4-15
6月4日(火)――――夜。
水流の送ってくれたゲーミフィアは翌日無事に届き、ようやく〈裏アカデミ〉の続きをプレイ出来る環境が整った。
たかが数日ログインしていないだけなのに、やたら長く休んでいたように感じる。
それだけ、このゲームに夢中になっている証なんだろう。
水流が貸してくれたゲーミフィアは、一部のボタンが擦れていて薄くなっていたり、ボタンの高さが不均等だったりと、年季を感じさせる機体だった。
これを見れば、彼女が本当にゲーム好きなんだとわかる。
それと同時に、『私の方が先輩よりゲームを愛してるから』という自慢げな幻聴が聞こえた気がした。
……さて。
色々あったけど、ようやく再開だ。
今日はその“色々”も踏まえた上でやる事が沢山あるから、集中モードで挑もう。
明日は木曜に備えてカフェの準備が忙しくなるから、今日中にある程度は進めておきたい。
集中……
集中……
俺は……
――――俺はシーラという実証実験士。
10年後のサ・ベルに迷い込み、そこで10年前とは比べものにならないほど強く凶悪になった世界樹喰い《イーター》の猛威を体験した。
彼等を倒す為には、新たな武器の開発が必要。
一癖も二癖もある研究者、テイルにそのアイディアをせがまれ、話し合いの結果俺とリズの考えた武器が採用された。
その後、キリウスという人物を探して欲しいと頼まれたものの、仲間の一人であるエルテがこれに猛反発。
パーティ離脱を宣言する。
俺は彼女の後を追い、その理由を問い質した。
するとエルテは答えを濁し、代わりに恐ろしい発言で俺を驚かせた。
それは……
『職業は、そうね……世界樹の支配者、とここに記すわ』
――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――
――――
……
「お騒がせして申し訳なかったと、エルテは全身全霊の筆圧をもってお詫び申し上げるわ」
――――あれから。
話し合いの末、エルテは再度俺達と共にこの世界を歩む事に決めた。
丸一日かけての説得が奏功したらしい。
ただ、その説得の中でとてつもない事実が判明してしまったのは予想外だった。
それは――――
『ついでにエルテは世界樹の支配者の一人である事をまるで些事であるかのようにさり気なく記すわ』
「えええええええ!? そ、そうなのですか!?」
神を自称しているリズが一番驚いていたが、俺はそのリズのお陰で耐性が付いていたから、エルテの打ち明け話をどうにか受け入れる事が出来た。
リズとの出会いは、この10年後の世界に来る前の事。
以前所属していたラボに、彼女が加入したいと申し込んで来たのがきっかけだった。
その後色々と話を聞いてみたところ、自分を指して『この世界を創った神のような存在』だと言ってきた。
当然、そんな危ない奴とは即刻縁を切ろうとしたんだが……その自称“神”を除けば基本常識人だった事、顔が可愛い事などを理由に相棒協定を結んでしまった。
友達以上恋人未満――――その関係性が協定の条約だ。
何故リズがそんな関係性を望んでいるのかは知らない。
ただ、女性との接点が希薄な俺にとってこのお誘いは正直とても甘美なものだったし、当時はそれなりに下心もあって快諾したんだが……
「ど、どうしましょう……そんなスゴい人とはつゆ知らず……今までのご無礼をお許し下さい~」
自分で作ったキャラ付けさえ守れないようなポンコツだと知った今、下心よりも庇護欲の方が強い。
こいつを一人にしたらどうなるかわからないし取り敢えず独り立ちするまでは一緒にいよう――――そう誓った俺を誰が責められるだろうか。
『そんなに畏まらなくても、神様の方が偉いのだから毅然としていて欲しいとエルテは正論を記すわ』
「そ、そうでした! わ、わたしは見抜いてたのです。貴女が只者ではないということを。今のは貴女を立てる為の神対応だったのです」
……先が思いやられる。
兎に角、これで四人体勢は継続決定。
やっぱり四人が一番バランスが良い。
自称“神”のポンコツ女。
自称“世界樹の支配者”のキテレツ女。
こんな二人の所為で、最強の実証実験士でありながらロリババアを愛する変態というブロウさえも地味に思えてくる。
「……」
そのブロウは珍しく言葉を発する事なく、ずっと蒼穹を眺めていた。
「どうした? 元気ないな。そりゃ仲間からいきなり意味不明の供述をされれば混乱するのも無理はないけど……」
「違うんだ、シーラ」
「何が?」
「僕は……出会ったんだ。運命の女神に」
エルテに刺激を受けたのか、変態の変態性が加速していた。
「世界樹の支配者……そんな大役を10代の女の子に任せられる筈がない。つまりエルテプリム様は外見より遥かに年を食っているのではないか。すなわち!」
あー……何を言いたいか話の前半でわかった自分が嫌になる。
俺も大概、毒され過ぎた。
「エルテプリム様、貴女に永遠の忠誠を誓います。このブロウの名に賭けて」
『誰がロリババアよ。失敬な。エルテはロリではあってもババアじゃないと憤慨を記すわ』
なんかほぼ同じ反論を以前どこかで聞いたような……
「っていうかお前、テイルにも興奮してたよな? ロリババアの可能性が僅かでもある相手なら誰でもいいのか? それならリズだってこんな見た目で神だぞ? 完全にお前の守備範囲だと思うんだけど」
「彼女の精神性で神は無理があり過ぎる」
なんでそこだけ冷静なんだよ!
……ま、理由はさておき、二人ともエルテの事を改めて受け入れてくれるのはありがたい。
エルテの発言を鵜呑みにしている訳じゃないが、彼女が何らかの重大な情報を握っている可能性は高い。
それでなくても、ただでさえ実証実験士が少ないこの世界で、仲間は多いに越した事はないしな。
「それじゃ、あらためて今後の方針を決めよう。テイルの希望通り、キリウスってのを探すか。それともテイルを見限って自分達で行動を起こすか」
「え? でも従わなかったらシーラ君の強制テレポートが解除されないんじゃ」
リズの言うその件があるから従わざるを得ない――――最初は俺もそう思った。
けど、このままあの女に従うだけだと本当にただの下僕に成り下がってしまう。
「幸い、転送能力が発揮されるのは俺にだけだ。テイルから呼び出しを食らってその都度戦線離脱するとしても、俺が抜けるだけなら大した戦力ダウンにはならない。キリウスを探すフリをしながら別の行動を……って手もある。俺とリズだけなら無理だけど、このパーティでやっていくのならアリだと思う」
散々悩んで出した結論。
低レベルで経験値も小さい俺がこのパーティの中で何か力になれるとすれば、そういう役回りしかない。
「一応言っとくけど、自己犠牲なんて思わないでくれよ。元々が自業自得な面もあるし」
『それはその通りだとエルテは冷酷に記すわ』
こういう時、こいつみたいにシビアな奴がいると助かる。
変に同情されても困るしな。
「僕はどちらでも構わない。新たな崇拝対象が見つかった今、テイルに固執する理由はなくなったから」
……でもブロウにあっさりこう言われると何か釈然としないな。
変態には粘着質であって欲しいという俺のエゴなんだろうか。
「シーラ君の気持ちはわかりました。キリウスというのは極めて危険な人物。いたずらに近寄るなかれ。それが神の啓示なのです」
『エルテはあのテイルという女こそ危険人物だとここに記すわ。やり口が汚い』
ともあれ、テイルのお使いには従わないという方針が満場一致で可決した。
そうなると問題は、これから俺達がすべき事だ。
「まずは、この世界で生き抜く方法をもう一度模索しよう。俺はまず、現時点で安全に行ける街に全部行っておくべきだと思う」
テイルの指示を無視すると決めた以上、俺達のアイディアで開発される武器の恩恵を含め、彼女からの支援は受けられなくなった。
となれば、他にこの世界の事をよく知る人物と出会う必要がある。
でも今の拠点・アルテミオには頼るべき人はいない。
他の街に移動して、そこで探すしかない。
「樹脂機関車を使うんだね。あれならイーターとの遭遇は回避できる」
「ああ。この時代に幾つ街が残ってるかはわからないけど、まずはそこから確認しておかないと」
本来なら、移動出来る施設や都市をチェックするのは最初にやっておくべき事。
だけど、一度に色んな事がありすぎて、今まで気が回らなかった。
「なら、一旦アルテミオに戻りましょう。そこで他の街の情報を聞けると思うのです」
『エルテも全面的に支持を表明しつつ丁寧に記すわ』
決まりだな。
一つでも無事な街があればいいけど――――
「……一つもない?」
――――そんな俺達の小さな希望は、アルテミオの駅で寂しそうに佇む駅員によって粉々に打ち砕かれた。
「君達もスクレイユの惨状は目にしたんだろう? 程度の違いこそあるけど、この樹脂機関車で行ける都市は全て似たようなもんさ。ここ以外に明確な復興を遂げた街も恐らくないよ」
「そ、そんな……」
リズが絶句するのも無理はない。
要するに、この国は――――
「な、なら王都は? 王都のエンペルドはどうなっているんですか?」
「完全封鎖さ。イーターの侵入を防ぐ為に巨大な防御壁を急造でこしらえた。数多の犠牲と引き替えにな」
……なんてこった。
