5-14

「わぁ……」


 LAM――――ミュージアムに特定の客を案内するのは朱宮さん以来だ。

 この瞬間はいつも緊張する。

 自分が長い年月を掛けて作り上げてきたものを他人に見せるのは、それなりに勇気が要るものだ。


 恥辱も混じる。

 どれだけ自信があっても、逆に一切なくても……見せる以上は評価されるし、評価される以上は緊張が伴う。

 こればっかりは中々慣れそうもない。


 それに、朱宮さんと違って水流はここに展示してある殆どのゲームに関して、思い入れやプレイ経験はないだろう。

 だからあくまで『ゲーム博物館』としての感想にならざるを得ない。


 案の定、水流の表情にエモーショナルな反応は一切ない。

 そこはアラフォー世代の常連さんとは違い、逆に新鮮でもある。


「初期のアルファって実物初めて見た。何年か前にちっちゃいサイズで復刻してたよね」


「アルファプティだっけ。それも違う列にあるよ」


「へぇ……すご。なんでもあるんだ」


 水流の反応は、まるで水族館に来た子供が水槽を眺めているようだった。

 動物園とは違う、アクアリウム特有のゆったりとした時間の流れにまったり身を委ねているような――――ちょっと不思議な反応。

 懐かしさとも感激とも違う、でも見ていてなんか嬉しくなる姿だ。


「ここのハードとソフトって、先輩のお父さんが全部揃えたの?」


「うん。一部マニアックなのは中古ゲームショップと交渉して。オークションは利用しなかったって言ってたな」


「どうして?」


「本人が嫌いなんだって。理由は教えてくれないけど」


 まあ……なんとなくだけど、わからなくもない。

 詐欺の温床ってイメージだし。


「先輩はここにあるゲーム、どれくらいやってみたの?」


「んー……完クリとなると、さすがに一割くらいかな。アルファのソフトだけで1,000タイトル以上あるから」


「え、そんなにあるんだ。100くらいって思ってた」


 1980~90年代に発売された家庭用ゲーム機は多い。

 ビデオゲームの黎明期だから、一発当てようって企業が多かったんだろう。


 柳桜殿のアルカディア・ファミリア(通称『アルファ』)。

 オメガアルファ(アルファの後継機、通称『オメアル』)。

 アルファ21(オメアルの後継機、通称『21』)。

 アルファマニア(携帯用ゲーム、通称『アルマニ』)。


 ゲイスのエクスゲイス。

 メガロゲイス(エクスゲイスの後継機)。

 アミュゲイス(メガロゲイスの後継機)。

 ラグゲイス(携帯用ゲーム)。


 ボイシーのユートピア。


 JGS(Japan Game Studio)のGHフライト、GHフライトZwei(GHフライトの後継機)。


 ……他にもマイナーどころまで挙げたらキリがないほど、この時代のゲームハードは多い。

 そのソフトの総数は、マルチプラットフォームを一タイトルと数えても6,000作品以上はある。


「途中で投げ出したのを含めると三割くらい」


「三割って……2,000弱? そんなに?」


「半分は仕事だしね。それに、時間の掛からないゲームも多いし」


 クリアまで100時間以上掛かるのもザラな今のゲームと違って、家庭用ゲーム黎明期のソフトは数時間あればほぼ遊び尽くせる物も多い。

 スポーツ系に関しては、それこそ30分くらいで一通り遊べる物もある。


 RPGでも、夜更かしすれば一日でクリア出来るタイトルもあるくらいだ。

 当然攻略サイトや攻略本なんて見ずに。

 定価5,000円前後ってことを考えると、あんまり費用対効果は良くない。


 でも、当時はそれが当たり前だったんだろう。

 だから沢山の人が夢中になった。

 ほんの数時間でも、それを何回もプレイしたり学校や夜寝る時に回想したりして、思い出に残した。


