってみたり、やれる事は色々ある。
ただ、なんとなくだけど――――もし俺がシーラの立場だったら、その三日は何もやる気がしないっていうか、他の事に手を出す気になれないと思うんだ。
だから敢えてログインしない。
我ながら難儀なプレイスタイルだけど、そうすると決めた。
この決意をチャットで終夜達に伝えてみたけど、リアクションはゼロ。
ゲーム内でアイドルとしての活動を始める準備中の終夜と水流はそれどころじゃなかったんだろうけど、ブロウまで無反応だったのはちょっと悲しかった。
まあ、単純に中の人が忙しいだけかもしれないから仕方ない。
さて……裏アカデミにログインしない三日間をどうやって過ごすか。
単にログインしないだけじゃなく、ゲーム自体に関与しないようにするつもりだから、キリウスの検索もしない。
あれから終夜父の動きもないみたいだし……
やっぱりこの機会に、カフェの一件について煮詰めるのが良いかな。
何か画期的なアイディアが閃かないかと昨日裏アカデミをプレイしてみたけど、結局何も思い浮かばなかったし。
そう都合良く浮かんでくるようじゃ苦労はしないよな。
取り敢えず、一旦状況を整理してみるか。
ノートに今までの経緯を書いて、考えを纏めよう。
俺は今、朱宮さんと組んで来未&星野尾さんと勝負の真っ直中。
プレノートを使ってウチのカフェをより繁盛させる方法を思いついた方が勝ち。
向こうの組は『とあるゲームの中でこのカフェを大々的に宣伝する』って方法を思いついたらしい。
……ん?
とあるゲームって……裏アカデミの事じゃないか?
星野尾さん、テイル役で参加してるし。
あいつら、裏アカデミでLAGの宣伝をする気なのか?
いやいや……どう考えても無駄だろ。
まだテスト段階のゲームだし、そもそも俺達以外のプレイヤーも滅多に見かけないのに。
ようやく見つけたかと思ったアイリスも、スタッフが動かしてるNPCの可能性が濃厚だし。
……来未達、他に何か言ってたっけ?
思い出せ。
記憶力は正直自信ないけど、ゲームが関わる話なら頭の片隅に残ってる筈だ。
確か――――
『そのゲームはね、近い将来全世界に向けて発表されるのが決まってて、そうなったら確実にバズるの!』
そうそう、星野尾さんがこんな事を言ってたな。
だとしたら、裏アカデミの存在は近々大々的に発表されるのかもしれない。
でも、俺がプレイしている限りでは、まだあのゲームは表舞台には持って行けないと思う。
NPCをスタッフが動かすって発想は面白いけど、数人のスタッフでNPC全員を回すのは無理だし、人件費を考えたら現実的とは言えない。
いや……そうでもないのか?
ゲームの稼働時間を限定すれば。
ネトゲは二四時間いつでもプレイ出来るのが強みと言えば強みだけど、今はコンビニさえ二四時間営業を止めようかって時代。
特定の時間帯のみログイン出来る仕様なら、その時間帯だけスタッフがNPCを操作すればいい。
八時間くらいなら或いは――――
……うーん、でもやっぱり現実的じゃないよな。
今時のMMORPGがどれだけのアクティブユーザーを想定しているのかは知らないけど、少なくとも万単位ではある筈。
それだけの数のプレイヤーをNPCとして相手にするってのは、普通に考えたら無理だ。
それに、時差の問題もある。
日本だけを対象にするなら、夕方の一七時から夜中の一時くらいまでを稼働時間帯にすればいいけど、そうすると他の国だと深夜や学校・会社に行ってる時間帯になってしまう。
今時、日本限定でネトゲをリリースするなんて自殺行為だ。
……なんか考えが取っ散らかってきたな。
俺がゲームスタッフや責任者の心配をするなんて烏滸がましいし、来未達の狙いを考えたって仕方ないし、こっちが何をやるかに議題を絞ろう。
俺と朱宮さんで、プレノートを使ってLAGに何が出来るか。
どうやればゲームカフェを盛り上げられるか。
今、俺達には大きな武器がある。
rain君がデザインしてくれた看板娘だ。
有名イラストレーターが一から作ってくれたキャラなんだから、上手く宣伝すれば必ず話題になるし、集客に繋げられる術がある筈。
俺の方でも色々考えてみたけど……どれも実現出来そうになかった。
そして昨日、朱宮さんからクラウドファンディングを使ってオーディオドラマを作ってみないかと提案を頂いた。
……と。
ここまでが今までの進捗だな。
問題はこの――――クラウドファンディングって奴だ。
昨日は朱宮さんに信用してるって話したし、実際朱宮さんを疑う理由なんて何もないんだけど、正直クラウドファンディングってシステムには懐疑的だ。
俺なりに今朝、クラウドファンディングについて調べてみたけど……玉石混淆って感じなんだよな。
驚くほどメジャーなタイトルやゲーム会社が利用しているかと思えば、落書きみたいな絵で『このキャラを動かしてみたい』っていう謎の自信に満ちたプロジェクトもある。
詐欺行為に及ぶような事は出来ない仕組みになってると思うけど、まだまだ未成熟の分野って感じだ。
