5-13

 目の前に、制服姿の水流がいる。

 特に奇を衒ったデザインじゃなく、夏服らしい白の上着に赤いリボン、青基調のチェック柄スカート。

 良く似合ってるけど、今は品評会なんてしてる場合じゃない。


 俺の記憶が確かなら――――水流に自宅のカフェについて話した事は一度もなかった。

 なのに、どうしてここが……?


 ……いや、待てよ。


「予備のゲーミフィア送って貰った時に教えた住所……か?」


「うん。まさかお店とは思わなかったけど」


 確かに、あの時は店名までは書き込まなかった。

 伏せる理由もないんだけど、物を送るのには必要ない情報だったから。


 に、しても……だ。


「東京から山梨までって、高速バスや特急使っても二時間くらいかかるよね? まだ授業終わってから一時間くらいしか経ってなくない?」


「先輩、甘い」


 ……何?


 別にミステリとかには興味ないし、推理モノのゲームも正直肌が合わなくて4、5作しかプレイした事ないけど……この挑発は無視する訳にはいかない。

 先輩としての威厳が懸かってるから!


 初対面の時の最初の方はそれなりにこっちが年上感あったけど、それ以降はどうも水流に嘗められてる気がする。

 学校では後輩となんて全く絡まないし、家では来未に嘗められてるし、このまま水流にまで……となると、今後の人生も年下相手に苦手意識を持ったままになりそうだ。

 ここは一つ、鼻を明かしてやりたい。

 

「ちょっと待って。考える」


「いーよ。でもその前に案内してよ」


「あ……はい。いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ」


 くっ……既に主導権を握られている。

 というか客として扱う時点でそれはもう仕方ない。

 せめて先輩の威厳だけは示さないと……!


 現在の時刻は17時。

 中学の時は、確か16時にホームルームが終わって放課後になった。

 恐らく水流の通う中学も同じ時間だろう。


 どんな交通手段を使っても、東京からここまで一時間では来られない。

 となると、授業が終わる前に東京を発ったのは間違いない。

 仮に二時間で来れたとしても、学校から駅やバスステーションまでの移動時間、到着地点からここまでの移動時間を考慮すると、実質三時間くらいはかかるんじゃないだろうか。


 制服を来てる時点でサボりはないだろう。

 同様の理由から、創立記念日で休みっていう可能性もなし。

 となると、早退が妥当な答えだけど……


「わかった?」


「いや……もうちょっとだけ時間ちょうだい」


 これまでの、そして今ここにいる水流の印象から、仮病使って早引きしてまで平日に他県を訪れるようなタイプにはどうしても思えない。

 体調不良で早退したその足で山梨まで来るのも考えられない。


 ……ダメだ、見当も付かない。

 中間テストはもう終わってる時期だからテスト休みでもないし、インフルエンザが流行る季節でもない。

 まして大雪や台風なんてのもあり得ない。


 だとしたら――――


「午後に職員会議があるから短縮授業だった、とか?」


 これはウチの学校でも度々ある。

 いつもより各授業が5分、または10分短くなる短縮授業の日。

 仮に10分短縮の日だったとしたら、いつもより一時間くらい早く終わる。


 職員会議の開始時間次第では、そこから更に授業を一コマカットする可能性もある。

 それなら、約二時間の短縮で14時くらいに学校が終わる計算だ。

 これだとギリギリだけど不可能じゃない。


 どうだ!?


「ぷっぷー」


 ……なんか嘲笑された。


「せめてそこはブッブーで良くない?」


「可愛い方が傷付かないかなって思って。先輩真面目だから」


 悪気はなかったらしい。

 ならよし。


 ……っていうか俺、水流から真面目って思われてたのか。

 表情がないからそう見えてるのかもしれないけど……なんか複雑だ。


「答えは明日から修学旅行なのでした。だから今日は二時間目まで」


 修学旅行……?

 中学の時の修学旅行ってこんな時期だったか?


「俺も去年行ったけど、たしか10月くらいじゃなかったっけ……」


「全国の学校が同じ時期に旅行したらホテル取れなくなるよ」


「あ、それは確かに」 


 ついつい自分の学校基準で考えてしまうけど、水流の言うように全部の学校が同じ時期に修学旅行に行くとは限らないんだ。

 こんな梅雨入りの時期に……とは思うけど。


「で、どこ行くの? お決まりのパターンで京都奈良コース? それとも千葉のチューチューランド?」


「でっかいどう」


「……そっか。北の大地なら梅雨関係ないもんな」


 でも6月に北海道へ修学旅行に行くメリットって何……?