 昔のゲームをプレイしていると、いわゆるクソゲーに当たる事も多い。

 今の『シナリオがクソ』とか『DLCに金かかりすぎ』みたいな温いクソゲーの基準とは訳が違う。

 クリアするのが完全に不可能だったり、主人公がガガンボより脆かったり、バントでホームラン打てたり……


 でも、中途半端に完成度の高いゲームよりも、そういうどうしようもないゲームの方が今も大勢のゲームファンの記憶に残っている。

 真面目に作ってた人達からしたらフザけんなって話なんだろうけど……


「私はその100分の1くらいかな……レトロゲーは」


「え?」


 思わず変な声が出てしまった。

 高校生の俺が言うのもなんだけど、中学生がレトロゲーを20作もプレイするって……相当な異端だと思う。


「親がゲーム好きで薦められたとか? ウチがそうなんだけど」


「んーん。薦めてくれたの、おじいちゃん」


「おじいちゃん……!?」


 いや、でも待て。

 予想外のワードに思わず大声を出してしまったけど、よくよく考えたら別に不思議な話じゃない。


 水流の両親がウチのよりもちょっと若い35歳前後だと仮定すると、その親である祖父は60くらい。

 1980年代半ばの家庭用ゲーム黎明期の頃に20代だった可能性もある。

 なら別にプレイしていても不思議じゃない。


 ……ウチの祖父母は父方、母方ともにゲームとは一切縁がない人達だけど。


「私、おじいちゃん子だったから」


 言葉はごく普通の、この話の流れからしたら妥当な内容だったけど……今の水流の表情には、何か含みがあるように見えた。

 でもそれがなんなのかまでは、今の俺にはわからなかった。


「先輩はやっぱり、お父さんの影響?」


「あー……うん。そうだと思う」


 実際には当時の記憶が殆どないから、曖昧な返しにならざるを得ない。

 もしかしたら、母親の影響かもしれないけど。


 ……俺の本当の母親は、もうこの世にはいない。

 病気で亡くなった。


 詳しい病名も幼少期に一度聞いた筈なんだけど……覚えていない。

 そしてもう一度聞く気は、俺にはない。


 それを検討出来る年齢の頃には、もう母さんがいたから。


「……どうかした?」


「いや、なんでも。それより――――」


「深海ー! ラブコメの途中で悪いがお前に電話だぞー!」

 

「……あ?」


「あっゴメン。そういう弄りダメだったなお前。でもな深海、そういうトコだぞゲーム好きが陰気っぽく見られるのは」


 この父の何処に再婚出来る魅力があったんだろう……

 それも恐くて聞けない。

 別の意味で。


「それで、電話って誰から?」


 これは迂闊だった――――と、発言した直後に悔やんだ。

 店に俺宛ての電話が掛かってきている時点で、心当たりは一人しかいない筈なのに。


「終夜社長だ」


 動揺してたのかもしれない。

 でもこれは、例えどんな精神状態でもやっちゃいけないミスだった。


「終夜社長って……」


 落ち着け。

 水流に聞かれてしまったのはこの上ない失態だけど、彼女がワルキューレの社長の名前まで知っているとは限らない。

 寧ろ経営側の人間なんて広報を兼ねてない限り知る機会すらない筈だ――――


「もしかして終夜京四郎?」


「……え」


 な……なんで知ってる?

 いや、今は早く電話に出ないと……


「早くしろ。電話口で人を待たせるものじゃない」


「あ……わかった」


 水流に一声掛けてから離れるべきだったけど、それをする余裕すらなく、フワフワした足取りでLAGに戻った。 

 固定電話の受話器を握ろうとするけど、微かに手が震えている。


 これは何に対しての恐れなんだろう。

 このタイミングで掛かってきた終夜父の電話?

 それとも水流に対して?


