5-16

 水流を駅まで送った帰り道――――柄にもなく、ずっと他人の事ばかり考えていた。


 俺自身、交友関係は極めて狭い。

 whisperやSIGNで他人と時間を共有するのが最大の娯楽だというのに、そういうものにはずっと背を向けてきた。

 でもオンラインゲームをプレイし始めて、間接的にではあるものの、ようやく俺も普通の高校生らしく他者との交わりに楽しさを見出せるようになっている。


 きっかけをくれたのは、アポロンとソウザだ。

〈アカデミック・ファンタジア〉以前にプレイした幾つかのオンラインゲームでは、彼等とのような付き合いは出来なかった。

 もしあの二人がいなかったら、今もオンラインゲームを毛嫌いしていたかもしれない。


 今の自分へと導いてくれたのはフィーナだ。

 まさか再会出来るとは思わなかったな。

 ゲーム内だけじゃなく、ウチのミュージアムにまで足を運んでいた彼女の正体は是非掴んでおきたい。


 この三人との出会いは、俺のゲーム人生を変えたと言っていい。

 でも――――俺の人生そのものを変えたのは、【モラトリアム】のメンバーだ。


 終夜との出会いは衝撃的だった。

 何しろ、女の子の部屋に行く何て生涯初の出来事だったからな……

 しかも結構可愛いし。


 ただ、未だに"友達以上恋人未満"を望んだ意味はわからない。

 何かのゲームかゲームキャラを模しているってのが俺の中での最有力候補なんだけど、未だに聞けずにいる。

 案外、ゲームじゃなくてアニメとかマンガとかラノベの影響かもしれないけど。


 ……そういえば、終夜がゲーム以外の娯楽を嗜んでいるかどうかさえも知らないな。

 部屋まで行っておいて、自宅にも招いて、二人きりで会ったりもしてるのに。

 俺同様、医者の世話になってるってのは聞いたけど。


 逆に、水流とはまだ日が浅い割に結構色んな話をした気がする。

 なんとなく見栄えの良いジャンクフードやスイーツが好きっぽいのもわかってきたし。

 まさか家まで来るとは思いもしなかった。


 この二人が直接会ったら……どうなるんだろう?


 ブロウがリアルでも会えると言ってくれれば、そこまで心配しなくて良いかなと思う。

 なんとなく、あいつはリアルでも有能そうな空気出してるし、会話も円滑に回してくれそうな心強さがある。


 でも、もし無理だと言われたら――――俺があの二人の橋渡し役になる訳で、二人の仲を取り持たなくちゃならない。


 正直、上手くやれる自信がない。

 ゲーム内のリズとエルテだったら何も問題はないんだ。

 そんなに仲良くしてる感じではないけど、別にギスギスもしてないし無難な会話に終始してるから。


 だけど……リアルでの二人はなんというか、相性悪そうな匂いがプンプンする。

 コミュ障を自称する終夜と、結構ズケズケ物を言う水流――――油と水って感じだよな。


 俺はどっちの良さも知ってるし、どっちとも楽しく話せるし、ついでにどっちも可愛いからそれぞれと会話したり会ったりするのは願ってもない事。

 でも、この二人を仲良くさせるのはちょっと厳しいかもしれない。

 無理に仲良くする必要はないけど、リアルで会った結果ゲーム内でのやり取りに支障が出るレベルで関係を悪化させてしまうのだけは避けたい。


 ま、それよりまずはブロウと終夜に参加して貰えるような誘い方を考える方が先か。

 寧ろ二人共ノーって可能性の方が高そうだし。


 なんて事を考えていたら、いつの間にか家に着いていた。

 

「あら、帰って来たみたいよ」


「兄ーに! 女の子送ってたって本当!? しかも前と違う女って……いつからそんなエロくなったの!?」


 ……日頃からゲーム三昧の俺は、高校生の異性関係の混雑度がどの程度だったら『私生活が乱れてる』と揶揄されるのかを知らない。

 でも女の子の知り合いが二人いるだけでエロいと言われる筋合いはないと思う。

 っていうか『チャラい』じゃダメなのか妹さんよ。


「意外よね。いかにも真面目で堅物そうに見えるのに」


 星野尾さんまで……こいつらこそ身持ち堅すぎなんじゃないのか?