そんなところに足を踏み入れて、カフェの評判を悪化させやしないか――――って懸念がまず一つ。
同時に、声優・朱宮宗三郎やイラストレーター・rainの名前に傷を付けてしまわないかって恐怖も一つ。
そして俺自身、全て人任せのプロジェクトで他人から大金を募る事への後ろめたい気持ちというか、どうしても罪悪感を抱いてしまう。
他のオーディオドラマやドラマCDのクラウドファンディングを見てみたけど、少なくとも数十万、プロジェクトによっては数百万を目標額にしている。
そんな金額、とてもじゃないけど扱えない。
そりゃ朱宮さんやrain君の名前を出せば、ファンの人が当然注目するし、ディープな人達ならお金も出すだろうけどさ……
クラウドファンディングってのは、ふるさと納税とよく似てる気がする。
当初は寄付をする見返りにその地方の特産品を貰えるってシステムだったけど、今や特産品かどうかもわからない、求心力重視の返礼品が沢山用意されている。
アニメ関連グッズを返礼品にして、年間数億円の寄付金をゲットしている地方もある。
クラウドファンディングは寄付募集じゃなく資金調達だから、そこの違いはあるんだろうけど、金額に『厚意』が上乗せされている点は同じだ。
そして、その厚意をどう解釈するかによって、印象は大きく変わってくる。
要するに『出資者のファン心理を巧みに利用して余分な金を取るセコい商売』と受け取るか、『出資者が自分の意思で出しているんだからフィフティ・フィフティ』と受け取るか。
俺は消費者の立場だからなのか、貧乏性の所為なのか、どうにも後者はしっくり来ない。
かといって、他に良いアイディアが浮かぶような感じもない。
自分の感覚を優先して折角の朱宮さんの申し出を断るのは、家族に対する裏切りになるんじゃないか――――折角の好機を俺のワガママで潰すだけなんじゃないかって気もする。
正解がわからない。
一体どうすれば――――
「こら春秋。授業中に何書いてるんだお前」
「痛っ」
しまった。
考え事に夢中で教師の接近に気付かなかった。
今は……数学か。
「すいません、実家の昨日の売上を計算してたら予想以上にヤバくて、クラウドファンディングでもしないとダメかもとか考えてました」
「……確かカフェか何かだったな。このご時世大変なのはわかるが、今は授業に集中しなさい」
「はい」
数学の教師は、数字に関する事を言っておけば許される――――なんて単純な話じゃないけど、数字にまつわるシビアな話をすると甘い傾向は確実にある。
それが幸いした。
我ながら良い切り返しが出来たと自画自賛したいくらいの対応だったな。
……数字か。
クラウドファンディングの怖いところがもう一つ。
リアルタイムで出資額が表示されるとこだ。
万が一、大した金額が集まらなかったら、朱宮さんやrain君が『あまり金を集められない人達』と見なされてしまう。
それは彼等の今後の活動に少なからず影響してしまうだろう。
これもクラウドファンディングに踏み出せない理由だ。
あーもうダメだダメだ!
こんなネガティブ思考ばっかじゃ話が進まない、っていうか話にならない。
踏み出せない理由じゃなく、踏み出せる為に必要な事を考えよう。
俺はどうすれば納得出来るんだ――――
「最近、学校の近くで不審者が目撃されてまーす。寄り道しないで帰るようにねー」
……もう放課後かよ。
ポジティブな事を考えた途端、思考停止に陥ってしまった。
まるで何も浮かんでこない。
結局のところ、俺は自分が何も出来ていない事にモヤモヤしてるんだと思う。
何か一つでも自分のアイディアが反映されて、それが機能しているのなら、出資される事に対してここまで臆病にならずに済むし、目標額に達する自信にも繋がる。
要はそこだよな……
オーディオドラマ。
オーディオドラマか……
多分俺自身、この手のアイテムを購入した事がないからピンと来てないってところもある。
オーディオドラマを軽視してる訳じゃないけど、もっとゲーム好きに興味を持たれそうな商品の方が良いと思うんだよな。
だとしたら――――俺は何だったら金を出したいと思うだろうか?
朱宮さんとrain君を活かしつつ、ゲームマニアの心を擽るような商品……
くそ、あと少しなんだ。
何か良い感じのアイディアが閃きそうな気がするんだけど――――
「春秋君。春秋君ってば。春秋きゅーん」
……ん?
「うわっ! なんですか先生」
いつの間に目の前に担任が……ああ吃驚した……
「さっきから何回も呼んでるのに全然返事しないじゃないですか。ラブコメの主人公じゃないんですから、ちゃんと人の話は聞くようにねー」
「は、はあ。あの、用件は……」
「これから君は職員室に来るのです」
「……へ?」
ずっと優等生で通してきた俺にとって、担任自らの職員室連行はちょっとしたホラーだった。
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