6-29

 余りにも想定外の状況。

 でも呆然とするほど冷静さを欠いてはいない。

 刹那移動でいつでも逃げられるから、絶望感はない。


 っていうか……これって割と好都合かもしれない。


 当初の予定では、エキゾチックゴーレムにミョルニルバハムートで一発食らわせてカラドリウスを大量に呼び寄せる計画だったけど、これだけの数のゴーレムがいれば、わざわざカラドリウスを呼んで貰う必要はない。

 それに、ビリビリウギャーネットはカラドリウスへの有用性は認められたけど、エキゾチックゴーレムに関してはまだ実験されていない筈。


 確かあの最初の遭遇の際、エキゾチックゴーレムはビリビリウギャーネットに捕らえられていなかった。

 って事は、テイルに対し新たな実験データを提供出来る。


 その上、あのゴーレムは鳥型イーターのカラドリウスよりも断然動きは鈍い。

 しかも歩行による移動だから、地面に敷いたビリビリウギャーネットの上にいれば、ここに辿り着く前にネットによって足止めされる筈。

 数は多いけど、世界樹の旗を立てる余裕は十分にある。


「よし……!」


 早速行動開始。

 まずはビリビリウギャーネットを地面に敷いて――――この縦笛を吹くんだったな。


 ……っと!


 相変わらず形容が難しい轟音だ。

 耳の中で大きめの羽虫が暴れたような感じだ。


 幸い、何の問題もなくネットは敷けた。

 かなり広範囲だ。

 ゴーレムの数は更に増えて、目算でも三〇体以上はいるけど、あいつら全員をこの中に納められるくらいの面積はある。


 後は旗を立てるのみ。

 パワードバズーカを装備している今の俺には、通常時より遥かに重い物を持てる補助がかかっている。

 本来は両手で持とうとしてもビクともしない世界樹の旗も、片手で持ち上げる事が出来る。


 配置は当然、それぞれの旗に一定以上の距離を開けるのが望ましい。

 ネットの外側ギリギリに配置するより、ネットの中心と外側の中間辺りに立てた方がいいだろう。

 それでいて、旗同士が近くなり過ぎないよう……四角形の中にそこそこの大きさの正三角形を描くようなイメージだ。


 といっても、俯瞰で見られないからあくまでもイメージのみ。

 それを頼りに、ネットの隙間に世界樹の旗を突き立てていこう。


 一つ目――――よし。

 二つ目――――大丈夫。


 あとは三つ目だけど……マズいな、かなり接近してきた。


 ゴーレムの攻撃手段は近距離からの殴打だろうから、かなり接近されるまでは安全の筈。

 ビリビリウギャーネットで足止め出来れば、その接近すら許さない。


 大丈夫、リスクはない。

 三つ目も最大限の効率を発揮出来る位置に立てよう。


「……」


 一番俺に近い位置のゴーレムが、ネットを敷いているエリアの傍まで来た。

 緊張感で思わず生唾を呑み込んでしまう。


 問題ない。

 きっと足止めしてくれる。


 鳥形イーターにだけ通用して、ゴーレムに通用しないなんて事は――――


 ……いや、ちょっと待て。


 ゴーレムは岩だ。

 岩に電撃は通るのか?

 仮に通したとしても、効き具合はどうなんだ?


 しまった!

 自分に有利な条件ばかりに気を取られて、その事を失念していた……!

 カラドリウスに通用したんだから、ゴーレムにだって通用するって勝手に思い込んでいた……


 自分の間抜けさに呆然とする中、ゴーレムの一体がビリビリウギャーネットに触れる。


 その歩みは――――止まる事はなかった。


 速度は殆ど落ちていない。

 僅かに足止めの効果はあるかもしれないけど、あっても微々たるものだ。

 このままだと一分――――いや三〇秒とかからず接近を許してしまう!


 この場に旗を立てる。

 それしかない。


 くそ……焦りと緊張で思うように身体が動かない!

 さっきまではスムーズに立てられた旗が、今は全然要領を得ない。

 ゴーレムの軋むような足音が耳に入ってきて集中力も削がれてしまう。


 ダメだ!

 三つ目の旗は破棄して逃げるしかない!


 刹那移動を使用――――


「……あ」


 もう……ゴーレムは目の前まで来ていた。


 間に合わない。

 理由はないけど、そう直感した。


 この世界のイーターはやはり規格外だ。

 鈍い筈のエキゾチックゴーレムが、予想を遥かに超える速度でここまで接近して、その豪腕をもう振り上げている。


 このままじゃ――――潰さ――――れ―――― 





「……?」


 



 潰されて――――いない?

 刹那移動も当然、使えていない。


 俺の傍まで接近していたゴーレムが、攻撃せずにその場で立ち尽くしている。

 まるで初めて見かけた時の、ミョルニルバハムートを食らってカラドリウスを呼出した時のような……


 攻撃を……受けたのか?


 当然俺じゃない。

 でも、他に考えられない。


 誰かが、遠距離からゴーレムを攻撃した?

 周囲はもうゴーレムだらけだ。

 その中に人間が混じっている訳もない――――




 ――――いや、いた。




 複数のゴーレムがビリビリウギャーネットの上を移動しているその隙間から、遥か遠くにいる人間の姿が見えた。

 顔は判別出来ない。

 でも、ぼんやりとだが髪型と体型はわかった。

 

 黒髪で、前髪は垂らしていない。

 筋肉が隆起した、ゴツい身体。

 鎧は装備せず、回避に特化した軽装。


 イーターハンター……キリウス。


 間違いない。

 何故あの男が……?


「ヌゥォォォォヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!!!!」


 ぐっ……この声はカラドリウスを呼ぶ時の……!


 もう旗を立てている余裕はない。

 この千載一遇の好機を使って刹那移動を使う!


 気付けば、既に二体目が俺の直ぐ傍まで来ていた。

 そのゴーレムが腕を振り上げているのが視界に入る。


 その腕が振り下ろされるのと、刹那移動の発動のどっちが早いか。

 もし発動が間に合わなければ即死だ。


 けれど恐怖はない。



 幸いだった。

 それを感じる余裕すら、今の俺にはなかったから。



「……」


 気付けば、目の前からゴーレムは消えていた。

 世界樹の旗も、ミョルニルバハムートもない。


 嫌でも目に付く、巨大な車輪状のフレームとゴンドラが遠くに見える。

 行き交う街の人々が、奇異の目を向けてくる。 


 ここはどうやら、天国でも地獄でもないらしい。



 ――――城下町の街中だ。


 

「はぁ……」


 ギリギリ、間に合ったか。

 幸運にも程がある。

 いや、運だけでもなかったか。


 恐怖を感じなかったから、助かったからといって安堵も脱力もない。

 あるのは……自分自身への怒り。

 それが俺から恐怖心を奪った。


 完全に失態だ。

 重大な、そして絶対にやってはいけないミスを犯した。


 油断。

 慢心。

 しかも自分の強さへの慢心じゃなく、他者から預かったアイテムに寄りかかった上での。


 ゴーレムにビリビリウギャーネットが効くかどうかなんて、真っ先に考えるべき事だった。

 しかも『ゴーレムに関しては未確定の実験段階』と理解した上で、それを怠った。

 自分にとって有利な展開になった瞬間、それに舞い上がって基本的な危機管理が頭の中から抜け落ちてしまった。


 穴があったら入りたい。

 ビリビリウギャーネットに捕まってウギャーと叫び転げ回りたい。

 それぐらいの、あり得ないやらかしだ。


 しかも、これは未確定だけど……よりにもよって命を拾ったのはあのキリウスに助けられたか……だろう、多分。

 あの場所にキリウスがいた時点で、そう解釈するしかない。

 何故あの場に奴がいたのか、何故俺を助けたのかはわからないけど。


 その上、世界樹の旗は二本しか立てられなかった。

 最悪だ。

 何もかも上手くいかなかった。


 あの次元の狭間に迷い込んだ時からペースが乱れていた。


 ……いや、そんなの言い訳にもならない。

 単に舞い上がって無様にも平常心を失っただけ。


 なんて情けない。

 これじゃブロウとエルテの足を引っぱるばっかりだ。

 いざという時に狼狽えるだけならまだしも、調子に乗って身の安全を軽視してしまうなんて……


「弱過ぎる」


 思わずそんな声が漏れてしまう。

 そうでもしないと、自分の中に溜まりに溜まった惨めさで爆発してしまいそうだった。


 でも……それが良くなかった。


「おにーちゃん、よわいの? そんなにおっきなのもってるのに」


 通行人の中にいた小さな女の子から興味を持たれてしまった。

 親は……いない。

 街中を一人で歩けるような年齢には見えないけど……


「いや、これはね、簡単に持てるように他の人からして貰っただけなんだ。俺だけの力じゃ、こんな重いの持てないんだよ」


 幼女相手に何を言ってるんだろうな。


「ふーん?」


 案の定、意味がわからないって顔をされてしまった。

 もう基本的な判断さえ出来ない。


「俺は弱いんだ。だから、強い人達に助けて貰うしかない。情けない奴なんだ」


 愚痴と自嘲の混じり合った寒々しい言葉を、初対面の小さな女の子に向かって話す自分の精神状態に思わず苦笑してしまう。

 いつもは強がれるのに、それさえ出来ない。


「へー。よわいってダメなんだ。カシュナはね、よわいからまもってもらえるんだよ」


 ……カシュナってのは、彼女の名前か。

 どうやら彼女も弱いと言われているらしい。

 両親にか、それともませた男友達にか……

 

「カシュナはよわいのがいいの。まもってもらえるから」


「そっか。お兄ちゃんは強い方がいいな」


「なんでー?」


 なんで……か。


 本当、なんでなんだろう。


 俺は弱い。

 低Lv.なんだから、失敗だってする。

 それが当たり前だ。


 なんかなし崩しの内に偉い人達との絡みが増えて、協力を要請されたものだから、自分が強くなければならないって思い違いをしていた。

 勘違いしちゃいけない。

 俺は強くならないといけないんであって、強くある訳じゃないんだ。


 失敗して、自分に失望するほどの期待を持っていた……って訳か。

 これこそ慢心の極みだな。


「お兄ちゃんはね、守られるより守る方が好きなんだ」


「ふーん。かわってるね」 


「そうかな」


 自分と違う意見を言う俺に、幼女は興味をなくしたのか、微妙な顔をして立ち去っていった。

 もう二度と会う事もないだろう。

 でも、俺にとってこの出会いは僥倖だったのかもしれない。


 弱いのはとっくに自覚しているつもりだった。

 でも、心の何処かに『低いLv.でも結構やれている自分』に酔っていたのかもしれない。

 いや、きっとそうだ。


 自分に過度な期待をしてはいけない。

 そう思い知らされた。


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