「誤解だって……それよりなんで二人して一階にいるの。来未の部屋で話し合ってたんじゃなかったの?」


「フフン。もう方向性は大筋決まったから。ついでに勝利も確定よ。約束された勝利のナンチャラってやつね」


 いつも意味不明な自信家ぶりを遺憾なく発揮してくる星野尾さんだけど、今までになく不敵な笑みを浮かべている。

 よっぽど良い案が思い付いたのか、俺らみたく良縁に恵まれたのか……


「聞きたい? 星野尾発案の圧倒的プラン……その全容を知りたい?」


「言いたいの?」


「バッ……何言ってんの来未のお兄様ってば! そっちが聞きたいの確定してるから優しく誘導してあげてるだけなのに!」


 言いたいんだな……


 にしても俺、星野尾さんの中では『来未のお兄様』なのか。

 明らかに俺より来未への配慮というか、来未のご機嫌取りな感じなのがちょっと悲しい。

 仮にも芸能人なのに一般人相手に……


「まあ、話して貰えるのなら聞きたいけど」


 とはいえ、勝負は勝負だし情報が欲しいのも事実。

 そもそもウチのカフェの宣伝方法なんだし、知りたいのは本音だ。


「そう!? なら仕方ないよねー、特別に教えてあげようかなー」


 おいおい、『本当に教えて大丈夫ですか?』って感じで来未をチラ見してるぞ……

 子分かあんたは。


「来未は別にいいよー。兄ーには敵だけど、どうせ知ったって対抗できる訳ないし」


「了解よ! 心して聞きなさいお兄様! 星野尾達はね、とあるゲームの中でこのカフェを大々的に宣伝してあげる事にしたの!」


 ……どっかで聞いた案だなおい。

 まさかの被りか?


「しかもそのゲーム、まだ表向きには発表されてないけど超・超・超スゴい事になりそーなスゴいゲームなんだから! 実現したらスゴいことになるかもよ!?」


 語彙……


「っていうか、表向きに発表されてないゲームの中で宣伝して何の効果があるのさ」


「フフン、さすが来未のお兄様。中々良い目の付け所ね。この星野尾が教えてあげる。そのゲームはね、近い将来全世界に向けて発表されるのが決まってて、そうなったら確実にバズるの! そんなゲームの中にこのナンチャラ……この店が出て来るんだからスゴくバズるに決まってるでしょ!?」


 ウチの店名、一文字すら出て来ない……

 この子の記憶力とか以前に、やっぱり覚え難い名前なんだよな。

 それって競争激しい飲食業界では割と致命的な気がするんだけど。


「ま、そういう訳だから兄ーに。諦めるなら今のうちだよう?」


「いや……そんなゲームになんでツテがあるんだよ。まさか『今ちょうどβテストの募集してる話題の新作にこのお店出して下さいって交渉しまーす』とかじゃないよな……?」


 もしそんなのが計画の全容だったら、この2人をまとめてアヤメ姉さんの所に連れて行かなくちゃならなくなる。

 でも幾らなんでもそれはないだろう。

 恐らく星野尾さんがどこかのゲーム会社の偉い人と顔見知りなんじゃないか?


「おっと。ここからはトップシークレットだよ兄ーに。来未と兄ーには敵同士なんだから、これ以上の馴れ合いはNG」


「えらく中途半端だな……本当にヒットしそうなゲームなのか?」


「間違いないよ! eSportsみたいな広がり方するかも」


「……何?」


 今の来未の発言はちょっと無視出来ない。

 ゲームに対して詳しくないこいつから出てくるような言葉じゃないからだ。


 eSports――――エレクトロニック・スポーツ。

 対戦要素のあるオンラインゲームをスポーツの一種とみなすという、世界的にはもう完全に定着している概念だ。

 今はとてつもない額の賞金が出る大規模な大会が世界中で実施されていて、プロライセンスも発行されている。


 ゲームをプレイして生計を立てる……なんてのはゲーム好きにとって夢見たいな話だけど、現実的には難しい。

 少なくとも日本ではまだまだ周知されてるほど普及していないし、学校の先生に『俺、プロゲーマー目指します』なんて言ったら脳を疑われかねない。

 ゲーム好き以外が口に出すような一般的な言葉じゃないんだ。


「おい来未、お前……」


「ち、違う違う! 今のは星野尾さんの受け売り! 来未ゲームに詳しくないし!


