6-34
裏アカデミはゲームだ。
だから、プレイヤーに都合の良い展開があったとしても、そこに何の不思議もない。
ある程度のご都合主義は、気持ちよくゲームをプレイする上で不可欠なくらいだ。
でも……このタイミングでMP回復アイテムの大量生産オーダーは、正直言って許容範囲を超えたご都合主義のように感じる。
単にルルドの聖水を十個作ろう、みたいなオーダーならまだ良いけど、これは明らかに違う。
成功報酬がルルドの聖水じゃない。
ならこれは明らかに、ルルドの聖水を普及品にしようって主旨のオーダーだ。
つまり、オーダーを達成すれば商品として購入可能になる。
かなりの貴重品であるMP回復アイテムが、金さえ出せば幾らでも手に入るなんて、RPGで言えばラスボス戦の直前くらいの段階だろう。
当然だけど、このオーダーは俺専用のものじゃない。
特定のプレイヤーにだけ出されるオーダーなんてないからな。
つまり、このオーダーは俺にとっては今後の行動に好都合ってだけのものだけど、他のプレイヤーにとっては運営側の意図を疑いかねないものと言える。
敵一匹さえまともに倒せないこの状況下で、MP回復アイテムを無尽蔵に入手出来るからといって、ゲームバランスは崩壊しない。
でもそれはあくまで現段階の話。
今後、イーターを簡単に倒せる魔法がもし開発されたら、途端にこのゲームはイージーなものなってしまう。
そういう意味で、運営側に疑念を抱かざるを得ない。
果たして、ちゃんと考えた上でこのオーダーをこのタイミングで出したのか――――と。
何しろ、これは事実上のテストプレイ。
既に正式サービスが開始されている上でのこのオーダーの登場だったら、『誤ってもっと後に登場するオーダーを先に出してしまった』『サービス終了が決定したから大判振る舞いを始めた』のどっちかだけど、テストプレイで後者はない。
かといって、前者だったら俺にとって余りに都合が良過ぎる。
俺に対しての優遇処置なんじゃないのか……?
そんな疑惑が浮上してしまう。
単なる意識過剰ならまだいい。
でも俺は、このゲームの開発者である終夜父から目をかけられている。
特別扱いがない、とは言い切れない環境下だ。
日常生活で誰かに贔屓されるのは、悪い気持ちはしない。
テストでトップクラスの点を取り続けて、教師と気さくに話せる関係になれば、優越感を味わえる。
朱宮さんみたいにプレノート目的で肩入れして貰えるのも、ありがたい話だ。
でもゲームは違う。
開発者や運営がプレイヤーに媚びを売るようでは困る。
もし特定のプレイヤーを贔屓するようなら、例えその対象が自分だったとしても、興醒めもいいとこだ。
……と、新オーダー一つで随分とあれこれ考えてしまったけど、現状で運営側の真意を図る事は出来ない。
ここで終夜父に連絡をとったところで、意図を説明してくれる筈もない。
俺はテストプレイヤーなんだから、今感じているこの疑念も含めて、後で報告する必要がある。
疑惑の目を向けたからといって、立ち止まっていても仕方がない。
そもそもキリウスの件だって、何もしてないんだ。
運営側を疑うのは今に始まった事じゃない。
……人狼ゲームやってる気分だな。
まあ、何にしてもこのオーダーは受けるしかないだろう。
ルルドの聖水を大量に所持出来るのなら、刹那移動の弱点はなくなる。
何処へでも移動し放題だ。
《No.p236 ルルドの聖水を大量生産しよう!》
このオーダーをセレクト……と。
「そのオーダーは一度受けるとキャンセル出来ません。また、一度失敗すると二度と受けられません。それでもよろしいですか?」
……え?
こんな警告初めて見た。
勿論、表のアカデミでも記憶にない。
今時のヌルいゲームでこんなクエストを出してくるゲームは余りないんじゃないか?
期間限定で、その期間が過ぎたら消えるってのは幾らでもあるけど……これだけ重要な内容のクエストがやり直し不可ってのは、中々ない気がする。
難易度次第ではユーザーからの苦情が殺到しそうだし。
でも……面白い。
昔のゲームなら、こんな警告文さえなく失敗してもやり直しがきかない要素なんて山ほどあった。
なんのヒントもなく絶滅必至の強敵が宝箱に潜んでいたり、死んだユニットが生き返らず再度仲間になる事もなかったり……
まあ、昔のゲームは長くても十数時間でクリア出来るし、一から始めるのにそこまで抵抗もないんだけど。
オンラインゲームの場合、数年を費やしているから一からなんて無理。
そういう意味でも、このクエスト――――オーダーは緊張感あるな。
良いだろう、受けて立つ!
