4-14

『……それで、没収されたゲーミフィアはいつ帰ってくるんですか?』


『一学期終了後だって。つまり、1ヶ月半後』


 そういう訳で、今の俺は終夜とSIGNで会話しながら放心状態にある。

 今日どうやって帰宅の途についたのか、その後に店で手伝いをしたのか、正直まったく記憶にない。


 夕飯の後、取り敢えず終夜には連絡しておかないと……という神の啓示にも似た使命感でようやく能動的な行動が出来たものの、今も精神的にフワフワしている感覚は拭えない。


『ミュージアムに沢山ハードを展示していましたよね?』『それは使えないんですか?』


『展示品を私用の為に持ち出す訳にはいかないよ。そこまで落ちぶれたくない』


『そうですか……』


 終夜は言葉を失っていた。

 相当呆れてるんだろう。

 実際、今回の件は言い訳出来ないレベルの不注意だ。


〈アカデミック・ファンタジア〉のプラットフォームはゲーミフィアだけじゃない。

 スマホこそ未対応だけど、オンラインゲームだからPC版は当然出ている。

 ゲームフィア版とPC版のデータは連動しているから、仮にPCで始めても同一アカウントでプレイ出来るようにはなっている。


 ただし、PC版をプレイするには当然パソコンが必要。

 そして俺はパソコンを持っていない。

 親父は持っているけど、カフェの帳簿やら昔のエロゲーやらを入れてるとかで貸してくれない。


 つまり、俺がこれから〈アカデミック・ファンタジア〉をプレイするには、新しいゲーミフィアを調達するか、1ヶ月半待つかの2択って事になる。

 不幸中の幸いというべきか、ソフトは入れたままにはせずパッケージに戻していたから、ハードさえあれば直ぐにプレイは再開出来る。

 とはいえ、ハードがなければ宝の持ち腐れでしかない。


 まさかこんな事になるなんて……


『わかりました。近くのお店でゲーミフィアを買って下さい『お金はわたしが出します』


『は?』


『わたし、お金はそこそこ持ってますから』『お仕事してるので』


 それは知ってるけど、そんな問題じゃない!

 まだ知り合ってそんな経ってない同級生の女子にゲームハードを奢って貰うって、それどんな罰ゲームより悲惨だから!


『終夜。気持ちはありがたいけど、常識的に考えてその提案はない』


『わかってます』『無条件で何万円もするハードを買ってあげるなんて、友達以上恋人未満の相手にする事じゃありませんよね』


『いや、恋人でもそんなのあり得ないから』


 愛人、ってかヒモだろそんなの。


『でも、あげる以外の方法ならどうですか?』


『どういう事?』


『わたしの持ってるゲーミフィアって実は前のモデルなんです』『GMF-1000シリーズ』


 初期モデルか。

 まあ、俺のもそうだったんだけど。

 

『そろそろ買い換えたいと思っていたところなので、良い機会かなって』『そうすれば、今ここにある旧型は余りますから、それを春秋君に貸せます』『あげる訳じゃなく貸すだけ』『どうですか?』


『いや、確かにその理屈なら罪悪感は大分薄まるけど、俺のやらかしありきでの買い換えだからな』


 この際、女子から施しを受ける格好悪さは無視しよう。

 それでも、終夜の提案を素直に受け入れる訳にはいかない。


 ゲーミフィアの本体価格は約30,000円。

 そんな金額を、例え自分の為に買い換えるとはいえ、俺きっかけで出させてしまうのは余りに居たたまれない。


 かといって、新品を購入する余裕は今の俺にはない。

 今の店の経営状況じゃ、小遣いという名の駄賃を前借りするのも難しい。


 とはいえ……このまま1ヶ月半、〈アカデミック・ファンタジア〉にログイン出来ないのは余りにも辛過ぎる。

 蛇どころかスカイドラゴンの生殺しだ。


『私は今、春秋君がプレイ出来ない方が困るんです』『そもそも私がお願いして一緒にプレイしているところもありますし、遠慮しないで下さい』


『そうは言ってもさ』


『それに、わたしのゲーミフィアで春秋君がプレイするのって……ちょっと嬉しかったりもするんです』


 ……え?

 それってもしかして――――



「私のゲーミフィアでプレイするって事は、私の支配下にあるって事ですよね。そのゲーム機は手錠みたいなもの。フフ……」



 みたいな感じ!?