「いや、『eSportsって言葉はゲーム好き以外には知られてない』って事自体、知られてないんだぞ……?」


「ぴゃ――――――――」


 完全に墓穴掘ったな……こいつ。

 

「バ、バレたら仕方ないなあ、もう。そうよ。来未、ゲームの事勉強してるの。今まで興味ないフリしてきたけど」


「マジか? あんなに口酸っぱく言ってもアニメやマンガの方が良いって聞かなかったのに」


 親父、母さん、そして兄である俺が何度『ゲームカフェで接客するんだから、好きにならなくていいから最低限の知識は入れろ』って言っても一切聞く耳持たなかった来未が……なあ。

 なんか怪しいな。


「やっぱりホラ、実家がゲームカフェしてるのにずっとスルーっていうのもね。今のクール、そんなに好きなアニメないし、ちょっとずつ知識入れてるんだ。あっははー……」


 ……露骨に怪しい。

 何か隠してる……?


「くるにー様、来未はとっても勉強熱心なの。これまでゲームを食わず嫌いしてきたのを反省して、今必死で猛勉強中なんだから」


「それ俺の略称なんですか……?」


「来未がアニメの『Fortune Heat Haze』を好きなのは知ってるでしょ? そのスマホゲーで好きなキャラを育成出来るって聞いて……」


 無視かよ。

 それに『Fortune』シリーズ絡みで来未がゲームに興味持つのは確かにあり得るけど、あのゲームとeSportsは無関係だぞ。


「……う」


 俺の猜疑的なジト目に気付いたのか、星野尾さんが狼狽えてる。

 無理がある弁護だと気付いたらしい。


「そ……その、サマーイベントでそのキャラのあられもないブーメランパンツ姿がボイス付きで手に入ると知って張り切ってるの!」


「星野尾さん!? それは絶対秘密って言ったやつじゃん!」


「え!? そ、そう言えばそんな事言ってたような……ゴメンなさい! 謝るから絶交は……絶交だけはーーーっ!」


 ……何がしたいんだこいつらは。

 茶番で誤魔化された気もするけど……こっちとしては来未がゲームに興味を持つのは歓迎だし、別に咎める気はないんだけどな。


 どういう経緯でeSportsに行き着いたのかは不明だけど、どうせ今の話の流れだとこいつらがウチのカフェを売り込もうとしてるゲームと関係あるんだろう。

 星野尾さんが『eSportsのスポンサーになれば知名度大幅アップ間違いなしよ!』みたいな話を持ってきた……とか?

 でも、来未のさっきの物言いだとそんな感じじゃなかったな。


「ほ、星野尾さん。来未はもう大丈夫だから、そんな丸まって土下座しないで」


「でも絶交……」


「こんな事で絶交なんてしないよー。大げさ」


「来未……来未ーっ! 星野尾をそこまで信じてくれるなんて、貴女は人を見る目があり過ぎーっ!」


 ……星野尾さん、そんなに友達に飢えてたのか。

 まあ、色々誤解されそうな人だしな。

 折角仲良くなっても離れて行った元友達が沢山いるんだろな……


「兄ーに! 見ての通り来未達の絆はミスリルより堅いよ。勝てるなんて思わない事ね!」


「……単にゲーム用語適当に漁っただけか」


 そんな無駄な時間を過ごした後、〈裏アカデミ〉にログインしてリズとブロウにエルテの四日間の休養とリアル会議の開催、そして参加要請の旨をメッセージで伝えた。


 その結果――――


 終夜は出席、ブロウは欠席と相成った。


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