初めてこの裏アカデミをプレイした時に似た、次に何が起こるのかワクワクするあの気持ちが蘇ってきた。
なんだかんだで、このゲームは楽しませてくれる。
「承りました。では依頼文をお渡ししますので、しっかりとご確認下さい」
依頼文を表示――――と。
一体誰が依頼主なんだろう。
シナリオも気になるところだけど……
この依頼を受けたという事は、世界の理について十分な知識を得た者だと判断する。
世界は循環している訳ではない。
全ては不可逆の中にある。
暴走し、凶悪な成長を遂げたイーターを元に戻す事は出来ない。
ならば答えは一つ。
世界樹の破壊ではなく、凶悪なままのイーターを倒せる魔法を生み出すのみ。
しかし幾ら超強力な世界樹魔法を生み出せたとしても、肝心の使い手のMPが不足していたら、連戦を乗り切れない。
そこで、ルルドの聖水の大量生産に着手したい。
敢えて断言するが、この件に成功した場合、城内の勢力図は大きく変わる。
魔法が今よりも遥かに使いやすく効率の良い攻撃手段となり、魔法を研究する者達の優位性が確約される。
逆に言えば、それ以外の研究者を敵に回しかねない。
オルトロスは決して一枚岩ではない。
幾ら共通の敵がいても、権力争い、派閥争いはなくならない。
それが現実だ。
このオーダーを果たす事によって、敵に回る人物も出てくるかもしれない。
それだけの覚悟があるのなら、今日の夜、一日時計の砂が全て落ちた頃に地下牢を訪れると良い。
共に世界を救おう。
……なんだこれ。
いや、内容はわかる。
気取った感じも嫌いじゃないよ。
でも、なんかちょっと……シナリオを四つ五つすっ飛ばしているような、微妙な置いてきぼり感を抱いてしまう。
《この依頼を受けたという事は、世界の理について十分な知識を得た者だと判断する。》
ここは良い。
既に俺はステラや狭間の地にいるアスガルドってキャラからこの世界の現状を聞かされている。
問題は次だ。
《世界は循環している訳ではない。全ては不可逆の中にある。暴走し、凶悪な成長を遂げたイーターを元に戻す事は出来ない》
……これ、世界が循環(ループ)してるかもって考察ありきの文章だよな?
でも俺はそんな説一切知らない。
とはいえ、確かにそういう説があっても不思議じゃない設定ではある。
俺達実証実験士は、十年前世界から来ている。
実際には、未来へタイムスリップした訳じゃなく『十年前の世界』と『この世界』という二つの世界が存在しているんだけど、それはあくまで真相であって、その真相を知らない段階だったら、時間移動が出来る時点でループの可能性を疑っているかも。
例えば……そうだな、『誰かが十年前の過去へ遡り、まだ大勢存在していた実証実験士を助っ人として未来へ連れて行き、失敗したらまた繰り返す』とか。
即興で考えた割には結構ありそうなストーリーだ。
もしかしたら、これと似たような考察が作中でされていて、ステラから真相を明かされる前にその話を聞かなきゃいけなかったのかも……
《魔法が今よりも遥かに使いやすく効率の良い攻撃手段となり、魔法を研究する者達の優位性が確約される。逆に言えば、それ以外の研究者を敵に回しかねない。》
この部分に関しては、かなり引っかかる。
理屈はわかる。
MP回復アイテムが普及したら、魔法がとても使いやすくなり、魔法の利便性向上に反比例して武器を使った接近戦の必要性が大きく落ちる。
そうなれば、剣とか槍とか作ってる研究者は落胆し、その元凶となった俺達を恨むだろう。
ただ、これもかなり唐突だ。
事前にそういうやり取りがあったなら受け入れられるけど、いきなり《敵に回る人物も出てくるかもしれない》とか言われても……そもそも魔法を専門に研究してるNPCに知り合いいないし。
正直ノーダメだ。
そういうところも含めて、本編のストーリーをかなり飛ばしてしまっているような印象を受ける。
偶にあるんだよな……昔のRPGとかADVで。
会わなくてもクリア出来るキャラがいて、でもそのキャラと会わないとその後の話の辻褄が怪しくなる……みたいな。
これはフラグ管理の問題だったり、手抜きだったりが原因。
このオーダーの依頼文もそうなのかもしれない。
でも、今更他の本筋のストーリーをプレイする余裕はない。
何しろ、今日の夜には依頼を受けなきゃいけないし、やり直しは不可なんだから。
そこは割り切ろう。
……いや、本当は死ぬほど気持ち悪いんだけど。
昔から本編は一から十までキッチリ順番通りにプレイしないと気が済まなかったし。
でも仕方がない、テストプレイに妥協は必要だ。
後は、この依頼主が知り合いか否か。
リッピィア王女のオーダーの時みたく、実は顔見知りでしたー……ってのは出来ればナシでお願いしたい。
二度も同じ展開だと、折角緊張感出て来たのにダレそうだし。
本来の目的はキリウスの捜索なんだけど、このオーダーもそれに匹敵するくらい重要だな。
実力不足の俺一人だけで受けても良いんだろうか。
やり直しも利かないし、協力者がいた方がいいような……
でも女性陣二人はリッピィア王女の女神プロジェクトの件で動けない。
フィーナを追っているブロウに声をかけてみるか?
すぐに連絡つかなくても、ゲーム内で伝言を残しておけば、もしかしたら気付くかもしれない。
とはいえ……仮に気付かなかった時、責任を感じさせるのは申し訳ない気もする。
既にお互い別行動をとるって決めておいて、直ぐに伝言をチェックするとも思えない。
やっぱり止めておこう。
正直、ブロウとはまだ少し距離がある。
この件でギクシャクしたくない。
ここは……ダメ元でNPCを当たってみるか。
普通のRPGじゃまず考えられないけど、この裏アカデミなら案外会話次第でNPCが一時的に仲間になってくれるかもしれない。
出来れば、強いキャラが望ましい。
となると――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます