6-40

『ステラはね、この世界と世界樹を破壊する為にいるんだよ――――』



 以前、ステラが言っていた言葉をふと思い出す。

 直後に『あれはキャラ作りの為の嘘』と言っていたけど……


 もしそれが本当だとしたら?

 

 狭間の地にいたアスガルドや、彼の言っていた『世界樹を預かりし【九幹】』とやらと敵対している存在と考えて間違いない。

 それどころか、元々は世界樹の支配者の一人で、世界樹の失策を誘導した犯人の可能性すらある。

 確率が高いとは言えないけど……


 ともあれ、俺が今助けようとしているのは、そういう人物だ。

 それは頭に入れておきたい。


 ……昔、自分でも不思議なくらいゲームのキャラに感情移入した事があったっけ。

 小学生になる前後の時期だったと思う。


 ゲームのタイトルやキャラの名前は――――覚えていない。

 それくらい子供だった頃の事だ。

 ただ、四六時中そのキャラの事を考えて、そのキャラが泣けば一緒に泣いて、楽しそうにしてたらこっちも踊り出すくらい、思い入れが深かった。


 そのキャラは、ゲーム内における裏切り者のポジションだった。

 詳しい設定までは記憶にないけど、多分スパイみたいな役割で、パーティ内の情報を敵に流してたとか、そんな感じだったと思う。


 当時はまだかけ算を覚えたてくらいの頭脳。

 人の心の機微とか、立場上の苦しみとか、そういうのはよくわかっていなかった筈だ。


 でも、自分が大好きでたまらなかったキャラが敵の一味だった事は理解した。

 その時に抱いたのは、失望とか悲しみとか、そういう感情じゃなかったと思う。

 

 呼吸の仕方を忘れた。

 眠り方を忘れた。

 食事の仕方を忘れた。


 それくらいショックだった。

 絶望が一番近いかもしれないけど、それとも少し違う。

 今まで自分が信じてきたものが、根こそぎ消失したような感じだった。


 でもそれは一時のもの。

 そもそも呼吸の仕方を本当に失念してしまったら、当然生きてはいない。

 あくまで感覚的なものだ。


 だから――――もしこの時に表情の作り方を忘れた感覚があったとしても、他と同じように一時的なもの。

 事実、この件をきっかけに俺が表情を失ったという事実はない。

 親父やアヤメ姉さんに話した事もあるし、その時期にはまだ表情に喜怒哀楽があったと親父が証言している。


 表情喪失とは関係ないけど、当時の俺にとっては世界崩壊に等しい体験だった。

 もう二度とあんな思いはしたくないと、強く感じた筈だ。


 そこに今ひとつ確信がないのは、その後も俺は他のゲームを怖がる事なくプレイしていた事実があるから。


 当時の自分の心境は全く覚えていない。

 これも親父の証言だけど、恐らく間違いないだろう。

 その頃に遊んだ記憶があるゲームと、のちに調べて当時発売されていたゲームを照らし合わせてみると、結構な数の作品が一致していたから。

 

 そういう、ちょっとセンシティブな過去があるから、ゲームキャラの裏切りには過敏になりがちな自分がいる。

 万が一、ステラがそういうキャラだったら、きっと俺は相当嫌な気持ちになるだろう。


 コンシューマのNPCとは違って、この裏アカデミのNPCはまるでPCと会話しているような感覚があるからか、親近感が湧いている。 

 その分、思い入れも深い。

 そんなキャラに裏切られるのは正直キツい。


「ステラと意識を同期するのは可能なの。でも絶対嫌なの」


 ……テイルに対しては、特にそこまでの感情移入はない。

 だからこいつが犯人だったら、割と納得だ。


「わかった。諦めよう」


「待つの。もっと引き留めるの。もっとあたしに懇願するの。縋るように懇願するの。そうすれば再考するの」


「いやいい。こっちで調べてみる。無理なお願いして悪かったな」


「待つの。あたしが聞きたいのはそんな潔い言葉じゃないの。あたしだけが頼り、あたしに依存するしかないって姿勢なの。優越感が欲しいの。そういうリアクションを欲しいの」


 ……まあ、良い性格してるとは思うよ。


「こんな辺鄙な場所で研究とかしてると、そういう感情に飢えてくるの。凄いとか流石とかセンスあるとか言われたいの。言われたいの」


 文字だけしか感情を知る要素がないっていうのに、テイルの発言からは恐ろしいくらい切実な感情が伝わってくる。

 画面上はずっと真顔だけど。

 まあ、幾らこのゲームのグラフィックが最先端を行っているとはいえ、発言に合わせて表情を変えるなんて無理だよな。



 ――――?



 今、何かがカチッとハマりそうになったような……


 気の所為か。

 よくわからない感覚だったな。


「本当は他にアテはないに決まってるの。あたし以外に頼れる人間はいないの。そうやってあたしに頼らなくても問題ないアピールしても無駄なの。ちゃんとわかってるの」


「いや、勿論テイルに助けて貰えるのならそれが一番だよ。でも嫌な事を無理にさせると大抵ロクな結果にならないんだ。経験上ね」


「そんな大人な発言聞きたくないの。あたしは誰かに必要とされたいの。あたしを見て欲しいの。頼ってなの」


 ……これ、中の人の精神状態が多分に反映されてないか?

