寝落ちの君とワールズ・エンド
馬面
プロローグ
プロローグ
――――目の前で君は、眠りに就いた。
その眠りが普通のものとは違うと、僕は知っていた。
もう二度と目は開かないし、身体の何処も動かない。
永遠のお別れなのだと、僕は知っていた。
このどこまでも広く、どこまでも閉じた世界にたった二人。
君と僕の二人しかいないんだから、僕以外はきっと誰も知らない。
これが最期なのだと知っているのは、僕しかいない。
僕だけが、君とのお別れを悲しむことの出来る存在だった。
けれども僕は、涙を流す事が出来なかった。
泣く事が出来なかったんだ。
どうしてだろう。
どうしてなんだろうね。
君は僕にとって唯一無二の存在だったのに。
君が僕を見つけてくれなければ、僕はいなかったというのに。
そういう理屈なら、僕は泣き叫ぶくらいが丁度良い筈だった。
身を引き千切られる思いで、絶望しなくちゃいけなかった。
それが正論。
そうあるべき僕だ。
なのに現実の僕は、君とのお別れを、君の人生の終わりを、何も思わずにただ眺めていた。
僕は君の死を、特に思うところのない眼差しで見つめ続けていた。
どうしてだろう。
自分でもわからない。
それが僕の本質という事なんだろうか。
大切な人の死を、悲しむどころか、あらゆる感情を揺り動かしもせずに淡々と受け入れる。
僕はそういう冷血な奴なんだろうか。
それとも、死という誰もが受け入れなければならない事象を、僕だけが受け入れられずにいるんだろうか。
受け入れなければ、少なくとも僕という世界の中に死の悲しみは存在しない。
存在しないモノを感じる術はない。
だから僕は、今もこうして、自分の事ばかりを考えているんだろうか。
そうする事で、君の事から、君の死から、君の眠りから逃げているんだろうか。
――――自問自答は明確な逃避だ。
自らへの問いかけは、自分自身の出す答えと同質の意味を持つ。
ただの時間稼ぎに過ぎないんだ。
なら僕はもう、結論を出さなくちゃいけない。
僕にとって、君の死は何だったんだろう?
涙を流す価値もない、つまりはそういう事だったんだろうか?
それとも、僕の心が余りに脆すぎて、それを守らなくちゃいけないから、受け入れを拒否しているんだろうか?
他に――――
他に何か、ないだろうか。
あって欲しい。
正当な、そして自分自身を含めた万人が納得出来る理由が欲しい。
大切な人の死を目の当たりにしても、悲しみも苦しみも喪失感さえもないこの現実を、理由付けしたい。
でないと僕は、僕は――――沈んでしまう。
この深い海の中に沈んで、沈んで、何処までも沈んでいって、二度と浮上出来ないまま、恒久的に沈み続ける事になる。
ああ、耳鳴りがしない。
息が苦しくない。
この海中深くの闇の中で僕は、ここにいる事が当たり前の存在になろうとしている。
そもそも、ここは一体何処なんだろう?
本当に得体の知れない世界だ。
楽しい場所の筈なのに、どうしてこんなに苦しまなくちゃいけないんだろう。
もう、止めよう。
止めて楽になろう。
なろうよ。
僕はいつしか――――
君といた世界の終わりを、心の左側で祈っていた。
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