 スキーとか出来ない時期だよな、幾らなんでも。


「雪はなくてもラフティングとか色々野外でやるみたい。動物園にも行くって」


「旭川? あそこならペンギンいるよね。散歩とか見られるのなら羨ましいかも……」


「いるよ。もふもふ系の動物もいっぱい」


 そうか……北の動物だから自然と体毛も豊富になるんだな。

 RPGでもその傾向はよく見受けられる。

 ヤバい敵が多いからな、雪の降る国には。


 あと、北の大地ってそれだけで終盤への入り口って感じがある。

 雪が降ってたり雪原だったりがフィールドとして登場すると、いよいよクライマックスが近付いて来たと実感するよな。


 ……って事を思わず話しそうになったけど、ここは自重。

 水流がゲーム好きなのは知ってるし、普通に通じるとは思うけど、この手の定番あるあるは口に出すと一気に薄ら寒くなるからな……


「この時間にここに来られた理由はわかったけど……なんでわざわざこんな遠くまで足運んだの?」


「うん。それなんだけど、実は……」


 先輩の顔が見たくなっちゃって……とか思わず妄想したくなるけど、客観的に考えるまでもなく普通にそれはない。

 旅行直後ならお土産を届けに来てくれたって線もあるけど、直前だからそれもない。


 単に話すだけならSIGNで十分。

 俺の家がゲームカフェってのも知らなかったみたいだし……

(住所を検索すればわかったろうけど、それもしてなかった模様)


 一体この子は何をしに――――


「スマホ、お風呂で使ってたら水没させちゃった」


「風呂場で油断と弛緩し過ぎだろ……」


 それじゃ前にお亡くなりになったゲーミフィアも浮かばれないよ……


「乾いたら使えるようにはなったんだけどデータは全部消えたっぽいから、先輩のSIGNのIDもう一回教えて貰おうと思って。ゲームの中では話せないし」


「住所検索すれば電話番号わかったのにな」


「それは流石にしないよ。失礼だし」


 そういうちゃんとした感性を風呂場で電気製品を使う是非に活かせなかったものなのか……


「ごめん。迷惑だよね、こんないきなり」


「いや、今俺が呆れた感じ出したのは風呂場の一件に関してのものだから。ここに来た事は全然」


「先輩、それフォローになってないから……そういう事言うかな普通」


 表情を言葉で補おうとした結果、後輩の冷たい視線を食らうハメになってしまった。

 でもまあ、それは仕方ない。

 どう思われようとも、今の俺にはこういうやり方しか出来ないんだ。


 自分の気持ちはちゃんと伝えていこう。

 多少の失言くらいどうにでもなる。

 夜にふと昔の失言思い出して悶絶するくらいの事、耐えられるさ。


「先輩? なんで震えてんの?」


「いや、なんでも……」


「でも良かった。やっぱりちょっと不安だったから。もしウザがられたらどうしようって。私、気安いかな?」


「気安いって感じじゃないけど……初対面の時とは大分印象変わったかな」 


 東京駅で水流と会った時は、壁を作ってる感じがかなりあった。

 初対面の男に対して壁を作るのはごくごく当たり前なんだけど、例えば終夜の壁とは種類が全然違うように思ったりもした。


 今はその壁が何処にあったのかさえ思い出せないくらい、親しみを込めてくれているように感じる。

 オンラインゲームで同パーティーに属してる仲間とリアルでも仲良くなるなんて話は珍しくもないんだろうけど、俺はずっとそういうのには懐疑的だった。


「私、ゲーム仲間とこういうふうに顔合わせるのって初めてだったから……距離感が良くわかんなくて」


「あー、それはわかる」


「先輩も初めて?」


「いや、二回目かな。でも手探りなのは一緒。俺だってSIGNの文章考える度に馴れ馴れしくなってないか不安だし」


「わかるわかる。私も」


 ……その割に結構ズケズケ言ってきてないか? いつも。

 でも一応、水流的には考え抜いての発言なのか。


 なら俺も気を使おう。

 といっても、店員としてだけど。


「一品好きな物を頼んで良いよ。奢るから」


「え? でも前も奢って貰ったのに……」


「折角来たんだし、一品くらい食べて行ってよ。でも門限は大丈夫?」


「うん、それは平気」


 多少不安はあるけど、ここは本人の言葉を信じよう。

 ……あとで保護者からクレームの電話来ないといいな。


「メニューはこれね。変則のカフェだけど、一応パフェとかもある」


「パフェ……」


 幾ら東京の住人と言っても中学生女子、パフェには弱いか。

 そういえば、初対面時にはゴールデンバーガーセット頼んでたっけ。

 まあ斯く言う俺も、見た目豪華なカジュアル系フードメニューに惹かれる気持ちは良くわかるけど。


「……このカフェって、もしかしてゲームカフェみたいな感じ?」


「そうそう。個人経営でコネもないから、コラボメニューみたいなのはないけどね」


 せいぜい『青透明わらび餅』とか『ピカピカバナナチョコ』とか『一緒に食べて友達に噂とかされると恥ずかしいパスタ』とか、商標登録に掠りもしないレベルで寄せる程度の物しか出せないのが現状。

 それでもメニュー自体は豊富で、ドリンク含めると100種類以上ある。

 チェーン店でもないカフェでこれだけの揃えてる所、そうそうないと思う。


 ……ま、RPGの敵みたくカラーバリエーションでかさ増しキメてるのは否めないけどさ。


「この隣の建物には昔のゲームを展示してるんだけど、もし良かったら見ていく? レトロゲーばっかだからつまんないかもだけど……」


「見てく」


 メニューと睨めっこしながらも即答か。

 ちょっと嬉しい。

 東京で一緒にガメズに行った時、家庭用ゲームに結構詳しかったし、朱宮さんほどじゃないにしろ関心を持って貰える期待感がある。


 きっと喜んでくれる筈。

 今もその期待に胸を膨らませているに違いない――――


「先輩」


「何?」


「この……『35.6cm迷彩パフェ』っていうので良い?」


 水流は喜びを隠しきれない目で、このカフェで一番デカくて見栄えの良いパフェを指差していた。 


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