6-28

「汝にして貰いたい事は至極単純だ。世界樹を狂わせた張本人……この我に煮え湯を飲ませている奴を見つけ出して欲しい」


 ……予想はしていたけど、完全に無理難題だった。


「いや、それは流石に……他の人に協力を仰いでもいいんですか?」


「それは困る。万が一、その人間が支配者の眷属なら目も当てられん。行動は汝一人で頼む」


 随分と疑り深いな。

 だったら俺がその眷属とやらの可能性も考慮すべきじゃないのか?


「ちなみに、汝は先程『世界樹の支配者と名乗る人物と出くわした事はないか』と尋ねた時の反応からして、既にその可能性はないと断定している」


 あ、成程。

 あの質問はカマかけだったのか。


「既に汝の周りには世界樹の支配者がいる。その者に探りを入れる分には構わないから、情報を集めて来てくれ。犯人の特定が難しいなら、可能な限りの情報が欲しい。各支配者の現在地なら尚良い」


 奪われた世界樹支配の権利を取り戻すには、その人物と接触する必要があるんだろう。現在地がわかれば、直接確かめる事も出来るだろうし、確かに有力な情報だ。


「なら、せめてその俺の近くの支配者とだけは貴方の事を話してもいいですか? 仲間なんで、騙すような真似はしたくないんですよね」


「んん……まぁ……そうだな……仕方がない。ただしその者が犯人でない確証を得てからだ。それなら許可しよう」


 頼んでる立場なのに偉そうだな……まあ実際偉い人なんだろうけど。

 世界樹の支配者を束ねる存在なんだから、その一つを守るだけでヒーヒー言ってる人類よりは確実に上なんだろうな。


 ……待てよ。

 この方は人間じゃないのか?

 そもそも世界樹の支配者とか盟主とやらは、どういう存在なんだ?


「ん? 何か言いたい事でもあるのか?」


「はい。貴方は人間なのかな、って疑問がふと湧いて」


「地味に厄介な質問だな。我は人間と言えば人間だし、違うと言われれば違う。微妙な存在だ」


「……全然わからないんですけど。世界樹の支配者もそうなんですか?」


「そうなるな。だが連中はまだほぼ両足が人間の世界に浸かっている段階だ。我とは違う」


 この物言いだと、元々は普通の人間だったけど、何ががあって人間を止めた……ってニュアンスに聞こえる。

 まあ、そうじゃなきゃ人の姿なんてしてないだろうけど。


「他に何かあるか?」


「そうですね……何か特別な力とか授けて貰えないですか? 弱いままだと情報収集すらままならないんですが」


「それは無理だ。我を神と同格と見なすのは良いセンスをしているが、実際には違う。そのような力はない」


 だよな……そう都合良くレベルアップは出来ないか。


「だがイーターを倒す手段を一つ教えてやろう」


「え!?」


「再構築されたイーターは人類の手に負えるものではないが、それはあくまで正攻法での話だ。連中には明確な弱点がある」


 まさか……人類が10年かけて研究し続けても全く届かなかった弱点に、こうも簡単に手が届くのか?

 なんか世の研究者に申し訳ない気もするけど、こんなありがたい事はない。


「奴等は世界樹を喰らう存在。だったら、世界樹による呪縛が可能だ。容易に無力化出来るだろう」


 それは――――世界樹の旗とほぼ同じ発想だった。

 世界樹の匂いがする旗に集めて、その場に留まらせる……という。


「ガッカリです」


「何故だ!? 何故我は唐突に失望された!?」


 だってなあ……完全に期待はずれの答えだったんだもの。 

 もっと凄いのを期待してたのに――――


「フン。どうせ『世界樹と同質の何かを作って、それに誘導させる』といったセコい手を使っているのだろう? 人間の考える事はお見通しだ」


「……え?」


「なんだ、違うのか?」


「いえ、まさにその真っ最中です。さっきのガッカリは全面的に撤回します」


 今のアスガルドさんの予想は、人類の最先端の研究。

 それをこうもあっさり見抜くとなると、俄然期待大だ。


「……」


「……あれ」


「ん? 何だ?」


「いや、その上を行く案を授けてくれると思って待ってるんですが」


「もう授けただろう」


 はい?


「そんな苦い顔をするな。世界樹を喰らう存在なのを逆手に取る。その発想は悪くない。問題は、そこからどんな方法を導き出すかだ。残念だが、我の口からそれを言う訳にはいかん」


「どうして……?」


「我が世界樹の支配者だからだ」


 ますますわからない……っていうか、さっきハッキリ『イーターを倒す手段を一つ教えてやろう』って言ったのに全然教えてないだろ!


「だったら他の情報を下さい。世界樹の支配者、名前は全員わかってるんですよね?」


 管理する側なんだから、それくらい知っていて当然だ。

 性格や人となりだって……


「知らぬ存ぜぬ」


「……は?」


「いや、ボケている訳ではない。単に他の支配者の情報を漏らすのが禁止事項なだけだ」


 すっ惚けただけって言いたいのか……

 情報管理が行き届いているのは立派かもしれないけど、こっちとしては最悪だ。

 何の手がかりもない中で探せっていうのか……?