 うわー……怖いな……絶対借り作りたくないなー……

  

『別の方法を考える。取り敢えず今日は単独で動いてくれ。元々二手に分かれてるようなものだし』


『あっ、ちょっと待って下さい!』『ダメです、わたしあのブロウって人と二人きりなんて無理です!』『わたしに死ねって言うんですか!?』


『仮に本音がそれだとしても、女子にお金を出させるのはやっぱり無理なんだ。ゴメンな』


『じゃあ春秋君がログインするまでわたしもログインしません!』


 子供か……


『兎に角、一刻も早くクリアしなきゃいけないんだから、今日は一人で頑張って。明日、先生に土下座して頼んでみるから』


『うう……そんなにわたしに借りを作るのが嫌なんですね』


『そりゃ嫌だよ。今の関係、崩したくないし』


 ここで金銭的な意味で借りを作れば、対等って訳にはいかなくなるからな……


『わかりました』『私も今の友達以上恋人未満の微妙なカンケー、崩したくありません』


 なんでカンケーってカタカナにしたのか全然わからないけど、納得はしてくれたらしく、ここで通話は終了。

 なんだろう、若干会話が噛み合ってない気もしたけど……


 ん……不在着信か。

 時間的に水流かな?


 お、やっぱりか。


『ごめん、待った?』


 ……まるでデートの待ち合わせに遅れた時みたいな書き方になってしまった。

 まだ終夜と違ってイマイチ距離感が掴めてないな。


『待った』『友達と話してた?』


 レス早!

 ずっとスマホ片手に待ってたのか。


『ああ。実は――――』


 水流にも今回の件と今日はログイン出来ない旨を報告しないといけない。

 ただ、その場合どうしても……


『先輩、バカ』


 やっぱりそう来たか!

 まだ遠慮のある終夜と違って、水流は割とズケズケ言うタイプだもんな……


『でも、昨日の待ち合わせが原因なんだから、私にも責任の一端があるよね』


『ないよ。そもそも目印にゲーミフィア持って行こうって言ったの俺の方だし』


『それもそうだけど、折角同盟結んだ相手が即退場はちょっとね』『私の予備、使う?』


 ……予備?


『予備なんて持ってんの?』『なんで?結構なお値段だろ?』


 そもそも、予備なんて買う金があるなら他のメーカーのハードを買い揃えた方が良くないか?

 まあ複数のハード持ちはソフトに金かかり過ぎるから、普通はしないけどさ。


『最近、前のが水没しちゃって』『お風呂に入りながらやってたら落としちゃった』


 お風呂って……


『え?』『先輩、もしかして想像した?』『昨日顔会わせたばっかの年下の入浴シーン妄想とか気持ち悪いんだけど』


『なら風呂とかいうパワーワード使うなよ』


 にしても、『キモい』じゃなくて『気持ち悪い』か。

 その言葉のチョイスが、水流の性格がなんとなく表してる気がした。

 表層的には終夜とはかなり違うけど、根っこは意外と近いのかもしれない。


『で、動かなくなったから壊れたって思って買い換えたら、何日かして動くようになった』


『防水ケースなしで風呂場プレイは無謀だよ。にしてもよく買い換える金あったね』


『お年玉のストックがあったから』『でもその所為でもう半年新作のソフト買えてないし、今年中にアカデミの拡張パックとか出されても絶対無理』


『ある意味、既に拡張されてるけどな』


『だよね』


 そういう意味では、俺達は恵まれてるのかもしれない。

 無料で究極のアップデートを体験してるんだし。


『で、どうする?』『使うなら送るけど』


 予備か……予備だったら金動かないし、罪悪感は殆どないな。

 でも、年下の女子からハードを使わせて貰うってのは……


『なんか、同盟の証って感じだし』


 そう言われると……甘えてもいいか、ってなるな。

 ある意味、逃げ道を塞がれたとも言えるけど、それは俺も望むところだ。


『それじゃ、お言葉に甘えてもいいかな? 住所は――――』


 SIGNに個人情報を書き込むのは、例え一対一のトークでも抵抗ある人は結構多いと聞く。

 ウチの場合は飲食店だから、寧ろ拡散して欲しいくらいだ。


『了解。じゃ、朝一で送る』


『でも、本当に大丈夫?』『っていうか借りパクとか怖くないの?」


『先輩はそんな事する人じゃないって思ったから』


 ……嬉しいけど、ちょっと危ういな。

 一年しか違わないけど、こういうトコはやっぱりまだ中学生って感じる。

 そう簡単に人を信じちゃいけないよ、後輩。


『その代わり、私には絶対服従ね』


『え? そういう条件?』


『それくらい良いじゃん』『だって私、ラスボス候補だし』


 ……はい?


『今朝言いかけたのは、それ』『まさか先輩も、って事はないと思うけど、どう?』


『どうって、いや違うけど』


『だよね。そんな感じしなかったし』


 えらくあっけらかんと、でも唐突でもなく、水流は超重要事項を伝えてきた。


 ラスボス……候補?

 どういう事だよ?


『詳細はゲームの中で話す。その方が自然だと思うから』『じゃ、ちゃんと送るから受け取ってね』


 こっちの返答を待たず、水流は一方的にSIGNを切り上げた。

 取り残された俺は、一人自室で呆然と天井など眺めていた。


 ……取り敢えず、終夜には『イトコから借りた』って事にでもしとこう。

 なんとなく、その方がいい気がした。

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