 わからない。

 何もわからないから、ただ話す事しか出来ない。

 でも彼に聞かなきゃいけない事があるのだけは、ちゃんと覚えていた。


「お電話変わりました」


『度々済まないね。私に話したい事がある頃合いだと思ったものでね』


「……そうですね」


 終夜父は〈裏アカデミ〉の責任者なんだから、俺達の進行状況くらい当然把握しているだろう。

 ならやっぱり"あの王都"について俺が抱いている疑念も想定内って事だ。


『率直に聞きたい。あの王都をどう思った?』


「正直に話した方が良いんですよね?」


『忌憚ない意見が欲しくて君個人に電話を掛けた。察して貰えるとありがたい』


 ……なら、飾る必要もないか。


「盗作を疑っています」


 本当なら、あの王都の世界観にケチを付けるべき所なんだろうけど……あれが終夜の努力の結晶とわかった今、批判する気にはなれそうにない。

 アリかナシで言えば、ナシだ。

 でもそれを口にした瞬間、俺は何か大きなものを失う――――そんな気がした。


『娘のアイディアを無断で使用した。そういう事かね?』


「はい。その、権利がどうこうって話もですけど、そこが一番気になって」


『言葉を選ばなくても良い。その通り、あれは細雨がワルキューレに提出したデータを流用したものだ。一切手は加えていない』


「なんでそんな事を……?」


『じきにわかる。初見ではミスマッチしか印象に残らないだろうが、あの一見〈裏アカデミ〉とは相容れない雰囲気には理由がある』


 理由……?

 どこかのテーマパークとコラボでもしてるのか?

 ウチが今PBWの会社とやろうとしてるようなのと同じ事を。


 確かに、ゲーム内にコラボしている企業の商品やユニフォームを登場させるゲームは沢山ある。

 大抵はDLC限定で、あくまでオマケ扱いって感じ出してるけど。


『法的にも問題ないようにしてある。もしそこに引っかかっていたのなら安心して欲しい。決して不健全なゲームに巻き込んでいる訳ではない』


「いや、でも終夜……娘さんには何も伝えてないんですか?」


『出来れば、君の方から伝えて貰えないだろうか。私の言葉には聞く耳を持ってくれないだろう』


 冷静な判断なのか自虐なのか、単に接したくないだけなのか――――

 どれであっても腹立たしい。

 電話の目的がこの件だとしたら、この人は何もわかってなかった事になる。


「自分で話してください。前も言ったと思いますけど」


『……そうだったな。済まない』


 あれだけ威圧感のある声をした人が、娘の事になると途端に弱気で及び腰になる。

 俺みたいな何の地位も名声もない高校生相手に殊勝な態度を見せる。


 でも、本質は何も変わっていない。

 終夜と終夜父の関係は依然、疎遠のまま。

 変えたくても簡単にはいかないのか、変えようという努力すらしてないのか……


「話はそれだけですか?」


 この人と話していると、綺麗事好きの自分がいなくなってしまう。

 良い所を見つけようという気力を失う。


 どうしてなのかはわからない。

 終夜への素っ気ない態度を除けば、寧ろ紳士的な人物だというのに。


『もう一つ。私はあの〈アカデミック・ファンタジア〉に自信を持っている。だから是非、今後も続けて欲しい』


 きっと彼は、俺がこの発言に不快感を抱くとわかってる。

 それでもそう訴えるだけの価値が、俺にあるんだろうか?

 それほどまでに、オンラインゲームに疎いテスターは重要なんだろうか……


「わかりました。一応、やめるつもりはないですよ。今のところ」


『ありがとう。引き続き楽しんでくれ』


 電話が切れた後も苛立ちは収まらなかった。

 一体、何だって言うんだろう。

 俺にどうしろと――――


「先輩」


「あ、戻って来たんだ」


 ……やっぱり同世代と話す方が楽だ。

  今の精神状態だと一日が不穏なまま終わるところだった。

 水流が今日来てくれて良かったかも……


「さっきの終夜社長って終夜京四郎だよね。ワルキューレの代表の」


 そう言えばこの件があったかーっ!


「な、なんで知ってんの?」


「ネット記事で対談やってるの二回くらい見たから。苗字も珍しいし、二回ともゲーム関係者以外の人との対談だったから逆に印象に残ってた」


 対談か……!

 確かにそれなら覚える事もあるかもしれない。

 

「……で、どーゆーことか教えてくれるんだよね? せんぱい」


 気の所為だろうか?

 水流はいつもの口調と物静かな表情なのに、やたら怒っているように感じた。



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