「だが支配者の証の有無については、所持者を解析する事で確認が出来る。怪しいと思う者にはこれを使ってみるがいい」


 辟易していたところに、レジンの入った小さい容器を差し出されてくる。


「これは……?」

 

「支配者の証を持つ者に使用すれば、その者が発光する魔法だ。名称は《リューゲ》という」


 なんてピンポイントな魔法だ……応用がまるで利きそうにない。

 とはいえ、ようやく実になるものが得られた。あとで習得しておこう。


「では、健闘を祈る」


「え? これで終わりなんですか? 具体的な事は何もわからないんですけど……」


「この空間は汝ら人間にとっては『本来いるべきでない世界』だ。あまり長居すると体調を崩すぞ。並の人間なら一時間と経たず倒れる」


「最初に言って下さいよ!」


 そう言われると、確かに少し具合が悪い気が……もうタイムリミットなのかよ。

 折角収穫があると思ったのに、最終的には面倒事が増えただけだった。


 それでも、一度足を踏み入れたから次からはここに刹那移動で来られるようになるだろう。

 まあもう一度来られないと情報伝達は出来ないからな。

 何らかの形で俺とコミュニケーションをとれる方法はあるんだろう。


 ん? でもこの人、俺がテレポーターなのを知らないよな。

 話してないし。


 なのにどうして、俺を元の世界に戻そうとしないんだ……?


 俺は既に自分の無能さを語っている。

 俺一人の力じゃ生還出来る保証はない――――そう見なされてもおかしくないだろう。

 でも、アスガルドさんは全く俺をこの場から飛ばそうとしてこない。


 この人、俺が刹那移動を使えるって知ってるな?


 俺の他に、その事実を知っているのは……テイルとその助手のネクマロンくらい。

 まさか……俺がここに飛んだのは、刹那移動の暴走じゃなく、意図的に仕組まれていた?

 一定確率でここに飛ぶよう、最初から刹那移動に組み込まれていたんじゃ……


「くれぐれも宜しく頼む。このままでは我は盟主の中で最も落ちこぼれになってしまう。落ちこぼれは嫌だ。我のプライドが許さない。我は最下位だけは絶対に嫌なタイプなのでな」


 ……考え過ぎか。


「ええと、わかりました。善処します」


「この後に及んで曖昧極まりない言葉だな。人間らしくはあるが、感心はしないぞ」


 そっちだって似たようなものだ……とは言えず、この場から脱出する為に刹那移動を使う。

 またMPがゼロになるけど、回復用のルルドの聖水はまだ十分ストックがあるから問題ない。


「――――に宜しくな」


 移動の瞬間、アスガルドさんは確かにそう言った。

 明らかに誰か人の名前の言ったと思うんだけど、聞き取りづらかったのと不意打ちだったから、ハッキリとはわからなかった。





「……っと」


 刹那移動による着陸地点は勿論、当初の予定だったアルテミオ周辺。

 今回は上手くいったらしく、おぼろげに見覚えのあるフィールドに着いた。


 ……さっきのアスガルドさんの言葉、誰の事だったんだろう。


 再度刹那移動を使って聞く手もあるけど、そうするとルルドの聖水を余分に二つ使う事になる。

 ストックは十分っていっても、残りは……四つか。

 これを二つには出来ないな。


 まあいい。

 それよりも今は世界樹の旗を――――


 ……あれ。

 あの旗ってもしかしてさっきの異空間に置きっぱなし!?


 しまった、予想外の所に飛ばされた事に動揺して旗の存在をすっかり失念してた!

 うわ、これって結局聖水を二個消費する展開――――


「ん?」


 思わず膝を突いた瞬間、目の前に巨大な棒が見えた。


 旗がある!

 ちゃんと三つともあるし、ミョルニルバハムートも直ぐ傍にある。

 当然、背中にバズーカも背負ったままだ。


 でも……どういう事だ?

 そもそも、さっきのあの空間にこの世界樹の旗やミョルニルバハムートは俺と一緒に飛ばされてたっけ?


 ダメだ、全然覚えがない。

 あったかもしれないし、なかったかもしれない。


 ただ、俺は持ち歩いてはいなかったし、最初に到着したあの真っ白な空間にもなかったような……いや、やっぱり自信がない。

 バズーカを背負ってた感覚も正直記憶にないくらいだ。


 俺の身体だけが、あの異空間に不時着したって感じなんだろうか……?


 なんか釈然としない事が多過ぎる。

 スッキリしない。


 ……とはいえ、悩んでいる暇もない。

 イーターが嗅ぎ付けて来る前に、この三つの旗をこの辺に立てておかないと。


 パワードバズーカの効果で、旗を持ち上げるのは簡単に出来る。

 問題は――――


「もう来たのか……」


 あの遠くに見えるエキゾチックゴーレムが来る前に立てられるかどうか。

 でも大分離れてるし、あの距離に一体いるだけなら……


「……ん?」

  

 気の所為か、一体じゃないような……

 っていうか、二体や三体じゃないような――――


「なん……だこれ……」


 四方八方から降って湧いたように現れ出したゴーレムの数は、あっという間に二桁を超えていった。


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