 ゲームを楽しむ上で支障が出そうだから、なるべく考えないようにしてるんだけど……キャラじゃなく星野尾さんの心情がモロに出てるように思えてならない。

 芸能の仕事がないんだろな……頑張ってるのに。


「テイル、さっきは強がったけど本当は君以外に頼る相手がいないのが実情だ。もし絶対に無理じゃないのなら、ステラを助けて欲しい」


「あたしにしか頼めないのなら、最初からそう言うべきなの」


 星野尾さんのドヤ顔が透けて見える……正体を暴いたのは失敗だったかもしれない。

 このゲーム、かなり斬新ではあるけど、中の人が知り合いだと途端に微妙な気持ちになる欠点があるな。

 次に終夜父と話す機会があったら、正体バレしないよう徹底して欲しいって伝えておこう。


「既に貴方も知ってるように、あたしとステラは本来なら同一人物なの。だから世界樹があたし達を生み出した際の設計情報も全く同じなの」


 設計情報……遺伝情報みたいなものって解釈でいいのかな?


「その設計情報を元に、仮の思念体を作るの。思念体っていうのは、人の心に宿った精神を一部切り離したものなの。切り離した思念体は自然に元の身体に戻る性質があるの。その戻り先をあたしじゃなくステラの方にすれば、あたしの精神の一部がステラと同期するの」


 ……成程、よくわからん。


「テイルはその一部が切り離された状態になっても平気なのか?」


「精神は人間の生命活動の源なの。一部が損失するとアホになるの」


 アホになるのか。

 なら大して変わらないから大丈夫だろう。


「でも、どうやって戻り先をステラの方にするんだ? 仮に思念体って奴がステラを君と認識したとしても、君とステラの両方が候補になるんじゃないの?」


 理屈はわからないけど、これからテイルは自分の精神を一部切り離し、それを『思念体』として独立させるらしい。

 その思念体は元の身体――――宿主に戻る習性があるから、テイル=ステラと思念体が見なした場合、ステラの方に行く可能性もあるけど、テイルの方に戻る可能性も等しくある。

 それをステラの方に一〇〇%戻るようにするには……


「あたしが死ねば良いだけの話なの」


 ……は?


「死んだ人間には精神そのものがないの。よって思念体が戻る事はないの。簡単な理屈なの」


「いや理屈はそうかもしれないけど! そんな理由で死んで良いの!?」


「当たり前だけど仮死状態なの。本当に死んでどうするの」


 ……だよな。

 一瞬パニックになった自分が恥ずかしい。


「そこでボクの出番って訳さ!」


 ついに出て来たかネクマロン。

 助手なのに姿がない時点で、美味しい出番を待っていたのは予想済みだ。


「安全に仮死状態にする薬でも作るのか?」


「そんな危ない薬があったら今頃億万長者だね! でも残念、そんな都合の良い薬はないよ!」


 相変わらずのテンションだ。

 この陽キャとだけはどうにも気が合いそうにない。


「でも、仮死状態に限りなく近い睡眠状態にするのは可能なんだ。要は催眠状態にして、生命活動をしていないと身体に信じ込ませるだけなんだけどね!」


 ……なんか急に怪しげな話になったな。

 催眠術でも使うつもりか?


「ちなみに、催眠っていうのは暗示を受けやすくなった意識状態のことだよ。要はうたた寝の状態に近くてね、ぽわぽわしてるあの感じ。ああいう時って、外部からの情報に凄く無防備なんだ。眠りが浅いとリアルな夢を見るでしょ? 今の自分が悩んでる事とか、気になる相手が出てくるとか。そういう状態にするのが第一段階ね」


 あれ、意外とファンタジー感ないな。

 思いの外リアルな考え方だった。


「テイル様にね、眠らせる系の魔法を何回もかけるんだ。それのかかりが悪くて、眠たいけど眠れない状態になるその一瞬を狙うって寸法だよ」


「……随分用意が良いけど、まさか最初からこうなるのを予見してたの?」


「そんなの無理だよー。話は聞いてたから、今考えついただけ」


 こいつ……天才か。

 いや、ゲームだからそういうキャラって設定なのはわかるけど。


「でも、既存の魔法だと効いたら一発で寝ちゃうから、効果の弱い魔法をあらためて開発しないとダメだね。第二段階の暗示についても考えないといけないし、少し時間がかかると思うよ」


「どれくらい? 可能な限り早い方が良いんだけど」


「最短で三日はかかるの」


 助手の代わりにテイルが答えた。

 これも脚本通りなんだろうけど、一瞬で必要な時間を算出したっていうカッコ良い演出だ。

『四〇秒で支度しな』に通じるところがある。


 にしても……三日か。

 リアル時間でそれくらいかかるんだろうな、恐らく。


「了解した。頼みを聞いてくれてありがとう」


「もっと感謝するの」


 ……ん?

 このタイミングでSIGNに着信か。


 連絡先を教えた覚えはないけど、来未経由で知る術はある。

 だとしたら――――



『どういたしまして』

 


 やっぱりか。

 まあ、キャラの性格上ゲーム内ではああ言うしかないだろうからな。


 出来ればNPCには生身の人間感は出して欲しくないけど、人としてちゃんとしたいって星野尾さんの気持ちは伝わってくる。

 勿論悪い気はしない。


 さて……どう返答するか悩みつつ、ついでにこれからの三日間についても悩むとしよう。


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