今まで俺達は自分の事で精一杯だったから、この国の現状にまで目を向けてなかった。
この国は――――もう殆ど滅んでいるようなものだったのか。
「だから、樹脂機関車も一応は走らせているけど、需要は小さいよ。駅もすっかり寂れちまった。昔はあんなに活気があったのにな……」
その頃をつい先日まで体感していた俺達には、駅員の言葉を素直に受け入れる事は出来ない。
彼が持ち場に戻った後も、俺達は暫くその場に立ち尽くしていた。
……そうか。
俺達がどうして、この国の現状を知ろうと思わなかったのか、ようやくわかった。
単にいっぱいいっぱいだったからってだけじゃない。
このアルテミオの人々に切迫感がなかったからだ。
俺達に色々説明してくれたエーキィリを筆頭に、危機感こそ感じられたけど、あの巨大化・凶悪化したイーター達が攻め込んできたら終わるという悲壮感までは漂っていなかった。
なんの事はない。
みんな諦めてるんだ。
攻め込まれたらそれまで、という諦観の念と共に日々を過ごしているんだ。
きっと俺達にも形だけの期待はしていても、本当の意味で期待なんてしちゃいないんだろう。
だからエギブダさんも、ミョルニルバハムートが全く通用しなかったと知っても反応が薄かったんだ。
辛さを隠していたとエルテは書いていたけど、もうそんな段階じゃないんだろう。
事態は深刻を通り越し、末期状態。
だとしたら、俺達に何が出来る?
「どう……しましょうか」
そう誰にともなく問いかけるリズも、きっとやるべき事はわかっている。
それでも口に出せないのは、それがきっと無理だという事も理解しているから。
だけど、やらなくちゃ始まらない。
「駅のない村や小さい街を、歩いて巡るしかない。場所は10年前と同じだろうから、地図さえあれば向かう事は出来る。リスクはあるけど……」
駅のある都市が絶滅してるのなら、他の集落を当たってみるしかない。
そこに今すぐ現状を打破する何かがなくても、テイルのように独自に開発を進めている研究者や、俺達のように過去から来た実証実験士が他にもいるかもしれない。
希望や奇跡なんてものは要らない。
欲しいのは、取っ掛かり。それだけだ。
「リスクというよりは無謀、かもしれないね。僕の装備や攻撃魔法も、ここでは役に立ちそうにないし」
力のない声でそう呟きながら、ブロウは背負っていた愛剣を手に取り天に翳してみせた。
レッド・ベリル――――俺らのいた時代では最強の一角に数えられる片手剣だ。
半透明な赤で染まる刀身は実に美しく、見ているだけで魂が吸い込まれそうになる。
確か炎属性でありながら、炎に耐性のある敵でも通常の威力を発揮出来るんだったか。
Lv.150の実証実験士だからこそ使いこなせる、極めてハイレベルな一品だ。
でも、そのレッド・ベリルでさえもこの時代のイーターには"刃"が立たない。
「なら、攻撃以外の魔法や装備品を駆使するしかない。みんな、装備品は預けてるんだよな? 一旦宿に戻ろう」
この10年後のサ・ベルに転移した際、俺達の装備品や所持アイテムはそのまま持ち込む形になっていた。
俺やリズは大した物は持っていないけど、ブロウとエルテなら……
「ど、どうするんですか? どれだけ強力な武器も通用しないし、状態異常の効果も期待薄ですし……」
『イーターとの遭遇回避に特化するつもり? 移動速度を上げるアイテムはあるけど、目的地まで一度も戦わずに済む可能性は皆無だとエルテは絶望を記すわ』
リズの不安もエルテの忠告も尤もだ。
対抗する為の武器もない中でフィールドに出るのは危険極まりない。
でも、俺には勝算があった。
「いや。欲しいのは遭遇回避じゃなく、敵を引きつけるアイテムなんだ」
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